《何も知らない、見たことのない世界で》
青々とした森の中、木々の隙間からは太陽の光が漏れ、時折吹く風によって木の葉は擦れ、心地良い音を奏でていた。
しかしそんな好天気など気にすることは今の自分には出来なかった。
グルルルゥゥ
何故なら目の前には黒い毛で覆われた、言うなれば狼みたいな四足獣がこちらを射殺さんとばかりに唸り声を上げながら睨んでいた。
「…落ち着け、相手の動きに集中しろ」
一振りの小剣を構えた俺は、自分だけが聞き取れるほどの声で呟いた。
それに黒い毛の四足獣に立ち向かってるのは、俺一人だけじゃない。
〇〇は周りを顔を動かさずに見る。
そこには四足獣を囲むようにして4人の男女が、〇〇と同じようにして武器を構えていた。
「大丈夫、落ち着いてやれば僕らだって倒せるよ!」
その一人、盾と剣を構える男が周りに声を掛けていた。
「とっくに落ち着いてるわ、〇〇!…こいつはぜってー俺が一撃で仕留める!」
大剣を構えた男が〇〇に大声で喚く。
「〇〇、本当に大丈夫なの?昨日もそんなこと言って、何も倒せなかったじゃん」
弓矢を構える少女は、呆れた顔をしながら〇〇に言った。
「今日は〇〇くん、出来ると思う。理由は無いけど…」
「理由無いんかい⁉︎」
オドオドした手つきで杖を持った少女が〇〇に小さな声で呟く。
…はぁ、うちのパーティは、こんなノリで大丈夫なのかな。
俺らくらいじゃないかな?この程度のモンスターを一頭も倒せてないの。
〇〇は項垂れた。
「よっしゃ、行くぞ!」
大剣を構えた少年が雄叫びを上げながら、四足獣に突進した。
アイツ、いつもいつも自分のペースでやりやがって!
慎重に追い詰めようと考えていた思考はあえなく中止され、〇〇の後を追うようにして〇〇は四足獣に向かって走り出した。
走りながら〇〇は頭の中で不満を漏らした。
何故、俺がこんなことをやらなきゃならないのかと、そして数ヶ月前にこの奇妙な世界に来たことをふと思い返した。
目が覚めた。
いや、いつ寝たのか、いつ意識が無くなったのかは分からないが〇〇は瞼を開いた。
とてもいい目覚めではなく、まるで二度寝三度寝をしたような倦怠感だ。
上体を起こそうと腕に力を入れようとして、ある違和感に気付く。
何で〇〇は外、しかも森の中で寝ていたんだ?と。
〇〇は上体を起こして辺りを見回す。
どこからどう見てもこれは森、いや林なのかもしれないけど。森だとしておこう。
とにかく辺り一面に木々があり、そこかしこで鳥のさえずりが聞こえた。
やっぱりここ、外だよね?
額に手を当てながら〇〇は考える。意識を手放す前の記憶を、睡眠を摂る前の記憶を。
ダメだ、なんにも思い出せない。
むしろ考えれば考えるほど頭の中に靄がかかる感覚がする。
まるで誰かが、〇〇が意識を失う前の記憶を思い出させないかのように。
思い出せない、やっぱりダメだ。
そしてまたあることに〇〇は気付いた。他の記憶も思い出せないことに。
あれ、これってまさか記憶喪失なのか。
俺、自分の名前が〇〇ってことは覚えてるけど、今まで何をして過ごしてきたのかとか、思い出というものとかが全く思い出せない。
結構ヤバい状況かもしれないと〇〇は思った。
とりあえず気持ちを落ち着かせようと深呼吸を繰り返す〇〇。
そしてもう一度周りを見渡してみた。
そこは青々とした木々があり、時折鳥のさえずりが聞こえる空間に変わりはなかった。
とにかく辺りを歩いてみるか。
怠い身体を起こした〇〇は、当てがあるわけではないがここにいつまでも座っていてもダメだと思い、辺りを散策することにした。
しばらく歩いていると、前方から水の流れる音がした。
数分もしないうちに眼前に幅二十メートル程の川が現れ、とりあえず休憩しようと〇〇は川辺近くまで歩み寄った。
しかし、〇〇に休憩を与えるほど神様は優しくはなかった。
なんだ、あれ?
どうやら川辺には先客がいたらしい。しかもそれは〇〇と同じ人間ではなさそうだ。鎧を着込み、小振の剣を携えた小柄な丸っこい人型の何かがいた。