1-8
インターフェースにUSBを差し込み、ホルダーに端末をセットする。このホルダーに端末をセットする事で、電脳との接続を完全な物にする。
と言うのも、個人の電脳を操作するには、本人の端末でないと操作できない。このアクセスセンターは、自分の持つ端末の拡張パーツであり、ネット接続専用の施設なのだ。
接続する為に、これと言った掛け声は必要ない。
1、しっかり椅子に座りリラックスする。
2、端末とヘルメットが適切に接続している事。
これらの完了で自動的に接続を開始する。
――――
何も家具がない質素なフローリングのワンルームに、ポツンと自分だけが居る。
この部屋は電脳ネットにおける自分の部屋になる。例えるならSNSなどで、自分のアバターや、あなたのコレクションルームとか言って、課金してカスタマイズしていくコンテンツが有るだろう。要はそれだ。
今の俺の部屋と、自分のアバターはデフォルトから全く触ったことがない。そもそもカスタマイズしようと思うことがなく、人気と言うか、交流を目的としたような場所には行かない。
部屋に誰かを招き入れる事はまず無いが、ランニングシャツに短パン姿の何もカスタマイズされていないアバターの顔でそういった場所に行けば、この世の中コミュ障通り越して変人扱いだ。
そんな物寂しい場所の空中に、一つの画面が表示される。様々なアイコンが表示され、また時間が経つと、USBのアイコンが表示された。そのアイコンを軽く触ると、さっき接続したUSBの中身が表示される。
表示されたUSB内のファイル、“資料.eb.exe”を見て俺は溜息を付く。電脳ネットで接続するからと言って、製作者の名前が表示される訳では無い。これから俺は、このファイルを開かなきゃならないのかと憂鬱な気持ちになる。
ファイル画面を目の前にして、「あーだるい」や「絶対ウイルスだって……」とぼやき続けた。これには全くと言って意味がない。こうしている間、刻刻と時間が無意味に過ぎていくだけだ。そのことに気づき、意思を決める。「もうどうにでもなってしまえ。どうせ俺が作ったウイルスじゃない。最悪俺が病院送りになるかもしれないが、困るのはファイルの結果が分からなかった礼司だけだ」と何度も自分に言い聞かせる。
ええいままよ!
と画面の実行ファイルをタップし、読み込みバーが表示される。グレーの小さな画面に青いバーが伸びていくのを見る。「最初にあったテキストファイルみたいに、途中で壊れてくれ」と願いつつバーが最後のところまで達する瞬間ぎゅっと目をつぶった。
俺は目をつぶったまま、聴覚に意識を集中させた。ポーンと言う音が一回、これは新しいウィンドウが開いた音だ。それから暫く、何も音が鳴らない。同じように音が鳴れば、ウイルス検知の音の筈だ。瞼を開ける勇気が出てこないでいると、もう一回ポーンと音が鳴る。ウイルスの検知だと、これで俺は病院送りだ、新種のファイルで遅くなっただけで、俺は瞼を開ければ、体を動かせない状態になって、アクセスセンターの個室に戻るんだ。
そう思った。
だがその予想は想像以上に期待を裏切るような状態で、思わず笑いが出た。瞼を開けたら、そこにはドッサリと英語で書かれたレポートだった。
しかもご丁寧に、電脳空間用にフォーマットした紙媒体風のレポートが目の前にあった。
そして、ウイルスの検知だと思っていたもう一つの画面には、「システムアップデートがまだ行われていません。現在接続中のネットワークシステムは古い物です。今すぐアップデートしますか? 」
これのお陰で笑いが出た。俺が休みを返上して、ついこの間まで作ってた電脳のシステムだった。
この画面を見て確かにまだアップデートしてなかった。「製作者が未だにアップデート出来てないなんて、どんだけ仕事が大好きなんだ。これじゃあ次のアップデートも気が付かないで、ジジイになっちまうよ」と自分で自分を皮肉った。そして、「ネット接続を開始したのがキッカケで、通知が来たんだな」と我ながら考察した。
一安心出来たこともあって、俺は文字がびっしり表示されたレポートを見た。とりあえず設定ボタンをタップして、日本語に和訳する様にチェックボックスをタップする。
設定モードから抜けると、英語で書かれていたレポートが日本語に変わっていた。普通なら意訳も同時で行う事もあって、変換はここまで高速処理されることは滅多にない。
レポート自体文字量がたっぷりで、ざっくり見た所20枚から30枚も有る。全部変換されたか確認する為にパラパラとめくるが、全て日本語になっているらしい。これは元々日本語が用意されていたと考えていいだろう。
レポートタイトルは『Every pain signal in the electronic brain』
日本語なら、電脳でのあらるゆ痛みの信号とでも言う所か。タイトルだけ読むと、相当ドMなトランスヒューマニストが実験に協力したんだ、と。