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異界戦記  作者: ネムノキ
『門』編
11/15

8

 次の日も、サーペント行政府の会議室で、私たちは死闘を映像越しに見ていた。

「止まりましたね」

 ボルタの言葉に私は頷いて返す。昨日までは蟻か何かのようにぞろぞろ門から出てきていた異世界軍は、二時間ほど前から出てこなくなっていた。

「ドラクル、今までに何人出てきている?」

「およそ二十万人ですね」

「そうか」

 ドラクルは昨日のうちに、私がロイドから貰ったものと同じ資料を受け取っているので、私が言いたいことは理解出来ただろう。その情報が無くても、『門』 から兵士が出なくなって二時間も経つ。そろそろ聖教国が動いてもおかしくはなかった。だが、その情報源は機密なのでこの会議室にいる面々には話せない。

「西方戦線の仮設本部より東側二キロで大規模な魔法反応」

 部屋中央に浮かぶホログラムの調節をしていた士官がそう報告する。

「その地点も映せ」

 そう指示すると、今浮いている映像の右隣に新たな映像が浮かぶ。そこでは、白いローブを深く被った面々がずらっと並んで杖を抱えるようにしながら何か大声で言っているであろう様子が映っていた。

「音声は入るかの?」

 ゲン爺がそう尋ねる。

「ヌドラ丘陵と違い地脈複写で、おまけにマギカとエイテルが異常に活性化しているので、入りません。ドローンを飛ばせば入りますが、いかがしましょうか?」

「いや、そこまでせんでもええじゃろ」

 ゲン爺はそう言って引き下がった。

「多分聖歌隊です」

 大公がおずおずと言った。彼が知っているということは、結構有名なのか?

「聖歌隊? あの!?」

 ボルタが驚きの声を上げる。

「はい。聖都に行った時、見たことがある顔がちらほらとありますから」

「マジか」

 良く分からないが、この連中が聖歌隊という組織なのは間違い無いらしい。だが、何を驚いているのか分からない。

「何だ? その、『聖歌隊』 というのは?」

 そう尋ねると、ボルタは 「うろ覚えだけど」 と前置きした上で話し出す。

「聖歌隊、っていうのは、聖教国内でミサや何らかのイベントのある時歌う集団として有名だね。で、どうやら同時に魔法の実験部隊らしいんだ」

「魔法? 歌と関係が?」

「うん。歌ってさ、大勢でやるとなると音程とかリズムとか合わせないといけないでしょ? それを儀式魔法に応用できないか、ってさ」

「儀式魔法、か……」

 私は疑いの目を白ローブの集団の映る映像に向ける。儀式魔法は、大勢の知性ある生物が同時に全く同じ魔法を発動しようとすることで、本来発動する個々の魔法を合わせたよりもより強力で、より巨大な魔法を発動する技術だ。ただ、あまりの難易度の高さと必要になる魔力の量の膨大さから、帝国では大昔に廃れた技術でもある。

「となると必要な魔力は……ああ、そうか」

 私は、ここで気付いてしまった。

「ヌドラ丘陵では大勢が短期間に死んだから、ギアもマギカも豊富にある。おまけにフォースが地脈に流れ込む影響でエイテルも湧き出ている筈だ。ドラクル! ここ数日のヌドラ丘陵周辺の地脈の観測結果を持って来い。大至急だ!」

「分かりました!」

 ドラクルは顔色を変えて勢い良く会議室を出て行く。

「おい、嬢ちゃん」

 ゲン爺は私が行った意味が分かったのか顔を真っ青にしている。

「何か良く分からないんだけど、説明お願い」

 ボルタはきょとんとして尋ねてきた。私はため息を吐きそうになるのをこらえて説明する。

「ボルタ、魂魄理論で仮説された魔力の四つの状態は分かるか」

「それくらいなら。天然に存在するエイテル、生命活動から生じるギア、精神活動から生じるマギカ、魂から生じるフォースの四つだよね。それがどうしたの?」

 良かった、そこから説明することになれば非常に面倒だった。

「我が国ではその四つの存在が証明されていて、その振る舞いも観測出来ている。今は質問は無しだ」

 何か言おうとしたボルタを制して続ける。

「生物が死ぬと、その生物が保有していたギア、マギカ、フォースは周囲に拡散する。そしてギアとマギカはしばらくそこに留まるが、フォースは地脈に流れようとする。その時、地脈に流れ込んだフォースと同量のエイテルが地脈から湧き上がってくる」

「だいたい分かってきた。魔法に使えるのはエイテルとギア、マギカの三つだったよね。そして沢山死人が出たヌドラ丘陵ではそれらが豊富にあって、しかも聖教国は離れたところから儀式魔法中」

 言いながらボルタの表情はどんどんと悪くなっていく。

「ああ、聖教国は初めからこの状況を誘導していたのだろう」

「そして僕ら三国の軍だけ巻き込まれなかった理由も」

 ボルタが気付いたことは、この部屋にいる全員がほぼ同時に気付いたことだった。

「ワシらは軍事大国じゃからの」

 この作戦は、大勢の犠牲が出た後でしか使えない上に、敵をヌドラ丘陵に貼り付けるために攻撃の手を緩めることが出来ない。だが、魔法は敵にも味方にも等しく降り注ぐ。つまり、敵も味方も全滅することが前提の作戦だ。当然、各国からの非難は免れないだろう。聖教国からすれば有象無象に過ぎない諸国からの報復はそれほど怖くないだろうが、西方大陸では未だ魔物と戦い続けていることで有名な軍事大国である皇国、連邦、帝国と同時に戦いたくないだろう。それに、その三国に被害が出ていないとなれば、恨みは聖教国だけでなく三国にも分散する。聖教国の動き次第では、怨まれるのは三国だけになるだろう。

「嵌められたな」

 全く、天晴れな作戦だ。こんな作戦を考えた奴は間違いなく頭のネジの飛んだ天才か狂人だ。どのみち、ろくでなしなのは間違いない。

「とりあえず、各々本国に連絡した方が良いな」

「賛成じゃ」

「異議なし」

「私はどうすれば?」

 ゲン爺とボルタは良かったが、大公は今にも失神しそうな真っ白な顔色で尋ねてきた。

「まあ、諸国から喧嘩売られたら三国に脅されたとでも言っとけ」

 ゲン爺のアドバイスに大公は顔を何度も縦に振る。心なしか血の気も戻ってきたようだ。

「中将殿、資料です」

 ゲン爺とボルタがそれぞれの副官に指示を出し、彼らが出て行くと同時にドラクルが部屋に入ってきた。その資料は、聖教国が初めからこの作戦を意図していたのが明らかなものだった。一応各員に回すが、全員同じ意見だった。

「嫌な予想ほど良く当たるよね」

 ボルタはそう吐き捨てる。

「全くじゃ」

「だな」

「ですね」

 だが、そうも言っていられない。

「このままここで諸国とぶつかることはまずないだろうが、諸国と国境を接する皇国はまずいな」

 私の言葉にボルタはうなずく。

「連合組まれると厄介かも」

 全く、ボルタの言うとおりだ。小国や都市国家はバラバラなうちは各個撃破しやすいが、下手に連合を組まれると例え烏合の衆だとしても数を揃えられてしまうし、強力な指導者が現れてしまえば統制がとれるようになってしまい、厄介さはさらに増す。おまけに西方大陸においてヒュマノス至上主義でないのは三国だけだ。万が一でも皇国が負けてしまえば、大虐殺が起きる可能性がある。そんなことは軍人としても、一個人としても見逃せない。

「食料くらいなら今すぐにでも送れるから、連邦と組んで送るよう進言しておくが、工業的なことは困難だな。本国の許可を取ってからになるが、野戦築城など戦術レベルの知識は用意しよう。ドラクル、そのつもりで資料を用意しておけ。」

「分かりました」

「ワシの方は本国に貿易関係で皇国に味方するよう進言しておく。あと、旧式艦の艦隊くらいなら送れるじゃろうが、要るか?」

「二人とも、ありがとう。僕の方もそれを本国に伝えるけど、確実に許可が出るだろうから、お願いします」

 ボルタはそう言って頭を下げる。

「で、皇国は何を払えば良い?」

 頭を上げながらボルタは言う。ちゃんとそこを聞いてくるのは好感が持てる。

「本国が何を望むかは分からないが、多分光属性の魔石の人工合成方法を交渉カードにすれば確実だろう。ただ、自分達の外交ルートで上手いこと話をつけられるなら、その方が良いぞ」

「ワシの方は、アルミニウムの効率的な生産方法なら十二分じゃろ」

 帝国では東方大陸との戦争の影響でエネルギー源となる魔石、特に光属性のものが最近不足しているので、皇国で実用化されているという人工合成法は喉から手が出るほど欲しい。皇国の交渉次第では最高機密である兵器技術も引き出せるかもしれない程だ。

 それで連邦が望んだのは、アルミニウムか。連邦は未だ商業ベースでアルミの生産が出来ず、需要は全て帝国からの輸入に頼っている。皇国の技術レベルがどれほどのものか私は知らない。だが、皇国内ではアルミの需要はまだ少ないが、それでも自給出来ているらしいので、アルミに関しては少なくとも連邦よりは技術を持っているだろう。ゲン爺は、そう判断して発言したのだと思う。

「二人がなんでそんなに皇国の技術を知っているか気になるけど、聞かない方が良いだろうね。それだと、僕が交渉するよりも外交官にやらせた方が良さそうかな? 本国にそう伝えておくよ」

 ボルタはそう言って、会議室に帰ってきたばかりの彼の副官に指示を出す。哀れな副官はそのまま会議室を出て行った。

 そのまま細々としたことを話し合うこと一時間弱、突然ホログラム中央の画像が真っ白に輝き、部屋を白く染める。

「まぶし!!」

 今起こっている戦いのことが頭から離れつつあった私たちは不意打ちに目を眩ます。

「画像を切り替えます」

 冷静にホログラム担当の士官が画像を切り替え、部屋は元通りの明るさに戻る。切り替えられ二つになった画面には、ヌドラ丘陵を天まで貫く巨大な光の柱が包んでいるのが二つの方向から映されていた。

「これは……」

 皆、その映像に立ち上がり絶句する。それは、今まで見たことがないほど、清浄な光だった。だが、すぐに思い出す。その清浄な光は大勢の犠牲から成り立ったのだ。

「これは……何だ?」

「……多分、『天罰の光』 です。生物のみを焼き尽くす光だと文献で読んだことがあります」

 誰かの問いに大公がなんとかと言った様子で解説にもならない解説をする。

「ヌドラ丘陵はこの部屋の反対側じゃったな」

「うん」

「なら、外に出て見てみようかの」

 ゲン爺が出て行くのに皆でぞろぞろとついて行き、正面入り口から出る。外は異常な明るさで、道行く人は全員北にそそり立つ光の柱に見入っていた。私たちも同じように光の柱を見る。私は思わず、存在もしない神々に祈った。せめて、あの光に焼かれた人々が痛み無く逝けるように。


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