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異界戦記  作者: ネムノキ
プロローグ
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プロローグ

「はあ……」

 大きく背伸びをして、ため息をひとつ。どうして書類仕事は、こんなに疲れるのだろうか。人生何度目かの疑問を感じながら、愛用のボールペンを右手に、電卓を左手に仕事に戻る。

「中将殿、これで最後です」

 扉の無い入り口 (私が吹っ飛ばした) から、ドラクル大佐が書類の山を持ってくる。種族特性上青白い顔がここ数日の激務のせいでさらに白くなっている。

「それくらい部下にやらせろ」

 ドラクルのほうをちらと見て言う。その間も手を休ませることはない。

「その部下から中将殿を休ませるよう嘆願が届いていまして。昨日報告した筈ですが、やはり覚えていませんでしたね?」

「あーそういえば」

 言われてから思い出す。どうやら私も疲れが溜まっているようだ。

「丁度ティ・タイムに良い時間ですし、お休みになられては」

「……そうするか」

 ペンを止め、答えた。すると待ち構えていたように調理部のおっさん二人が入ってきて部屋の中央の書類の乗っていない応接用の低い机 (西部独特の非効率的なものだ) に紅茶とチーズケーキ (どちらもレトルトだろう) を配膳する。

「手際が良すぎないか?」

 苦笑しながら立ち上がり、応接机の前の革張りの手作り感溢れるソファに座ると、ドラクルはしれっと 「準備していましたので」 と答えた。言われんでも分かるわ。

 そうしている間に配膳は終わり、調理部の二人組は部屋の端に移動する。だが、何かおかしい。

「なあ?」

「何でしょう?」

「なぜ、二人分用意してある?」

 どういう訳か、紅茶のセットは二人分用意されていた。

「それは、私もここで休憩するからです」

「そうか」

 そう堂々と宣言するな、と言いたいがこらえる。今は仕事中だ。

「公私混同は良くないぞ?」

「それは多分にありますが、」

 あるのかよ、と内心でつっこんでおく。

「こうしないと、さっさと仕事に戻ってしまうでしょう?」

「…………」

 痛いところをつかれた。全く、こいつは。

「分かった、降参。ちゃんと休憩する。これで良いか?」

 両手を挙げてそう言うと、ドラクルは微笑んで正面のソファに座った。

「はい、結構です」



   * * *



 何日かぶりの休憩は、なかなかゆったりとしたものだった。こんなに落ち着けたのは、西方三国に侵攻して以来、ひと月は無かった筈だ。いや、その前に巨人族の反乱の平定もあったから、一年、か?

「そういえば」

 チーズケーキを食べ終わり、二杯目の紅茶をおっさんに注いでもらっている時、ドラクルが切り出した。

「何だ?」

「聖教国から、皇帝陛下宛の親書が送られてきたそうですが、本当ですか?」

「ああ、本当だ」

 そう答えると、ドラクルは顔をしかめる。

「恐らく国境を確定させるためのものでしょうが、なぜ貴女を飛び越えて皇帝に送られたのでしょうか?」

 西方三国最大の国ソーディルは西方大陸最大の国聖教国と国境を接していた。電撃戦と空挺部隊、ドラゴン部隊と外交官の活躍もあり西方三国の地に聖教国の軍勢が入り込むことも宣戦布告を受けることも無かったが、一応聖教国と我らが魔導帝国との間の国境は決まっていないことになっている。

「それが国家間のやり取りというものだ」

 そうドラクルに返すも、どうやらドラクルが聞きたかった答えと違ったようで、さらに顔を険しくした。

「違うのです。あんな矮小な地方のいち豪族ごときが貴女を飛び越えて交渉していることがおかしいと言っているのです」

「豪族は言い過ぎだぞ。一応彼らは聖職者だ」

 実態は豪族どころか盗賊にもなれない詐欺師みたいなものだが。そう内心で付け加えておく。スパイや外交官の報告書を読む限り、聖教国、などと格好つけているが、ここ百年ほどは腐敗が激しいらしく本来の教義が捻じ曲げられているらしい。それでもなかなかの軍事力を持っているので、侮れないのだが。

「……そうでした、すみません。ですが、彼らの態度を見ていると貴女を侮っているように思えまして」

 何度か交渉した聖教国側の使者の態度を思い出したのか、ドラクルは反吐が出そうな顔をした。その様子を見て、思わずくすりと笑う。これでも私より年上だというのに、愛い奴だ。

「そりゃあ先祖返りとはいえ私はハイエルフで、おまけに副官は吸血鬼ときたら、ヒュマノス至上主義の奴らからすれば侮りもするだろう。むしろ、陛下相手とはいえ交渉を続けようとしている姿勢を見せただけマシだろう」

「ですが……」

 珍しくドラクルは食い下がってくる。またこいつの悪い癖が出てきたか、と額に手をやってから諭すように話す。

「良いか、ドラクル。これは政治の話だ。何度も言っていると思うが、政治に私情を持ち込むな。おまけに今回は文化的に未開と言っても良い相手なのだから、寛大になれ。でないと、潰れるぞ?」

 すると途端にドラクルはばつが悪そうな顔をして、頭を下げた。

「大変失礼しました」

「素直でよろしい」

 後から考えれば、このときの穏やかな時間は、『嵐の前の静けさ』 というやつだったのだと思う。書類との格闘が終わりつつあった二日後、ある連絡を先駆けに我々は面倒事の嵐の中へ飛び込むことになる。



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