表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9.8  作者: 九JACK
14/19

7.8

 花を手向ける。

 それはカルの死を認めたことになるわけだが、今更、変えようのない事実だ。

 けれど、ナノは思う。カルの幸せを。死して尚、幸せであるためにはどうすればいいか。カルの気持ちは、わからない。死人に口無しだ。生きている者は死んだ者の生前を思うことしかできない。逆を言うと、生前を思うことはできるのだ。

 カルはあの花畑を見た瞬間、守ろうと言って光魔法の結界を張った。それからもナノと共に、花畑を守るために結界を張り続けた。

 それはカルが、あの花畑を、花を、愛していたからなのだと思う。

「人間の棺は、花で埋め尽くすのでしょう? だったら、私がカルにそれをするわ。カルの棺を……カルが愛した花で囲んであげるの」

「素敵ですね」

 少年が微笑む。

 死とは悲しいものだ。いつ牙を剥いてくるかわからない。病気だったり、戦死だったり、偶然に矢に当たってしまったり、様々な形で訪れる。残される者たちに悲しみを与える──そんな、悲しいものが、死。

 その悲しみを乗り越えることを課されるのが、生きている者たちだ。ナノは今必死に、悲しみを乗り越えようとしている。心の奥に押し隠すのではなく、何かの形にして。ナノが出した結論が「花を手向ける」だった。

 カルが死んだことは悲しい。だが、いつまでも泣いているばかりでは何も変わらないのだ。泣いたところで、カルが生き返るわけでもない。

 人間とゴブリンの争いを嘆き悲しむナノに、カルは言った。泣かないで、いつか二人で平和にしよう、と。

 二人で平和な世の中を迎えることはできなかった。だが、平和に暮らし、かつての望みを叶えた証明をカルに残せたなら、ナノの生きる意味になるのではないだろうか。価値になるのではないだろうか。

 カルが死んでも守り続けたいと願っていた花を、カルの元へ届ける。

 そう決意し、ナノは毅然として前を向いた。

 少年はそれを見ると、静かに立ち去る。そこにナノが声をかける。

「結界、ありがとう」

「……いえ」

 少年は口元を綻ばせた。

「僕にできることはこれくらいですから。

 いつか、貴女が外に出て自由に暮らせるような世界のために、頑張ります」

 少年もその顔に決意を湛えていた。

 光魔法の正しい使い道。浄化の作用。魔法を正しく使い、人間の悪意を浄化させることによって、ゴブリンに対する差別意識をなくす。それが光魔法使いとして生まれた自分が本当にやるべきことなのだ、と理解したから。もう迷うことはない。

 歩きながら、ナノの美しい空色の瞳を思い浮かべる。

 あの瞳を守るために──

 奇しくも、少年は兄となるはずであったゴブリンのカルと同じことを目標としていた。

 そこから、少年の本当の勇者としての旅が始まった。




 ナノは花畑に向かった。やはり、色とりどりの花はどれも美しい。

 その中からバラを選び、ぱきりと手折る。棘が指に刺さった。

 棘があってはいけない、と思い、隅にある木のがさがさとした幹に擦り付け、棘を取っていく。

 棘のなくなったことを確認し、ナノはそのバラを胸に抱えて緑色の棺のところまで持っていった。

 他にも途中で見つけたタンポポや、咲いていたモクレンの木を手折ったりした。

 モクレンの木を手折ったときだ。不思議な現象が起こった。

 ふわりと折れた枝の先で風が起こったかと思うと、枝の先から木の繊維がしゅるしゅると伸び始め、やがて木の皮がそれを覆い、ぴょこんと飛び出した新芽が見る間に成長して花を咲かせた。

「これは一体……」

 奇跡。そうとしか形容しようのない現象だった。その周囲を祝福するように光がきらきらと輝いていた。

 光魔法の影響だろうか。

「永遠」

 ふとナノの脳裏に浮かんだ言葉だ。

 もしかしたら、光魔法の加護を受けたこの森には、何か特殊な能力が宿ったのではないだろうか。そんな考えが浮かんだ。それは悪意あるものの立ち入りを禁じるのみに留まらず、悪意のある攻撃への防御をも超えて、再生となっているのなら。

 この森の姿が永遠に保たれるように作用しているのだとしたら。

 そんな可能性に思いを馳せながら、ナノはカルの元へ向かった。




 ナノのその推測は正しかった。

 ナノとカルのいる森に火が放たれたとき、神様は大わらわで対処を考えた。

 湖から水を溢れさせる、というのが最初に考えた方法だった。が、突然水が溢れたら、付近にいるナノとカルを巻き込んで、結局大惨事になることは目に見えたため、やめた。カルの魔法強化も考えたが、魔法と物理的に生まれた炎とは相性が悪いからほとんど無意味になるだろうと棄却した。

 あれでもない、これでもない、と悩んでいるうちに、ナノとカルは人間に囲まれ、逃げ道を失った。万事休すで、湖に逃げる二人、矢を穿たれたカルに神様は何もしてやることができなかった。

 だが、あることに気づいた。

 神様がかつてナノに与えた「強運」という加護はナノの性質により、膨大な範囲に影響を与えていたのだ。カルの光魔法の成功率を上げていたのもナノの強運だし、結界の効力を高めていたのも強運だ。

 そしてその範囲はいつも傍らにいるカルのみならず、暮らしている「森」にまで作用した。この森がナノの産み落とされた地であることも大きかったかもしれない。

 森はナノの強運によって今の今まで人間に目をつけられずに済んだ。最終的には火を放たれたが、その広がり方はゆっくりだった。

 故にナノとカルが気づくほどの余裕があったし、人間が攻め入る余裕もあった。

 ナノの中でその効果が強大化した強運……これは使える、と神様は考えた。

 矢が貫いたカルはもう残る命もいくばくか、そこで彼が賭けに出たのを神様は目にした。

 カルは浄化の光魔法を使おうと試みていたのだ。

 そこに当然、ナノの強運の効果が掛け合わせられる。神様はその強運の効果を強める加護を与えた。

 すると、カルの光の魔力は森中を照らし、森中の人間を浄化した。同時に森にも浄化が作用し、僅かだが、火の勢いを殺した。

 これは神様が想定していたよりも大きな効果だった。元々光というものと相性の良い木が光を浴びて成長……いや、再生に近い効果を得たのだ。

 浄化の効果は人間にもてきめんに現れ、その場の人間はゴブリンを一般的な生き物と認識し、その死を憐れんで、去っていった。

 人間が去っていく気配に戸惑いながらも、恐る恐る水面に浮上してきたナノ。そこに手を差し伸べたのは──人間が勇者として連れてきていた光魔法使いの少年だった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ