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結局、門は聞いていた通りの時間に陥落し、ヌドラ丘陵での激しい戦いが始まった。遠くから爆音とタタタという軽快な音が聞こえてくる。未だ本隊が戦っていないというのに、この激しさ。正直、何も知らずに突撃していくと言った連合諸国の兵士が可哀そうだ。それを尻目に、私たちは大公の許可を得て結構好き勝手していた。
「まさか、本当に我が軍の射程の五倍もあるとは……」
打ちひしがれているのは、ボルタだ。いや、正直ここまで落ち込むとは思っていなかった。
「これでも、三世代前の物なのだが……」
そう言うとさらにボルタは落ち込む。
「というか、個人で携行出来るような砲と良い勝負とか……」
やっていたのは、砲の性能比較だ。昨日ガンド連邦の第二陣五千人と我らが魔導帝国の第二陣二万、あと皇国のワイバーン空母がやってきて、現状における東部、南部戦線に余裕が出来たので、サーペント近くの砂浜で各軍の砲を持ち寄って海に向かって撃っていたのだ。
「だけど、海洋国の連邦にも負けてるのは納得いかない」
ボルタにそう言われて、ゲン爺は苦笑した。
「まあ、我が軍が相手するのにシーサーペントなど大物が多いからじゃな。そんでおまけに戦艦の砲の技術を使っとるから、まあ、こんなもんじゃ。じゃが、これでも戦艦の支援があるから二世代前のモンしか持ってきてないのじゃがな」
そうゲン爺が指差した先には、幾つも船が浮いている中で一際大きな灰色の建造物が、二つ青い海に浮かんでいた。
「確かに、アレはすごいな」
私はそう感嘆する。ゲン爺はガハハと笑ってから解説する。
「対空、対近接レーザー砲とレールガン、その他実弾砲で武装した旧式艦じゃが、驚いてもらえたなら何よりじゃ」
現在、連邦でも帝国でも海に浮かぶ船というのは既に旧式化している。それでも、こいつが持つ破壊力は未だ最強クラスだろう。
「レーザー、は分かるんだけどレールガン、って何?」
そうボルタは尋ねる。西方大陸の技術が遅れているのは知っていたが、ここまでとは思っていなかった。
「んー、一応軍事機密が絡むから本格的なことは言えんが、それでも良いか?」
ゲン爺の問いにボルタは頷く。
「まあ、簡単に言うとな、電磁誘導で金属弾頭を加速して打ち出す装置のことじゃ。魔法技術を用いた質量兵器、ってところじゃな」
「ふむふむ、ってことはこんなところかな?」
するとボルタはポケットから黒光りする球体を取り出し、指で弾いた。するとヒュン、という音と光と共に球体は消えた。
「今のは?」
私はそう尋ねる。
「ああ、魔法で再現してみた」
私は、これだけの説明で再現してみせたボルタの理解力に戦慄した。
「それは……凄いの」
ゲン爺も隣で驚愕している。
「まあ、これでも 『超越者』 だからね。まあ、そのせいで軍人でもないのに司令官なんてやらされるんだけど」
そう言ってボルタは苦笑しながら頭をかく。私はというと、超越者という単語に首をかしげていた。
「おお、なるほどの」
ゲン爺はちゃんと理解しているようで、しきりにうなずいている。
「すまないが、その、超越者、というのは何だ?」
そう尋ねると、二人はきょとん、として顔を見合わせる。
「もしかして、帝国にはおらんのか?」
ゲン爺はそうつぶやいた。
「単語の意味自体が理解出来ていないから何とも言えないな」
「そうか……」
二人はまた顔を見合わせる。
「ま、まあ、簡単に言うと、人類種の中で時々現れる超人的な才能を持った人のことだね。『魂魄理論』 だと常人よりも魂の力であるフォースが強い人、って説明されてるね」
ボルタがそう説明する。なるほど、どういう概念かは理解出来た。
「それで、僕は雷属性の魔法の超越者なんだけど、帝国にはそんな人いないの?」
その問いに、私は腕を組んで考える。
「何というべきか、難しいな」
「難しいと……。ああ、難しいな」
ゲン爺は私の答えに納得したようだが、ボルタは納得していないようだ。少しむっとして言った。
「別に難しいことでも何でも無いと思うけど」
「まあ、何と言うか……そもそも、人類種、というのをどこまでと定義するかだな」
「どういうこと?」
「我が国では、人化したドラゴンや巨人族にエント、もともと人類より優れた魔法特性を持つ吸血鬼や生死のあいまいなアンデットや機人なども普通に街で暮らしている。となると当然彼らと獣人やヒュマノス、エルフやドワーフなどこちらで人間に分類されている種族とのハーフも普通に暮らしている訳だ」
「え?」
ボルタは絶句して固まっている。
「我が国もそうじゃが港街なんかじゃとマーマンや人魚などもおったな」
「そうだ。我が国では彼らも人類種に含まれているが、こちらではそうでは無いだろう? そういった訳で、答えるのが難しいのだ」
改めて考えると、我が国の人種の多さは異常だ。それに、東方大陸が版図に加わりつつある現在、蟲人とゴレムという新たな種族も仲間入りしている上に、当然のように少数種族も多数おり、彼らも含めるときりが無くなる。近々、法律を変える必要がまた出るだろう。前回人種関係の法律改正の時国会に呼ばれたが、また呼ばれるのだろうか? 若干げんなりしてきた。
「……なるほど、だから鎖国してるのか」
若干間違った解釈が入った気がするが、ボルタの中で何かの疑問が解決したようだ。
「別に鎖国はしてないぞ? ただ、ヒュマノス至上主義にかぶれているこちらの住人にはつらい環境だろうからお勧めしていないだけだ」
「ああ、確かに」
ボルタは思い当たる節があるのか、顔をしかめた。
「我が国では蒼魔族や淫魔族なんかの魔族も人類種に加えているんだけど、そのせいで結構扱いがひどくてね。砂漠のせいで食料自給率が低いから結構輸入してて、代わりに魔石を輸出してるんだけど、関税が高くて……。正直、連邦の助けが無かったら何度か滅んでるよ」
なるほど、それでゲン爺と親しいのか、と納得する。と同時に改めて西方大陸でのヒュマノス以外の扱いに怒りを抱く。だが、このことを国民が知れば絶対面倒なことになるだろう。せめて、東方大陸の戦争が終わるまでは知られないようにしないといけない。
「そうは言ってもほとんどが帝国の輸入品の横流しじゃぞ」
ゲン爺は苦笑しながらそう言った。
「え、そうだったの?」
「そんなことをしていたのか?」
私とボルタは共におどろいた。知らず知らずのうちに皇国を助けていたとは。
「一応秘密にはしておるが、皇国と帝国の上層部は薄々勘付いておるから、まあ教えても良いじゃろ」
この場面でそんな重要なことを教える、ということは、連邦は皇国と帝国に仲良くして欲しい、ということだろう。本国としても貿易相手として手を組みたいそうだから、むしろ都合が良いのだが。
「次やる時は大使に知らせておけよ?」
そうゲン爺に言うとゲン爺は 「次からはの」 と答えた。と同時にボルタは目を輝かせる。
「良いの!?」
「良いも何も、やめろと言ったところで連邦ならやるだろうからな。それなら、本国が把握している方が都合が良い」
ゲン爺は苦笑しているし、ボルタはただ喜んでいるが、これは重要なことだ。
情報部の報告と先日の連合軍の会議から分かったことだが、どういった訳か西方大陸の皇国以外の国々は主力を全軍この戦場へ連れて来ている。本国と連合軍指揮官のタウロスはそれらが確実に文字通りの意味で全滅すると踏んでいる。そうなると待っているのは、各国の混乱だ。聖教国が倒れることは無いだろうが、その他の国々は幾つも倒れ、戦乱の時期がやってくるだろう。特に、皇国周辺は小国や都市国家ばかりだ。皇国は例年通り魔物の大量発生を無事乗り切るだろうし、そうなると主力を残している皇国は確実に勢力を伸ばすだろうが、まず間違いなく物資、特に食糧が不足する。というのも、西方大陸の諸国では未だ軍隊が専門化されておらず、ただの農民や商人から徴兵した軍隊が主力となっているからだ (これは先日の西方三国攻略戦で明らかになったことだ)。当然、各国の生産力は落ちる。なので確実に食料は不足し、場所によっては工業製品も不足することになるだろう。そんな地域を占領することになる皇国は、当然何もかもの物資が不足することになる。だが、手に入れようにも皇国の友好国は少ない。
そこで登場するのが連邦だ。連邦は、マーマンや人魚の人口が多いため、海底鉱山の開発が盛んだ。なので、工業製品は間違いなく十二分に皇国に輸出出来る。だが、ヒュマノスが食べられる食料の生産量はそれほどでもない。そうなると、まず間違いなく一大穀物生産地である帝国の食料を大量に買って皇国に売りつけるだろう。
ならば直接帝国が皇国に売れば良いのでは、という意見もあるだろうが、まず無理だ。そもそも帝国から皇国へと至る独自の海路は、その大部分が東方大陸の東海岸付近を通るが、未だその地域は占領出来ていない敵地だ。仮に、占領が混乱までに間に合ったとしても、機雷や残党の掃討が間に合わない。だが、この商機を逃すのは馬鹿だ。ならば、連邦と組んで食料などの物資を売りつけた方がはるかにマシだ。だが、それをやるには国家間の調節がいる。なので、大使に知らせるようゲン爺に言ったのだ。
「本当、帝国様々だなあ」
ボルタは私を拝みだす。なんかこそばゆい。
「実際色々動くのは連邦だから拝む相手が違うぞ」
「それもそうだね」
そう言ってボルタは今度はゲン爺を拝みだす。
「おい、やめろ。こう、背中がむずむずする」
そう三人で笑いあった。
この日はそんな馬鹿話も出来たが、次の日からそうも言っていられなくなった。
――異世界軍、聖教連合軍主力、激突。