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あの会議から一週間後、我々は準備を終え商業都市プランに入り、そこから歩兵千人と多脚戦車部隊を連れて公国になった都市サーペントに徒歩で入った。小うるさい連中はプランでお留守番だ。
突然独立することになったサーペントは混乱しているか、と思ったが来てみればそうでも無かった。というのも、彼らがいたからだ。
「久しぶりじゃな、嬢ちゃん」
日に良く焼けた目の前の老人は、もう七十も過ぎているというのに相変わらず頑強そうだった。青色の軍服は相変わらず筋肉ではちきれそうだし、羽織っている白の外套についた勲章は数を増やしていた。面倒くさがって勲章も外套も身につけていない私とは大違いだ。
「嬢ちゃんはやめてくれ、ゲン爺」
私はそう苦笑する。
「えーと、お知り合いで?」
ゲン爺の部下らしい青い軍服を着た青年はひたすら困惑していた。背中に背負っているのはキャスキットだろう。潮風で痛みやすい銃身は黒光りしていて、良く整備されているのが見て分かる。
「ああ、古い友人じゃ」
「五十年来の、な」
そう言うと青年はさらに混乱する。
「その外見で六十過ぎなんじゃから詐欺じゃよな」
「え、」
どうやらこの青年で遊ぶのが、最近のゲン爺の楽しみなのだろう。
「いい年して若人で遊ぶな」
「男はまだまだこれからじゃい!」
「ヒュマノスの平均寿命考えな」
「残念でしたーマーマンとのハーフですー」
「もっと短くなるじゃあないか」
私たちのやりとりに青年は全くついていけずおろおろする。
「面白いな」
「じゃろ?」
懐かしいやり取りを続けたいが、仕事の話をしなければならない。
「ゲン爺がここにいるってことは、ガンド連邦軍はもう着いていたのか?」
「三日前にじゃな」
ゲン爺の所属するガンド連邦は、聖教国南の海上百キロの大きな島とその周辺の諸島からなる、海の魔物からの防波堤として戦い続けている軍事大国、と西方大陸ではされている。実際は魔物を掃討し、西方大陸南方のトラス洋の島々全てを保有する一大海洋国家で、魔導帝国の数少ない友好国だ。
「着いたとき、どうだった?」
「それはひどく混乱しとったよ。お陰で自慢の海兵隊が警邏の真似事じゃ」
ゲン爺はそう首をふる。
「この街の運営は何もしなかったのか?」
「しなかった、というより出来なかったのじゃな」
その言葉に私は首をかしげた。
「聖教国の連中、町に駐留していた軍人だけでなく警邏の連中も引き上げたらしくての、残っとった連中はこの町出身で郷土愛の強い連中だけじゃったんじゃ」
「それは……」
私は何も言えなかった。軍人を引き上げるのは、まあ分かる。だが、基本的に地元出身者からなる警邏を引き上げる意味が分からない。いや、実際に引き上げたものがいるということはつまり、逃げた、ということだろう。
「つまり、聖教国はここが落ちると踏んでいるのだな?」
「そういうことじゃろ」
ヌドラ丘陵からここは六十キロ離れている。これを遠いと見るか、近いと見るかは人それぞれだが、聖教国の連中は近いと見たのだろう。私や魔導帝国の将兵全員もそう思うだろうが、流石にこの扱いは酷い。
「ワシら第一陣の海兵隊は二千人しかおらんから、この町の警備と護衛で一杯一杯じゃ。本来なら南部戦線を形成せにゃならんが、人数が足らんし、砲も無い。余っておるのはグリフォン二百騎だけじゃ。どうにか出来んか?」
敵の砲のスペックがいまいち分からないから正確には言えないが、南部戦線を作らなければ、ここサーペントは間違いなく戦火に晒されることになる。私はため息をひとつついてから答えた。
「良いだろう。とりあえず、魔導帝国側で南部戦線を構築しよう。だが、東部戦線も含めて歩兵が一万しかいないから、あまり期待してくれるなよ? あと、制空権の確保は任せた」
「ちと心細いが、おるというだけで大分違うからの。制空権は任された」
この後、この街の行政府に行き、ゲン爺とした話を気の弱そうな大公 (に成らされた青年) とした。青くなったり赤くなったり、表情がコロコロ変わる面白いやつだった。
書けている部分を読み返して、この小説が思った以上に重苦しくなっていて頭を抱えています。