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異界戦記  作者: ネムノキ
『門』編
8/15

6

 サーペント公国行政府の会議室を貸しきって、私とゲン爺、ボルタの三人とそれぞれの副官は座って部屋の中央に浮かぶホログラムを注視していた。始めは大公もいたのだが、すぐに顔を青くして部屋を飛び出していった。

「これは、ひどいな」

 ホログラムの中では、異世界の軍隊と聖教連合軍の泥仕合とも言える戦闘が繰り広げられている。

「まさか、ここまでとは……」

 ゲン爺の額に汗が一筋伝う。私も、同じ気持ちだった。

「だめ、吐きそう」

 ボルタは顔を真っ青にしているが、それでもホログラムから目を離さない。

「どうやら、異世界の軍隊は魔法抵抗が極端に低いようですね」

 冷静なのは私の副官のドラクルぐらいだ。

 異世界軍の放つ銃弾で騎士団が肉片に変わったかと思えば、連合軍の魔法で異世界軍の戦車ごと兵士が蒸発する。砲が火を吹けば兵士ごと地面が耕され、魔法が飛んでいけば塹壕ごと兵士が溶解する。様々な戦場を経験し、地獄のような光景も目蓋に焼きつくほど見てきたが、このような風景は一度しか見たことがない。

 ――それは、どうみても馬鹿試合だった。

 お陰で段々いらいらしてくる。

「異世界の軍は狙われるのを分かっておいてなぜ戦車の隣に立つ? なぜそんなに塹壕にすし詰めになっている? なぜ魔法兵を狙撃しない?」

「中将殿?」

 ドラクルが何か言ったが、耳に入らない。

「連合軍も連合軍だ。敵の魔法抵抗が低いのが分かっているなら魔法兵の一斉砲火だろ? なぜそこで突撃する? せめて障壁くらい張れ!」

 思わず、立ち上がって叫んでいた。

「嬢ちゃん、大丈夫か?」

 ゲン爺が心配そうに言う。

「あ、ああ。済まない……」

 そう言って椅子に座り、額に手を当てる。

「嬢ちゃん、一度外の空気を吸ってきたらどうだ?」

 ゲン爺はそう言った。いつか見たときのような、心底心配している、といった顔だった。

「いや……。うん、少し外に出る。ドラクル、しばらく任せたぞ」

「分かりました」

 私は、速足で会議室を出、行政府の裏口から外に出た。するとそこの、階段になっているところに大公が座り込んでいた。

「大公、」

 私はそう努めていつも通りに言った。

「あ……、中将さん」

 大公は力なく顔を上げる。頬に涙の跡がある。どうやら、泣いていたようだ。大公は慌ててハンカチを取り出して涙をぬぐう。

「恥ずかしい所見られましたね」

 ハハハ、と大公は力なく笑った。

「……隣、良いか?」

「あ、はい。どうぞ」

 許可が出たので、隣に座る。しばらく二人とも黙り込んでいると、大公は口を開いた。

「どうして、ここに?」

「あの映像があまりにも胸糞悪くてな。少し、頭を冷やしに来た」

「貴女ほどの人でも、そう思うんですね」

 大公は意外そうに言う。

「そう高評価するな。私だってただの人間だ」

「それもそうですね」

 大公はまた力なく笑う。そして、沈黙。なんとなくこの沈黙が心地良かった。

「私はね、」

 唐突に、大公が語りだした。何か重要な話をするのだな、と直感で分かった。

「何も出来ない男なんです。この街の統治権だって、親から受け継いだだけで、分からないことだらけで、部下に頼りっきりで……。そんな中、急にこの街が独立する、となった時、私は右往左往するばかりでした。それでも付いてきてくれる部下に、きつく当たったりもしました。そんな時、ゲンドーラ海軍将に叱咤されてようやく冷静になれて、それでも街の住人を安心させることが出来ないでいて……。貴女が来てくれたお陰で、ようやく住人の不安が取り除けて、ボルタさんが来てくれたお陰で無くなっていた仕事が戻ってきて街に活気が戻りました」

 私は、ただ黙って聞く。それしか出来なかった。

「私は、何も出来なかった。ただ貴方達に頼っているだけだった。それが嫌で、義勇兵を出そう、なんて言ってみたりもしたのですけど、それが間違いだったとさっきの映像を見て分かりました。私は、私の大切な住人を徒に死なすところでした」

 なるほど。だから、会議室を去ったのか。

「そして気付きました。あの地獄から住人を守ってもらうとき、あなた方は地獄に行くのだと」

 それは違う、と言いたかったが、口を挟む暇が無かった。

「本来なら私が率先してこの街を守らなければならないのに、私が地獄に飛び込まなければならないのに……。私は、それが出来ない。力が無いからじゃありません。怖くてたまらないからです!」

 それは、彼の叫びだった。懺悔だった。だが、私は神々でも神官でもない、ただの軍人だ。だから、答えを持たなかった。

「私は、何も出来ない男です。だから、何でも出来る貴方達がうらやましい」

「それは違うぞ」

 私は、なんとかそう言った。

「それは違う」

 大公は、何を言われたのか分からない、といった顔をしていた。

「私だって、何でも出来る訳ではない。出来ることなんて、ごく僅かだ」

「少しでも、出来ることがあるんですね」

 大公はうらやましそうに言った。

「ああ、ある。だが、ある、とはっきり言えるようになったのは最近だ」

 そう言うと、大公は意外そうな顔をした。

「私だって、何も出来なかった。そのせいで、大勢死なせた。優しかった侍女も、いかつかった近衛兵も、お転婆な私を見守っていた影も、みんな死んだ。無力な私のせいでな」

 もう、五十年も昔の話だ。あの光景は、目に焼きついているというのに、彼らの顔を思い出せない。大公は驚きの表情で固まった。

「だから、私は変わろうと決めた。だが、実際に変われたのは、それから何十年もたってからの話だ。そんな私からすると、君は幸せ者だ」

「幸せ……?」

 大公は、疑いの目で見てきた。

「だって、君は若いし、まだ何も失っていないだろう?」

「あ……」

 私は、立ち上がって尻をはたく。頭はもう、冷えていた。

「それに我々がいる。安心して、出来ることを増やすよう努力してくれ」

 そう言って、私は会議室へと向かった。



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