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「さて、今日は急に呼び出して済まない」
次の日の朝、帝国と連邦と皇国の連中、つまりいつもの面子 (大公を除く) をいつもの会議室に呼び出した。あまりに急なものだったので、用意した資料は抜けが多い。
「どのみち昼から集まる予定じゃったから、別に構わんぞ」
ゲン爺は手をひらひらと振りながら言った。
「でも、貴女が予定を変えるなんて珍しいね。何かあったの?」
ボルタはそう尋ねてきた。
「では、丁度良いから本題に入ろう。まず悪い報告だが、どうやら皇国周辺の国々が軍を集めつつあるそうだ」
「うん、その報告は昨日本国から届いたよ」
でもそれが、といった感じで、ボルタは首をかしげる。
「わざわざそのことを言う、ということは連合でも組んだかの」
「まさか」
ボルタはゲン爺の予想を否定する。どちらかと言うと、あって欲しくない、といった感じだ。
「いや、そのまさかだ」
だが、私が肯定すると、ボルタは思わずといった様子で勢い良く立ち上がった。椅子が床とこすれて大きな音が響く。
「とりあえず、落ち着け」
「あ、ああ」
私の言葉でボルタはゆっくりと椅子に座る。
「まだ書類にサインはしていないが、ほぼ確実、だそうだ。そして、連合結成と同時にある声明を出すことも判明している」
ここで一呼吸入れると、間髪入れずにゲン爺が言った。
「嬢ちゃん、そうもったいぶる、ってことはよほど悪い知らせなんじゃな?」
私は、この先を言いたくなかった。信じたくなかったからだ。信じてしまったら、冷静でいられなくなるからだ。
「……そうだ。入手した原文は読んだが、連中、今回の件を私たち三国が企んだ、として非難声明と共に、その作戦を実行したとして、ヒュマノス以外の人類種に対する権利剥奪と廃棄処分を宣言するらしい」
「は?」
会議室の面々は、全員唖然として固まる。しばらくしてから、ゲン爺が一番初めに再起動して怒鳴って立ち上がり、それに次々と続いていく。
「ふざけるな! それとこれとは話が違うじゃろ!!」
「廃棄処分だと!? ぼくらは同じ人間だぞ!!」
「ナメたことしやがって!」
「それでも同じ人間か!?」
「俺らが何をしたって言うんだ!?」
非難轟々、当然だと思う。怒鳴らず我慢出来ているのはドラクルぐらいだが、そのドラクルも噛んだ右の下唇から血が出ている。だが、怒りは段々とあやしい方向へ向かっていく。
「あいつら目に物見せてやる!」
「やられる前にやってやる!」
「何が処分だ!? お前らこそゴミだろうが!」
「静まれ!」
私は、一喝して立ち上がる。すると一瞬で面々は怒鳴った格好のまま固まった。
「怒りは最もだ。憤りは当然だ。私もそう思うし、あらかじめ知っていなければ諸君と同じように行動しただろう。だが、私たちは軍人だ。それも、力ある立場のだ。私たちは、幾ら怒っても、幾ら悲しんでも、それを行動に反映することは許されない。私たちは軍人だからだ。だから今は押さえろ。怒りは、全てが終わる 『その時』 まで取って置け。それが出来ないなら頭を冷やして来い」
「しかし!」
「それすら出来ないなら、今すぐ戦場を去れ!」
誰かの抗議に、私はほとんど割り込む形で怒鳴った。面々は、ばつが悪そうにうつむいて黙り込む。言い過ぎたか。私は、若干の後悔を顔に出さないようにしながら面々を見回す。
「……その言葉、覚えとったんか」
ゲン爺が、懐かしそうに言った。
「ああ、五十年前、貴方が送ってくれた言葉だ」
五十年前、あの思い出したくも無い初陣の後、なし崩しに軍人になった最初の作戦の前、怒りのまま動こうとした私にゲン爺が言ってくれた言葉だ。まさか、私が言う側に回るとは、思ってもいなかった。
「私の、一番大切な言葉だ」
そう言うと、ゲン爺は顔を上げる。
「そうじゃな、大切なことじゃ……。嬢ちゃん、いや、アイリス、立派になったのう……」
ゲン爺はしみじみと、少し寂しそうに言うと、顔を引き締めて手を叩く。
「ほれ! さっさと座れ! まだ会議は始まったばかりじゃ! まだまだ重要な情報は出てくるぞ!」
面々はその言葉にはっとして、急いで椅子に座っていく。
「指揮官殿、その裏事情は掴んどるか?」
全員座り終えると、ゲン爺が尋ねてきた。その 『指揮官殿』 と呼ばれたのが誇らしく、同時に寂しかった。
「大体は掴んでいる。先日の戦いで本隊が壊滅したという情報が最近ようやくそれぞれの街に届いたようだ。その結果は知っての通りだが、中には国家元首が戦死した国もあるが、それ以上にかつてないほどの敗戦だったせいで暴動が起きた街も多いそうだ。そのときの被害者、特に犠牲者の多くがヒュマノス以外の人種だったそうだ」
「それは気分悪いけど想像出来る。奴隷扱いされてる人も多いし。でも、それ以外にもあるんでしょ?」
ボルタは顔をしかめて言った。
「そうだ。私には人間に階級があること自体が理解出来ないが、問題は、その犠牲者の中に平民階級や貴族階級の者がいた、ということだ」
「まあ、階級制度自体ぼくらや聖教国以外の小さい国にしかないからね」
ボルタは嫌悪の感情を隠さず言う。
「その階級とやらがどれほど重要なものなのかは分からないが、相当な問題みたいだな。それで国が割れかけている所が幾つかある上に、そこまで行っていない国でも相当荒れているようだ」
「階級の存在自体は知っとるが、国が割れるほど重要なのかの?」
ゲン爺の疑問は最もだ。私も資料をちゃんと読むまでそう思っていた。
「どうやら、この階級と言う奴は存在する国にとって憲法以上に重要なものなのだそうだ」
「つまり、我が国で言うなら憲法が破られたようなものなのじゃな。それならおかしくは無いかの」
ゲン爺の疑問が解決した所で、続ける。
「話を戻すが、ここで各国がヒュマノス至上主義だったことから、各国の首脳陣は 『そもそも何故ヒュマノス以外の種族が自分達と同等に扱われているのか?』 と考えたそうだ」
私から言わせてもらえば、そもそも人間に階級をつけていること自体間違っているのだが。その言葉はなんとか飲み込んだ。
「細かい流れは掴めていないが、どうやらそこで 『今まで我々と同じように扱っていたのは間違いだった』 と考え、権利の剥奪へと動くと同時に、今回の敗戦の責任をヒュマノス以外の種族になすりつけるためと、怒りの矛先がこれ以上自分達支配者階級に向かないようにするため処分することにした、といったことらしい」
「全く訳が分からんが、流れは分かった」
ゲン爺は納得していない様子でうなずく。
「それで、そんな過激なことを言うなら流石に聖教国が動きそうじゃが」
「聖教国はこの情報を掴んでいるようで良識派と呼ばれる少数派を中心にこの声明を非難しようとする動きもあったが、諸国と親しい派閥は全て同調しようと動いている。これは、怪しい金の動きがあるから、その情報を良識派に流すことで切り崩しを図っているが、あまり期待は持てないようだ」
「なるほどの。そこまで腐敗しとったとはのう」
ゲン爺の眉間には深いしわが刻まれている。
「で、帝国は他に何か動いてるの?」
ボルタが待ちきれないといった様子で尋ねてくる。
「まあ、な。情報部の方で諸国中で諜報戦を展開して足並みを崩すと同時にヒュマノス以外の人種の救助を進めているが、正直人手が足りない。手伝ってくれないか?」
「なるほど、皇国はこれから動くことになるだろうけど、諜報は弱いからなあ」
「連邦もじゃ。じゃが、港からの脱出なら助力出来そうじゃな。本国に進言しておくが、今のうちにワシの出来る範囲で人を動かそう」
ゲン爺は早速副官に指示を出し、副官は会議室を出て行く。
「で、ここからが良い報告だが、諸国の動きに対抗するため、帝国と皇国の軍事同盟締結が確実に行われる」
「それって本当!?」
ボルタは勢い良く立ち上がりながら言った。
「ああ、後はサインするだけだそうだ。後、外交官が連邦との軍事同盟も間近、といった噂をしていたが、ゲンドーラ殿、本当か?」
そう尋ねると、ゲン爺は 「言われてもうたか」 と頭をかいた後、言う。
「指揮官殿のお陰で理由がはっきりしたのじゃが、ワシら連邦の方は、帝国、皇国両方と同盟を組もうと動いとり、今は同時に結ぶつもりで調節しとるようじゃ。じゃからまあ、遅くとも一週間かからんじゃろ」
同時に、ということは、連邦は皇国を帝国と同等に扱うつもりなのだな。ただ、そうなると帝国は問題ないが皇国は結構頑張る必要が出てくるな。
「ボルタ、頑張れよ」
「何を?」
励ましてみたものの、ボルタは全く理解していないようだ。
「まあ、色々だ」
「?」
首をかしげるボルタにゲン爺は苦笑している。
「さて、これからは同盟国となる訳じゃから、今後のことを話し合わんか?」
ゲン爺は、そう表情を引き締めて言った。
「そうだな」
「だね。まあ、今後と言うと一番に動くことになるのは僕ら皇国派遣軍かな?」
ボルタの予想にゲン爺と私はうなずく。どう動くのか、という分かりきった問いはしない。
「二日後には我が軍の第三陣が到着するから、撤収しても大丈夫だろう」
「なら会議が終われば撤収の下準備を始めるけど、良い?」
「構わんぞ」
私はそうボルタに返した。
「なら、そのつもりで準備するね」
するとボルタは彼の副官の方を見て二人でうなずき合った。
「……なあ、ふと気付いたんじゃが」
二人の様子に内心関心していると、ゲン爺がそう不吉な響きのある前置きをして提議した。
「聖教国が異世界の技術を諸国に流した可能性は無いかの?」
「どういうことだ?」
私は、ゲン爺がこの場でそう言った意図が分からなかった。
「いや、単純に頭の中で計算してみたんじゃが、諸国は兵力も技術も皇国一国にすら勝てん上に、生産力も落ちとるじゃろ? だのに皇国や、ましてや連邦と帝国に喧嘩売るような真似する訳が分からんでの」
「確かに……」
ボルタはゲン爺の言葉に考え込んだ。
「諸国には連邦も帝国も偽情報を掴ませているせいで本来の国土や技術を知られていない筈だ。おまけに、奴らはヒュマノス至上主義者だから下に見られたのでは?」
私はそう言ったが、確かに何かが引っかかった。
「いや、先月帝国は強国として知られておった東方三国を短期間で落とした。じゃから諸国では結構恐れられているんじゃな。こんな三国に喧嘩売るような真似したら三国が組みかねないことぐらい馬鹿でも分かる。なら、その恐ろしい帝国軍を連邦が運んでくる事態くらい想定しそうなのじゃが……」
ゲン爺自身言いながら自身が無いのかしきりに首をかしげている。
「聖教国軍に動いてもらって、帝国軍を足止めしてもらうか、異世界軍と帝国がぶつかるのを想定してるとか?」
ボルタは自身なさげに言った。
「異世界軍とぶつかる、というのは希望的観測が過ぎるから弱いだろう。それに、戦いの結果は多少捻じ曲がって伝わっているだろうが、それでも今回の戦いは聖教国軍と異世界軍との戦いであって、帝国は傍観して……ああ、そうか」
ここで私はあることに気付いた。
「諸国が本気であの光をやったのが三国だと思っているなら、話は付く」
私は大きくため息をはいた。そんな馬鹿げたことが有り得ないことくらい、ちょっとした諜報機関を持っていれば分かるだろうに。
「なるほど、先に喧嘩売ったのは三国じゃと、そう連中は思っとるんじゃな」
ゲン爺は私が言おうとしたことを先に言った。いつものことだが、少し察しが良すぎるだろ。
「……それなら、説明は付くね。納得はしたくないけど」
ボルタもこの説明で理解したようだ。
「話は戻るが、それでも勝ち目が無いことくらい連中も分かっとる筈じゃ。だのに宣戦布告に等しいことをする、ということは、諸国は勝ち目が出るような何かを手に入れたのじゃろ」
ゲン爺は自分の中の疑問がはっきりしたようで、前よりも力強くそう言った。
「つまり、その何か、というのが異世界の技術だと、ゲンドーラ殿は言いたいのだな?」
そう尋ねると、ゲン爺はうなずいて返した。
「だけど、それなら異世界の技術以外にも、聖教国独自の技術もかもしれないよね? 帝国は何か知らない?」
ボルタはそう付け加えて尋ねた。
「少なくとも、私は知らないな。ドラクル、知っているか?」
「いいえ」
ドラクルは首を振った。これは本気で知らないな。
「そうか。悪いが、どうやらその手の情報は入手していないようだ。後で情報部のケツを叩いておく」
「分かった」
ボルタはそれで納得してくれたようだ。
「まあ、このことに関して私は本国に私見として報告はしておくし、各所に働きかけることにするが、出来れば足並みを揃えたい。お願い出来るか?」
「ワシは良いぞ」
「僕もその方が助かるかな」
その後、細かな調節と書類の作成でこの日は終わった。