ピグマの屋敷を攻略せよ 中ボスメイド編
声の主が魔力の揺らぎに気付き、俺の前に誰か……いや、フェルが立った。良かった……怖かった……
「メイドの嬢ちゃん……どこから……!?」
「ご無事でしたか」
フェルが安堵の溜め息を吐きながら俺につけられていた目隠しを外した。視界には俺を見て安堵の表情を浮かべるフェル、そして背中を向けて警戒をするフェル、そして俺を攫ったであろうメイド服、褐色肌、黒髪のショートヘアの少女が俺達を睨んでいた。
「フェル、分身のお前を信じて、全力で戦え。ただし絶対に殺すな」
「命令だけ……ですか?」
背中を向けたフェルの言葉を理解できなかった。命令だけでは駄目なのだろうか。それとも。今まで通りでは駄目なのか?
俺を守るフェルの分身は、クスリと笑って俺を見つめた。
「フフッ……私は分身で本体の心も分かりませんし、ご主人様への読心も無いですけど……本体はもっと頼った言葉が良いと思ってると分かりますよ」
「頼った……言葉?」
頼った言葉って何だ?フェルは俺に何を求めてるんだ……?
「フゥ……駄目ですね本体。ご主人様は鈍感です」
「駄目という言葉は認めませんが、鈍感という事には賛成です。私は命令でなくとも動きますのに……という事です」
命令でなくとも動くって……確かに命令するのは嫌だけど……
「兄ちゃん……頼んで見たら良いんじゃねぇか?」
あ、相手の娘にすらアドバイスされてしまった。しかし、頼むって……なんて言ったら、いや、命令をしなくていいのなら、地球のように、
「フェル、戦ってくれ! 俺を気にせずに全力で!」
「お任せください」
背を向けたフェルは嬉しそうに両手に魔力で剣を2本取り出した。対する褐色メイドは魔力で身の丈よりも大きな斧を取り出した。
気のせいじゃなければ無詠唱がデフォルトになってないか?
「無詠唱……相当な魔法熟練度と思えます」
俺を守るフェル、分身フェルがボソリと呟く。だよね、無詠唱って簡単に出来ちゃ駄目だよね。フェルさんもたった今使ったけどね!?
「ピグマの野郎が帰って来なくて、堂々とここを譲られたなんて宣言してくる……流石に怪しすぎんぜ!!」
褐色メイドの言葉は最もだ。やはり、ユリウス王に着いてきてもらわなくてよかった。従者の戦闘能力が見たかったのだけど、一般のメイドでフェルの3割くらいと拮抗していた、充分な戦力だ。それにこの娘は他の娘とは違う気がする。
褐色メイドが仕掛ける。大胆な兜割りをフェルは斧の側面を蹴ることで逸らした。
「甘ぇ!」
褐色メイドは斧を手放して、最速で肩での突進に切り替える。斧では追いつかないと判断したのだろう。凄いな…やけに戦闘に慣れてる。
「くっ!?」
フェルの剣は唯一無二でも伝説も無い、普通の店売りよりちょっと優れた剣だ。チートだから簡単に優れた剣が創れるわけではない。それはフェルの知識が普通だからだ。俺なら伝説の剣でも名のある刀でも創れるだろう。それは地球での記憶でイメージ出来るからだ。しかしフェルは違う。フェルは俺に従順だ。だからこそ剣と言えば一般的な剣を、ナイフと言えば一般的なナイフを創ってしまう。
ようするに、普通な剣ではあんな斧を防げば簡単に折れてしまう。だから蹴った。そのアンバランスな姿勢にタックルが迫る。
「オラッ!」
しかし、フェルは知識が狭いだけでチートだ。そんな単純なタックルには上げていた足を下ろすだけで立派な対策だ。
鋭いと表現できるかかと落としが褐色メイドに迫っていく。タックルの為にのめっていた彼女はかかと落としが直撃したはずだった……
「ぐっ……舐めんなぁ!」
「馬鹿な!?」
フェルのかかと落としは確かに直撃していた。しかし、褐色メイドは背中で受け止め、そのまま飛び掛かった。フェルはなすすべもなく組み付かれる。
身体強化無しのフェルでも相当な威力をを持ってるはずだぞ……?
「上手く受けられましたね」
「上手く受けられた?」
フェルが両手の剣を手放し、褐色メイドと、柔道のような服を掴む組み付きに付き合う。しかし、分身フェルの言った言葉が気になる。相手は特別な魔法や防御はしてないように見えたけど……?
「ええ、相手は上手く肩甲骨で攻撃を受けました。痛みが無いとは行きませんが、頭に当たって気絶や肩を破壊されるよりマシです」
確かに……直撃する場所をコントロールする事で痛みだけで済ませたのか。お互いに肉体攻撃だからこその技術だ。
「とはいえ肩甲骨も骨折しない訳ではありません。本体の攻撃で骨折しないなんて……よほど頑丈なのでしょうか」
フェルと褐色メイドは同時に後ろに下がった。フェルが手に魔力を纏うと、落ちていた剣が手元に引き寄せられる。
身体能力は互角……!?
「良いねぇ……そうこなっくちゃ……」
「互角だと思ってるなら大間違いです」
相手はニヤリと笑って白い魔力を纏う。フェルも対応するかのように白い魔力を纏った。身体強化か……
二人の姿が文字通りに消える。一瞬の打撃音の後、どちらかが壁に叩き付けられた。フェルの方だ。
「み、見えたか……?」
「はい……相手の方が斬られてから、腕を掴んで投げ飛ばしたんです。本体の身体強化の一撃を受け止めて……そのまま反撃するなんて……!」
フェルはは叩き付けられた割にはすんなりと着地していた。ダメージは無さそうでむしろ服の埃を気にして、ムッとしている。
「身体強化じゃんけんはオレの勝ちだねぇ……」
「フンッ……技術は貴女が上と認めましょう。しかしこういうのはどうです?」
フェルが剣の切っ先を褐色メイドに向けて、手を離す。剣はフワフワと浮いて宙に浮き始めた。もう片方の剣もフワフワと浮き始める。
「操作系の魔法か……メイドの必須魔法だけど、それがどうしたってんだ?」
フェルは更に剣を創り出し、宙に浮かせていく。その数が10となった時、手に2本握り、構えた。なんかどっかで見たことあるぞ? そ、そういうの敵に回したくないなー……?
「大丈夫です、結界では無いので」
「そういう事じゃないよな!? というか、気付く人は気付くな!?」
「流行ってるからセーフです」
「そうじゃない!」
とはいえ、俺も褐色メイドも宙に浮く剣をよく見る。そこには。魔法に精通出来てない俺にも分かるくらいに過剰な魔力を纏っている……気がするのだ。剣たちは褐色メイドとフェルを囲んで円を形作る。
「そこの兄ちゃんは殺すなって言ってたけどさー。良いの? オレが同じように投げ飛ばして操作ミスったら自分に刺さるかもよー?」
「いいえ、この形になった時点で勝ちです」
褐色メイドの真後ろの剣の魔力が揺らぐ。それはゆっくりと人の形を作り上げ……
「「ほら、詰みました」」
「こりゃ、お見事だねぇ……」
3人目のフェルが剣を持って後ろから褐色メイド突き付ける。褐色メイドはこの形になると降参していた。
なるほど、過剰な魔力は分身を作る為か。最悪、10人のフェルを相手にしなきゃ行けなかったって事か……うん、そのまま射出して爆発とかじゃなくて良かった。
ち、違うんです!更新が遅れたのは「先輩」って慕ってくれる後輩で半分英霊と化した系ヒロインが!