フェルは魔法だけではない
声の原因は盗賊のように野蛮な恰好で大柄の男と、俺と同い年位の金髪碧眼イケメンだった。喧嘩かなんかをしているようだ。イケメン君の方は、白のフリルシャツにベージュのピチッとした、まさに競馬の選手が履いていそうなズボンと黒のブーツ。十中八九、貴族だ。それにイケメン君の後ろのには震える少女が隠れている。
「フェル、これはハインリヒでは犯罪か?」
「まだ犯罪行為では無いかと」
俺がフェルに常識を問い掛ける。このアクシデントは、この街のチュートリアルイベントみたいなもんだからな。
こちらに気付いたイケメン君がこちらを睨んでくる。よく見れば微かに体が震えていた。俺もフェルが居なければ、今の体じゃ怖くて仕方なかったと思う……相手は大きな斧持ってるし。大柄な男は俺の方へ振り向き、俺たちを見て舌打ちをした。
「チッ……何だよ。見世物じゃねーぞ」
こちらを睨み、少年へと向き直す大柄の男。いざこういう事に遭遇すると、声が出ないし、どうすればいいかわからない。フェルは俺の指示を待ってくれているし……でも、もしかしたら、大柄な男が悪い奴ではないかもしれない。
考え事をしていると、イケメン君が何かを決意したかのように口を開いた。
「あの、たっ、助けてください! こいつが妹に言いがかりをつけてきたんです」
イケメン君が助けを求めた。なるほど、これならあの大柄の男が悪そうだ。嘘をつかれていたとしても、フェルに懲らしめてもらおうか。
「フェル。彼を助けてあげてくれ」
「かしこまりました」
俺の命令にフェルは大柄な男へと優雅に歩いていく。俺たちの会話を聞いて、大柄な男はこちらへと振り向き下卑た笑みを浮かべた。
「そこらのメイドがギルドBランクの俺に勝てると思ってんのか? それとも、メイドさんがその体でお相手してくれるのか?」
フェルを前に手で何かを揉むような動作を見せる大柄な男。視線がフェルの胸に集中しているのが俺でも分かる。実力差が分かっていないのは、フェルが脅威とか魔力とか強さがわかりそうなものを隠したからだろうか?
ギルドはランク制度か……と、フェルの心配は一切していない俺にフェルが振り向いた。
「レイジ様、どのようにお相手いたしますか? レイジ様がそういう趣味でしたら、そういうお相手も本当にしてきますが?」
表情を崩さずに、フェルはそう聞いてきた。そういう趣味……いや寝取られは普通に勘弁だ。二次元でなら見ることもあったが、現実で、ましてや自分の関係者などは無理だ。死にたくなる。1人じゃ自殺すら出来ないけど。
でも、倒し方か……こういう悪党には俺が見てきたチートではスカッとブッ飛ばしていのが気持ち良かった。なら、フェルにもスカッとブッ飛ばして頂こう。
「ブッ飛ばせ」
「かしこまりました」
フェルが返事をし、大柄な男を前にメイドらしい待機姿勢を見せる。俺らの会話とフェルの待機姿勢、舐められてると理解した男は怒りの形相でフェルに殴り掛かった。
「舐めやがってぇぇぇえええ!」
男の渾身の右ストレートをフェルは最小限の首の動きだけで躱す。フェルはふわりと空を舞う羽根のように軽やかに飛び上がり、男の鳩尾に膝蹴りを叩き込んだ。
「おごっ!? ……がっ……あっ……!」
そのあまりの威力に男は呻き声と共に後退る。魔法もチートなら身体能力もチートなんだろうな。身体強化などは有るのだろうか。有るのなら使っているところを見てみたい。
フェルは着地し、男を無表情に見つめている。胸を押さえ、目を見開き信じられないといった表情の男は、フェルを強く睨んだ。
「いい気になるなよ! この小娘がぁぁぁぁぁ!」
男が吠えると、体の周りに白いオーラが揺らめき立つ。男が踏み込み、飛び出すと先程とは比べ物にならないスピードでフェルへと迫る。あれが身体強化なんだろうな。なるほど、凄まじい。この男は多分、身体強化を得意とした前衛だろう。
しかしフェルは男の目の前から消えた。
「な、なんだと……どこに行きやがったぁ!?」
男はフェルを見失い、キョロキョロと辺りを見回す。しかし、フェルは俺の視界にも見当たらない。
「いい気になどなっておりません。勝てて当然ですから」
男の真後ろからフェルの声が聞こえた。まさか、フェルは男の動作を見切り、すり抜けたと錯覚させるほどの紙一重で躱したのか。
男は背後からのフェルの声に、俺の方へと飛び退く。フェルを睨みながら、チラリと俺の方へとを見てニヤリと口の端氏を歪めた。
「テメェを先にしてやらぁ!」
男が背中の斧を取り、俺へと振り下ろす。手も足も無い俺は車椅子を動かす手段もない。恐怖に目を閉じることしか出来なかった。
「グアアァッ!」
斧は来ないし、何かが砕けた音と男の悲鳴が聞こえる。フェルが間に合ったとしても、斧の風圧位は感じてもおかしくはない、と目を開けて確認すると…
「ふぅ……余計なお世話だったみたいですね」
まず目に入ったのは、斧を左の裏拳で砕き右拳を男の鳩尾に叩き込んでいる白いオーラを纏ったフェルの姿。溜息が後ろから聞こえ振り返ると、白いオーラを纏ったイケメン君が俺の車椅子のハンドルを握って額を拭っていた。これは……イケメン君が助けてくれたのか。
大柄な男の白いオーラが消え、その場に倒れた音が聞こえてくる。フェルに指示を出そうと振り向くと、フェルはその男に手のひらを向け、赤い魔力の球体を形成していた。
「フェル、そこまでやってはいけない!」
「しかし! この者はレイジ様を!」
「無事だから……大丈夫。フェルは女の子の様子を見てきてくれ」
「……かしこまりました」
フェルは手のひらの魔力を消し去り、腰が抜けてしまった少女の方へ走っていく。俺はイケメン君の方へと顔を向けた。
「ありがとう……助かった」
「こちらこそ、妹と困っているところを助けていただいてありがとうございます」
フェルがイケメン君の妹と手を繋いで戻ってくる。フェルの空いている手にはロープでグルグル巻きにされた男から伸びているロープが握られていた。
「もしよろしければ、お礼をしたいんです。着いてきていただきませんか?」
イケメン君の誘いに頷くと、車椅子を押してくれる。フェルはイケメン君の妹と、横に並んでゆっくりと歩き始めた。