失われた大切なモノ
失われた大切なモノ、判明
俺は地面に倒れている。神によって俺は異世界へ飛ばされた。神が造った異世界の体は、魂が同調しやすいように15歳の体にぶちこまれたらしい。最強の相棒も近くに送られているはずだ。
「ここは…………?」
雨が降っている。背中に冷たい雨が降り注いでいる。雨の感触が、体の感覚を取り戻していく。腹部が妙に生暖かい。水溜まりのような何かに沈んでいるような……水溜まりは温かいのが常識なのか? それとも俺の体に宿っているであろう魔力が暖まろうと、反射を起こしたのだろうか。
頭が重い……動かすと気持ち悪い。それでも無理に横を向き、顔を泥塗れにしながら周りの景色を確認する。ゴツゴツとした岩場、雨で最悪の足場、ここは荒れ地か何かだったのだろうか。
「………………相棒はどこだ?」
相棒を探すため、俺は立ち上がろうとした。しかし、右腕が動かない。いや、動かしているのに肘を曲げる感覚や手のひらを動かすが無い。顔を動かさずに目を動かして腕を見る。
………………右腕は無かった。二の腕の真ん中までバッサリと斬り落とされている。
「な……何で…………!?」
痛くない。斬り落とされている、なのに痛みが全く無い。腕の断面からは何も感じないのだ。ただ、何も出来ずに右腕を動かすのを諦める。
「チクショウ……! 左腕もかよ……!」
左腕を動かそうとする。肩は動く、しかし肘は曲がらないし手のひらは地面を捉えない。同じく痛みも無い。ここで俺は嫌な事に気付いた。足も何か……感覚が足りない。頭の重さが消え、意識と体の感覚がはっきりとしていく。
「足まで……無いのかよ……?」
じたばたと足をもがかせる。股関節は動いてくれる。しかし太股から先に有るはずの膝が地面に着く感触が無い。当然、爪先は地面を蹴ることは無い。
神が言っていた事を思い出してしまう。街以外の場所には何処にだって、モンスターが現れる。こんな姿で出会ってしまえば、うつぶせから動けない俺は殺されてしまう。
「…………嫌だっ! そんなの、嫌だっ! 死にたくないっ! この世界で、平凡を無くして! それで異常に死んでいくなんて嫌だ!」
叫んだ。思いっきり、誰かに届くように。人が通りかかって助かるように……相棒が俺を見つけるように……
しかし、俺の希望は簡単に……シャボン玉のように儚く壊された。
「ゲッゲッゲ……」
俺に近付いて来た声は人間のものではなかった。近付いてくるバシャバシャとした足音。おぞましい声は近付いてくる。俯せに倒れる俺の顔を覗きこんでくる。
子供のような2.5頭身。ボロボロの布切れを腰にまとっただけの服装に、紫の肌。覗きこんできた醜悪な顔は動けない俺を見て、口が裂けたような歪んだ笑みを浮かべる。
「ゴブリン……!?」
「ゲギャギャギャギャギャッ!」
焦ったような俺の声に、ゴブリンは笑っているかのような声を挙げる。その手に持つのは木の棍棒。一撃で俺を仕留めるのは不可能だろうが、動けない俺なんてまな板の上の鯉に等しい。
俺は……殺されてしまうのか。せっかく異世界に来たのに……平凡を抜け出せたのに……その途端に……殺されるのか!?
「嫌だ……嫌だああああああああああ!」
「ギャッギャッギャッギャッ!」
木の棍棒が降り下ろされる。俺の視界はゆっくりと流れていく。降り下ろされる棍棒、降り注ぐ雨、全てがスローモーションで進んでいく。その中で……1つのナイフが俺の視界にスローモーションで飛んでくる。
「え……?」
「ギャッ!?」
ナイフはゴブリンの額へと突き刺さる。ゴブリンは吹き飛び、額から出る少量の紫の液体が放物線を描く。
心が震える。こんな絶望的なスタートを吹き飛ばす何かに、乾いた笑いが出てきた。
「申し訳ありません。見つけるのが遅くなりました」
美しい女性の声が、俺の後ろから聞こえてきた。心が何かを感じ取っている。声の主は間違いなく……俺の相棒だ。