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「要は人からじゃない、アンドロイドを使って、お前にこのファイルを渡したって事か?」
入手先情報が隠されたとすれば、アンドロイドのような人形ロボットを、遠隔操作して礼司に接触したという事になる。匿名で、顔や名前を知られたくないと言うのであれば、そんな人との取引なんてこいつにとって日常茶飯事だろう。
「確かにそれも有る。使ってきたアンドロイドは人気モデルだし、世界中どこにでもある奴だ。しかも、特徴を悟られないように、視覚マスクを使ってない」
「視覚マスク? お前電脳使ってないから、視覚マスクで作られた擬似ホログラム見えないだろ」
「いや、それを見れるようにするメガネを、ネイチャーブレインをインタビューした時にそこで貰ったんだ。最近は、視覚マスクを利用した物が多くってな。電脳無しじゃ、生活するのも難しくなってきつつあるんだ」
確かに、視覚マスクが出てきた辺りで、電脳の普及率が急激に上昇した。理由は視覚マスクで見ることの出来る、広告や案内表示が出てくるようになったからだ。
電脳化必須のこの技術は、非電脳化の人間には少々厳しい物がある。もちろん、礼司も例外ではない。
「そうすると、お前はインタビューを機に、かの有名な国際宗教法人ネイチャーブレインに広報担当で入信したのか? 」
俺は冗談混じりに礼司に聞いた。実際はそんなことは無く、そのインタビューした記事の最後に注釈して、入信していないとしっかり書いてある。
電脳という物が世の中に出て間もなく、電脳化と言う人体改造にも捉えられる行為を反対し、電脳化しない人達を集めた宗教が出来た。なんでも電脳だけでなく、人体の改造を反対している。
「記事にも書いたけど、俺は入信してないし、何故か貰ったものなんだよ。今となっちゃ生活的に助けられている所もあるけどな」
「まあ、何にしても取引先の情報はゼロ。ウイルスチェックの結果を信じて、このファイルを開けるしかないってことか」少々ため息を混じらせながら、答えを述べた。その結果はとてつもなく嫌ではあるが、致し方ないと言うべきか。恐らく途中からウイルスの危険性より、アクセスセンターに行きたくないという気持ちの方が大きくなっていた。
「すまん!
またお前に迷惑かける。報酬もいつもより多く出すから頼む」
――――
ジーンズと黒のポロシャツを着て、荷物にはラップトップや端末用の充電器などを詰め込んだメッセンジャーバッグを背負い、とぼとぼとアクセスセンターに向かってゆっくりと歩いていた。「拝み倒されては仕方ない」と思いながらため息をした。
アクセスセンター近くになると、たまに目の色が変わった奴が走ってその方向へ行くのも見えたり、正直そんなのがいる所へ行くのが嫌で仕方ない。もっと言えば、俺もそういった人間に見られるのではないかという視線すら嫌なのだ。
アクセスセンターと言う、それ専用に建てられている施設はない。比較的高層ビルと言われる部類の建物の二~三ほどフロアを使い、公共施設として運用している。
家の近くにあるこの六本木ヒルズ森タワー31〜34階には、そのアクセスセンターがある。何でもアクセスセンターができる前までは、IT系の会社が犇めくオフィスビルとして有名だった。そこに電脳化の波が押し寄せ、今ではオフィスビル兼アクセスセンターと言うカオスな組み合わせになっている。
まあ、会社の方向性的なものからすれば、さして違和感はないかもしれない。むしろ、彼らがそのように仕向けたとしたら納得がいく。
エレベーターがアクセスセンターのフロアに到着した。フロアに足を踏み入れた瞬間、電脳によって聞こえる音声が31階に到着したことを伝える。ここから上のフロアへはエスカレーターになる。という説明も添えられつつ、開いている席番号が視野の片隅に表示される。
この時点で、アクセスセンターを利用するための個人認証が取れたことになる。要は電脳を使っている人間なら、自動的に行われるということだ。
1フロアに150ほどの席があり、同じ構造で三フロア。これだけあって入れない時があり、四苦八苦している奴が居る。そんなやつに限って電脳中毒者であり、かける言葉もない。
一番近いところで空いているところはないか、探すも34階まで行かねばならないらしい。仕事だと割り切って34階へ向かおうとしたとき、このビルの会社員だろうか、スーツを来た俺と同じくらいの歳に見える。ちょうどすれ違いで出ていってくれたおかげで、エレベーター近くの席を手に入れた。
個室になっている扉を開けると、荷物置き場とリラックスチェアーと荷物用のサイドテーブルとデスクが置かれている。右肘掛けに端末をセットするホルダー、左肘掛けの横にはUSB等のインターフェース。そして頭から首周りまで覆うようなヘルメットがあり、そこから一本の太いケーブルが繋がっている。
そのケーブルは床まで繋がっていて、これで自分の意識をネットに接続することになる。
一応だが、誰でもカンフーマスターになったり、眼前に飛んでくる機械でできたタコモンスターをショートさせることができるわけではない。カンフーマスターなら可能かもしれないが、現実の身体が追いつくことができないだろう。所詮意識の中だけのことで、電脳をより上手に操作する事ができなければならない。