1-5
良く考えると、昼ごはんも食べずに、髪の毛だけ切り家に着いてからは、寝る事と明日の予定しか考えていなかった。
そう言えば、電脳で睡眠させるように端末で指示すれば、もっと寝れたのではないか、そんな寝起きだった。
元々AI制御をした後は、脳が活発になりアドレナリンが出る。そんな状態で寝ようとする方が難しい。
だが、今更そんな事思っても仕方が無い。大体、そんなに電脳の機能ばっかり使っていたら、自分の脳で動いているのか、端末の指示で動いているのか分からなくなってしまう。これでいい、これが正解だ。
俺は電脳依存にならない為に、電脳のあの機能を使えば良かった、などが思い浮かんでも後悔しないようにしている。なんと言っても、処理の完了したことを一々気にしても仕方ない。
とりあえず、眠い目を擦りながら、コンピュータにスイッチを入れる。低く唸るファンの音、起動時に立ち上がるOS選択画面。俺は迷わずWindowsを選ぶ。
プログラミングだったり、電脳関連の専門的な処理をする時ならMacかLinuxにしている。今回やる事はファイルのウイルスチェックだ。もちろん他の二つのOSなら、Windowsより高度なチェックが可能だ。が、処理させて放置したいというのが本音だ。
要は疲れているから、ガチガチのチェックをする気力が無い。腹も減ってきた。ウイルスチェックしている間に夕食を食べたいのだ。
コンピュータにUSBを接続し、セキュリティソフトにチェックを開始させる。ウインドウにはファイル一覧が表示され、一覧の上に二段のバーが表示される。下の方のバーが少し青くなるのを確認し、俺は端末からお手伝いロボットを起動させた。
名前の通りお手伝いロボットは、この家の事を何でもやってくれるアンドロイドだ。今回は夕食の支度の準備をする様に命令した。が、またしても後悔をする。コンピュータを起動する前に、夕飯の支度を命令しとけばよかったと。待ち時間がもどかしく感じながらも、せっせと働くお手伝いロボットを眺める。
電脳の視覚マスクで、銀色のアンドロイドは執事が動いているように見える。何でもオプションを弄れば、メイドにもバニーガールにもできるという話だ。
正直、本物のメイドが居てくれた方が嬉しい。一応高級が付くマンションなのだから、メイドの一人や二人サービスで居てくれてもいいはずだ。
俺は思うに、この手のサービス的接客業はAIにしてはいけないと思う。生身の人間だからこそと言いたいが、別に女の子に御主人様は言われても嬉しくないとすぐに思う。
さて、そんな事を思いつつ執事の仕事っぷりを見ていると、俺の目の前で動きが止まった。ぼうっとしていたようで、もう目の前のテーブルには焼き魚や味噌汁、白米という絵に書いたような和定食が出揃っていた。
執事に任せておいて和定食なのか、余りにもミスマッチな注文ではあるが、適当に注文したので、その時和定食にしていたのかくらいにしか思わなかった。流石に食べ終わってから、このミスマッチ具合に違和感を覚えた。
再びコンピュータに向かいウイルスチェックの様子を見ると、案の定何も検出していなかった。
ここからが本番だ。直ぐに仮想デスクトップを起動させてLinuxでの作業に切り替える。ネット接続を切ったテストモードでファイルを開く為だ。こう言った事をするにはwindowsは向かないという訳では無いが、安全対策の為にこっちで作業をする。何よりも、最近のLinuxやMacはこう言ったテスト環境を最初から用意してある。何かあってもすぐに復旧出来るという利点から、今回は仮想デスクトップとLinuxを使ってテストしていく。
二つほどキーボードを叩く。緑と白のグラデーションでできたシンプルな壁紙と、ゴミ箱のアイコンだけが画面右下にちょこんと置いてあるだけのデスクトップに、黒いウィンドウのコンソールが表示される。カタカタッとキーボードを叩くと、コンソール画面には大量の文字や数字が滝のように流れる。流れが止まると一番最後に“error”の表示で止まった。ネットワークに接続していない、と言う理由でファイルが開けなかったらしい。
そうは言っても仮にウイルスが仕込まれていたとして、ネットに繋げていたら大惨事だ。情報が抜き取られたり、なんてことがありえる。壊れていいようにこの環境にしているが、仮にサイバー攻撃をされたらたまったものじゃない。ネットに繋ぐことはまず論外だ。残る手段で思い付くものは、リコンパイルして怪しい部分を探る方法だろうか。だが、少なくとも、このファイルを開く際にネット接続が必要な事は確実だろう。
とりあえず明日にしよう。礼司に連絡を取って、ファイルの入手先を知る必要もある。今日は書きかけの記事でも読むことにしよう。急いでやらなきゃいけない事ではないのだ。
そう思いもう一つのファイルを開こうとすると、ファイルが壊れていると言って勝手に削除されてしまった。どうするんだ、最後の暇つぶしが無くなってしまったぞ。