ピグマの屋敷を攻略せよ 筋肉のダンジョンボス編
何も無かったかのような顔で俺を見てくるフェル。釣られて俺を抱える分身フェルも、レオを(念のため)抑えるフェルも、こちらを見てくる。レオだけはやっぱりな、という表情で苦笑いをしていた。
「あそこまで筋肉とか聞いてねえよ……」
「うむ、私の筋肉は言葉で語るものではないからな!」
「見た方が早いからな」
「見るも早いが体験するも早いぞ?」
……何かおかしい。違和感の塊が胃をグルグルと回って気持ち悪い。空腹に油の塊をぶち込まれたような違和感。
一番に気付いたのは、俺を抱えていた分身のフェルだった。俺を庇うように、反転し落下する感覚。見てないが分かる。どこかに転移した。転移したのはさっきチラッと見たパーティールームの最奥。そこにはさっき見かけた2メートル程の筋肉執事は居ない。
「フェル! 殺す気でぶっ放せ!」
俺の叫びにドアの奥が轟音と共に爆炎で吹っ飛ばされる。筋肉執事が腕を交差させた防御姿勢で吹っ飛ばされていた。扉があった大穴には冷や汗をかいて右手を突き出したフェルと、レオの前に出て、黄緑の魔力の障壁を展開した分身フェルが居た。
2メートルの巨体が近くに居て、何も違和感を持てなかった。いや、当然と思わされた……こんな事があるのか!?
「フェル! そいつは殺す気で行ってくれ! 多分、死なない!」
「ああ! そいつは百の剣に刺され、百の魔法を浴びても止まらない英雄、ネルガ・アノルドだ! 殺す気でやって丁度いい!」
俺の言葉を、レオが後押しする。英雄……ってのは分かんないけど、その前の言葉がヤバイのは流石にわかる。どれだけ剣が強いとか、どれだけ魔法が強いとかなら何処かに対処法が有るはずだ。けれど、止まらない、攻撃を受けても戦闘を続行する。それは対処もクソもない、強さの原点。
ネルガは防御の姿勢を解き、執事服の襟を掴んで、引っ張ってあっさりと引き裂いた。
「ハッハッハッハッハッハ! レオ、貴様あっさり捕まってるなぁ!後で訓練を積んでやる。それから手足の無いお兄さん、君は保留だがメイドのお嬢さん、君は今から稽古をつけてあげよう!」
ネルガの宣言が終わるか終わらないかの瞬間、フェルが白い魔力を纏う。というよりも溢れさせていた。普段が流れる水のような穏やかなオーラなら、今は火山の噴火のように激しいオーラだ。それこそバトルアニメで見るようなオーラ。
そんなオーラを纏うフェルが消えた。と、同時に破裂ではすまない爆裂音が鳴り響き、衝撃が髪を揺らす。ネルガの右頬をフェルの激しいオーラの拳が捉えていた。
「良い拳だ! この私が痛いと感じるなど滅多に無いぞ?」
フェルの拳を受けて、あんな爆裂音を鳴り響かせ、あんな衝撃波を発生させて、ネルガは動いていない。何が起こったのか理解が出来なかった。
気が付けば、またフェルが消える。次はネルガの背後に現れ、首を刈り取るのではないかというほど鋭い蹴りを放っていた。
「うーむ、鋭い蹴りだ。ほんの少し皮が裂けたのを感じるぞ」
ダメージを受けた様子は全くない。それどころか、蹴りを放って着地したフェルの方が若干足を痛めてるように体勢を低くして左手も床に手をついている。
そうか、この違和感は……
「私の身体強化が……通用していない!?」
フェルの身体強化に対して、ネルガの体が一切の魔力を使っているように見えないからだ。俺らの会話に混ざっていた時も。フェルの魔法で吹き飛ばされた時も、フェルの身体強化の攻撃食らってるのに、全然魔力が感じられないからだ。
俺の魔力の感知が甘いのか……? そういう事だと信じたい。
「いえ、この男は一切魔力を使っていません。それなのに攻撃が通じていません」
「うむ、確かに私は魔力を使っていないが……それは魔力が無いというだけだ。気を悪くしないで欲しい」
魔力を使えない……? おかしい、人間には魔力が必ずあるみたいな説明を神から受けたのに……もしかして、こいつ神に弄られたのか?そうじゃなきゃ、あり得ない。
「生まれたときはあったらしいのだがな。まぁ、無くなったんなら仕方あるまい! だから鍛えた! だから英雄と呼ばれる! 私の筋肉は止まらないのである!」
ネルガが吠える。それだけで俺の体は震えあがっていた。神に弄られた奴と戦うことになるなんて考えてない。
しかし、フェルは少しだけ笑うと、俺の傍に転移してきた。
「わかりました。貴方の強さが止まらない信念ならば、私も信念を持ちましょう……レイジ様」
フェルは微笑んでから目を閉じ、顔を近付けてくる。こ、これって!?
筋肉が負ける未来が見えない←