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異界戦記  作者: ネムノキ
『門』編
10/15

7

 ヌドラ丘陵における戦闘は二日目に入り、徐々に聖教連合軍が劣勢になりながらも、敵味方が入り乱れ泥沼化していた。

「敵は馬鹿ではないということか」

 連合軍側の動きは昨日と変わらないが、異世界軍は魔法兵を優先的に狙い出したり、塹壕やタコツボを分散するなど、効率的な戦闘方法を見出し、実行していた。

「連合軍は馬鹿の一つ覚えじゃがな」

 ゲン爺はそう吐き捨てる。

「というよりも、ここからどうやって全滅させるのでしょう?」

 大公が疑問の声をあげる。今日は大公は青くなりながらも映像を見て、私たちに良く質問する。良い傾向だと思う。ただ、この調子だと連合軍は全滅するだろうが、門からぞろぞろ沸いて出ている異世界軍が全滅するとは思えなかった。

「有り得るとすれば、大規模魔法かな? にしては犠牲が大きすぎるけど」

 ボルタはそう予想した。まあ、有り得なくは無いだろうが、それがどのタイミングで行われるかが問題だった。

 そんな動きは終日変わること無く、日が暮れると同時にこの日の戦闘は終わった。

 行政府で簡素な夕食を摂った後、連絡用にドラクルを置いてサーペントの中で借り切っている潰れた商館へ向かう。そのロビーでは、意外な人物が待っていた。

「こんばんは」

 そこで待っていたのは、東部戦線の後方の都市プランで作戦を立てている筈の参謀長のロイド大佐だ。書類の入っているであろう分厚い封筒を抱えていた。

「こんな所でどうした?」

 私は疑問を口にする。参謀長がこんな最前線の街にいるのはおかしいのだ。まあ、総指揮官の私がいるのもおかしな話なのだが。

「いえ、少し報告がありまして」

「そうか」

 そう言いながら端の方にある椅子を勧める。

「ありがとうございます」

 ロイドはそう言って椅子に座る。私は、少し離れたところにある椅子を引っ張ってきてロイドの正面に座った。

「それで、どうした?」

「とりあえず、これを」

 そう言ってロイドは封筒を手渡してくる。受け取ろうと近付いたとき、ロイドは耳元でささやいた。

「ネクストのお陰で助かっています」

 私は一瞬硬直した後、考える。こいつはこんな所にいるが、本来なら本国の参謀本部で指揮を執っているような人材だ。ならば、知っていてもおかしくは無いだろう。

「丁度この報告を待っていたところだ」

 封筒を受け取って、離れながら言う。封筒の中身は、確かに重要な報告だった。

「異世界の軍勢、国際連合軍の第一陣は二十万人、か。この調子だと、明日には全員こちらに来る、と。この情報は聖教国も掴んでいるのだな?」

「はい。そして重要なのが、第二陣の様子です。どうやら、何らかのトラブルがあったようで、こちらに来られるようになるまでにあと三日はかかるようです」

 その報告は、次の書類からずらずらと書かれていた。それをぺらぺらと速読し、気になる点をロイドに尋ねていく。

「ロシアと日本は同盟国ではないのに同じ第二陣なのか?」

「はい。詳しくは分かりませんが、領土問題などと絡めて、ロシアが日本に軍隊を出させた、というのが真相だそうです」

「そして本来の同盟国であるアメリカが横槍を入れて、結果第二陣が遅れている、と」

 全く、阿呆らしいことだ。仮にも 『連合』 を名乗る組織で、非常時に足の引っ張り合いをするとは。まあ、全く本気を出そうとしない我らが言えたことでは無いのだが。

「これを読む限り、領土を侵されたロシアと中華連邦、あと軍隊を出させられた日本とその同盟国であるアメリカとブリテンが戦うのは分かる。だが、ウラジオストックに近いだけで本来何の関係も無い統一朝鮮が出張ってくるのは意味が分からないな」

 ここは和平交渉や停戦交渉をする上で重要なことだ。兵を出した理由がはっきり分からなければ、停戦してもすぐ破棄されることになるだろう。

「まだ報告書として上げられるほど情報が揃っていないようなのですが、どうやら統一朝鮮という国は面子を重視する文化があるようです」

「面子?」

 私は、ロイドが何を言っているのかいまいち理解出来なかった。

「はい。周囲の大国が兵を出すのに、『先進国』 である我らが兵を出さないのはおかしい、と。この 『先進国』 というのは経済発展が大きく進んだ国、といった意味だそうです」

「それは我らには無い概念だな。だが、なんとなく事情は分かった」

 かなり馬鹿げた理由だというのは良く分かった。

「そんなくだらない面子なんかのために死んでいく兵士が哀れだ」

「全くです」

「そういえば、連合軍総指揮官のタウロスが、中華連邦は強欲だ、と言っていたが、どうなのだ?」

 中華連邦軍はこのまま連合軍が全滅させるらしいが、そうなると中華連邦との講和はますます困難になるだろう。その上強欲だとすると、その難易度は考えたくもない。

「それについては、後ろの方の報告書に。どうやら中華連邦は、開戦時で十五億の人口を抱えていたらしく、その人口を養うための資源を求めて拡張し続けている国だそうです。今回の戦争でも、こちら側の土地を得ようという意思が最も強い国ですね。というよりも、こちらの土地を得る、と名言した首脳部がいるのはこの国だけですね」

「面倒だな」

 私は頭を抱えた。領土欲が旺盛なのは理解出来るが、その人口がいただけない。おまけに報告書によると、聖教国はこの国に対する無差別爆撃を行ったようだ。領土欲にその恨みまで加わるとどうなるか、想像したくもない。

「というか、何故無差別爆撃なぞ……」

「それはですね、中華連邦から聖教国に宣戦布告があったとき、『我が国民全員が兵士となり』 と中華連邦の主席が言ったのを真に受けたからだそうですね。宣戦布告の全文が読みたければ、一番後ろの報告書をどうぞ」

 呆れ果てたことだ。国民全員が兵士なんて戦闘種族がどこに存在するのだ。戦う以上、後方支援として生産要員は兵士の倍以上必要だ。そしてそれはたいてい民間人だというのに。

「その被害は分かるか?」

「いえ。ただ、全国的に軍の基地を爆撃したようですね。それと、これは良いことなのですが、その攻撃によりかの国が保有する反応兵器の大部分を破壊したようですね」

「それは朗報だな」

 反応兵器は一撃で都市を吹き飛ばすことが出来る兵器で、我が国も連邦も保有している。向こう側では反応兵器の保有量を競っている節があるので、大部分が破壊されたとなると、その貴重な虎の子をこちらに持ってくることはまずないであろうし、持ってきたとしても数が知れる。まあ、百発も無いだろう。なら現状で十二分に対応出来る。

「だが、問題はそれでどれだけの被害を与えることが出来たのか、だな」

「すみません、それについては情報不足です。なにせ、民間の被害が大きすぎますし、急速に徴兵して数を補っているようなので」

「ふむ……」

 考えるが、情報不足だ。

「この話はこれで切り上げよう。それで、停戦を持ちかけるなら、ロシアと日本、どちらの軍隊が良い?」

 ロイドは顎をなでて考え込んだ後、答える。

「恐らく、日本の方が良いでしょう」

「それは何故だ」

 私はそう尋ねる。日本とは未だ実際に銃火を交えていないので、停戦しやすいであろうことくらいは分かるが、それだけでは不十分だ。

「日本という国は平和主義を掲げているそうで、その関係で軍も本格的な戦闘を経験したことが無いそうです。そんな国の将や外交官ならば、まず戦いを避けるのではないかと。それに、ロシアの動向はいまいち分かりません」

 それはおかしなことだ、と思った。ロシアは聖教国と中華連邦との戦争に巻き込まれる形で参戦したらしく、しかも参戦したのはこの戦争のかなり初期ときた。ならば優秀な情報部のことだから、動向の十や二十掴んでいてもおかしくないのだが。

「どうやらロシアの大統領は諜報部出身だそうで、向こう側の各国に比べて防諜が固く、情報を掴んでもこちらに伝えることが出来ないようです」

「なるほど、強い国なのだな」

 それなら仕方無いだろう、と私は肩を落とした。

「それに、我が国や聖教国が把握していて、外務省の人員が使える異世界言語のうち、日本語を日本は使用しているようですが、ロシアの使用している言語は会議が出来るレベルでは把握出来ていません。聖教国側も、未だロシアの言語を完全に理解出来る人材はいないようですし」

 私は、聖教国から送られてきた大使を思い出した。彼らがこの街の宿屋を借り切っているのは知っているが、今どうしているだろうか。確か、我が国の大使が相手しているのだったか。

 それは置いておくとして、言語は結構重要な問題だった。当たり前のことだが、相手の言葉が分からなければ、話し合いは出来ない。そうなると、停戦交渉なんてものは当然出来ない。

「なら、日本しかないな」

「はい」

 そしてこの話し合いは終わった。



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