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ルナティックゲーム  作者: 不動 進
絶望が覆う世界で
9/10

第八話  弱み、それは武器

 「……思わぬ出費…」

 

 財布に入っている残りの札を数えて、「またのご来店、お待ちしておりまーす!」という皮肉なほど元気な声を背中越しに聞きながら、俺はため息混じりに呟いた。

 ノワに連れてこられてたのは、普段の俺ではちょーっと行きにくいような店だった。入る前に懸命な抵抗をしてみたものの、「バーゲンセールでもしようかなー」というこの上なくおぞましい脅しで俺の雀の涙ほどの反骨精神は凍り、あっけなく折られた。情報を人質に取るとかマジ怖え……。情報ってのはね、時と場合と使用方法によっては戦車なんかよりもよっぽど恐ろしい武器になってしまうんだよ。こいつはそれをよくよく理解してるからなお怖い。

 文字通り後襟をつままれながら入店すると、ノワは早々に店員のところに行き話し始めた。何を話しているのだろうと耳を傾けてみると、俺の伸長、ウエスト、腕の太さを事細かに説明していて、それに見合ったものを頼んでいた。

 ――戦慄した。何でお前が知ってんの、と。

 俺でもそんなこといちいち測ろうとは思わないから知るわけない。

 まあ情報屋やってるぐらいだから、対象の体のサイズとかを見測るために洞察力とか鍛えているのだろう。きっとそうだ。そうに違いない。

 俺が自分を無理くり納得させている中どんどん話は進んでいき、すでに何着か見繕われていた。せめて頑丈で伸縮性のあるやつを!という俺の情けを乞うような叫びは、なんとか受け入れられた。俺が着る物なのに、何故決定権をノワが持っているのだろうかという疑問を持ったが、無視した。多分考えても無駄な事だから。いい感じに振り回されてるなあ……。

 結果買わされたものが、血だらけ穴だらけになってしまったコートを買った時より三倍の値段を張った。まあそれでもマシな部類であったと思う。


 「別にいいだろー。ボクも半分払ったんだからさー」

 「俺はちゃんと遠慮しただろうが。恩着せがましくするな」


 そう、何ということだろうか。俺の拒否を押し切って、ノワが支払いの半分を持ってしまったのだ。自分の情けなさに涙が出る。でも正直に言えば、貯金はまだ少し余裕があるものの、全額支払っていたら冷汗が軽く出るくらいピンチではあった。だから無理矢理買わされたものだが感謝はしている。しかし、残念なことにここで感謝の言葉を言えるほど俺も素直じゃないんだよなあ。何故なら、建前としてはあくまでも「買わされた」のだから。

 

 「ていうか、やっぱりその色なんだなー」


 今俺が着ている買ったばかりの灰色のコートと、買った際に貰った袋に今入っているコートを見比べてノワが言った。

 ちなみに店員さんに事情を説明して、買ったその場でタグを切らしてもらい、今着ているに至っている。物わかりにいい人でよかったと心の底から思った。

 ノワの言う通り、俺が着る物は決まって黒かそれに近い色を選んでいる。かっこつけたいとかそんな理由ではない。見た目を重視するならもうちょっと色を選ぶ。では何故そういう色を選ぶかというと、単純に戦闘に向いているからだ。


 「まあな。馴染みもあるし、夜には居場所がばれにくいし。いいことばっかじゃねえか」

 「そういうものかなー。普段着も戦闘服の変人さんの考えはボクにはわからないなー」

 「失敬な。普段も常に警戒している証拠だ。そういうお前だって偽名使ってんじゃねえか」

 「違うよー。ニックネーム使ってるんだよー。それにー名前ごまかして危険を避けるのと、いつ襲われても対処出来るようにフル装備でいるのとは違うよー」


 そう言われてはぐうの音も出ない。確かに前提条件は違うから何も言えねえ。でも仕方がないでしょ。商売柄いろいろ危ないんだから。

 家には幾つかオシャレな服もある。しかし、いかんせんどれもこれも動きにくく、いざという時にこれでは逃げることも難しいと考えた挙句辿り着いた答えが、いつもフル装備でいればいいじゃない、というものだった。やべえ、やっぱこいつ変人だわ。


 「ファッションとかする気ないのー?」

 「ない」

 「全然ー?」

 「まったくもってない。安全のほうが優先だろ?」

 

 俺がそう言うと、ノワは、ぬぬぬーと唸っている。それからいきなり立ち止まって顎に手を当てあからさまな考えるポーズをした。唐突なことでノワの後ろを歩いていた人が迷惑そうに、舌打ちしたのが聞こえた。思いっきり迷惑になっている。それもそのはず、今歩いているのは会場から北西のメインストリートなのだから。

 休日だからだろうか、買い物をする人、これから昼食を取る人、会社の出回りなどなどで人がごった返している。


 「おい、どうしたよ」

 「・・・・・・・・・」


 屍のように返事がない。立ってるけど。

 俺の言葉に耳もくれず、そのまま黙っていた。少し距離が空いたまま固まっている俺たちに周りが視線を向けてきているのが嫌でもわかる。通行人と目が合ったがすぐに逸らされた。横を通って行った男子三人組の会話から、痴話喧嘩という単語が聞こえたのは気のせいだろうか。

 ――逃げたい。

 一刻も早くこの場を去りたい衝動に駆られる。けどノワを置いていくことも出来ないから、彼女が何か閃いたように顔を上げるまで奇異の視線に晒され続けた。

 数歩分空いていた距離を彼女が小さな鼻歌交じりに詰めてくる。


 「おいこら、何企んでんだ」

 「いやー別にー」


 さっきとは一転、ご機嫌なその声には何の説得力もなかった。近いうちに何か仕掛けられると確信した俺は覚悟をしておく必要がありそうだ。経験上彼女のこのような言動には決まって裏があり、嫌な目に何度か遭わされたことがある。

 でもまあ、全然喋りもしなかったあの頃よりはましか。

 機嫌のいい彼女の横顔を横目で見ながらそんなことを思った。


 「あそこら辺かなー」


 ノワが指をさした方を見ると、人だかりができている。俺が四時間ほど前に撃たれたあたりだ。

 人ごみをかき分けて前に出てみると、捜査官らしき人が電柱のところでしゃがんで何かを見ている。血痕だ。血痕の周りにはKEEPOUTの文字列。

 血は見慣れているはずなのに、何故かその血の跡だけは見ると呼吸が乱れてしまった。


 「……大丈夫?」


 苦しそうな俺を見てノワが小声で言ってくる。

 これ以上心配させてはならないと思い、荒れた呼吸を落ち着かせるように小さく深呼吸してから、大丈夫だと応えた。

 幸運にもまだ捜査は終わっていなかったらしい。

 

 「盗聴してくれ」

 「わかった」


 小声でそう言い合うと、ノワは、ふう、と小さく息を吐くと、首にかけてあったヘッドフォンを頭に移し、静かに瞑目する。

 彼女のヘッドフォンは普通の物とは少し、いや全く違うと言ってもいいだろう。一見同じものに見えるが、中身はミュージックプレイヤーから放たれる音を外に漏らさないようにするような仕組みにはなっていない。そもそも線が繋がっていないこのヘッドフォンは端子に接続できない。

 その代り、補聴器のように外の音を取り込むことが出来る。曰はく、半径二十メートルの音は余裕で聞こえる、と。ノワの仕事道具で、情報を集めるに当たっては必需品であるらしい。実際、今ここで周辺から、特にあの捜査官たちの声をすべて同時に聞いて、聞き分けている。歴史上のかの偉人聖徳太子は十人の声を聞き分けたと言われるが、こいつはその比ではない。では何人まで可能かというと、それは未知数。つまり、ノワの情報処理能力は常人の比ではないということだ。しかしこんな常識外の能力は実は異能ではないのだ。いや異能と同等、もしくはそれ以上に優れたこの能力はある意味異能といっても過言ではないだろう。ただAEを受けてないというだけで、ノワの先天的才能というだけだ。数年間一緒に暮らしていた身だが、それがわかったのはほんの最近。

 しかしいくら天才的な頭をしていても後方から散発的に鳴る、携帯端末内臓のカメラのシャッター音はヘッドフォンの音の拡大機能によって邪魔になってしまうだろう。ノワの集中していた顔の眉間に皺が入り、ポケットに入っていた手でボリュームを下げた。

 今は野次に紛れているが、長時間ここにいては逆に怪しまれてしまうかもしれない思い、少し移動しようとノワの肩を叩こうとしたが、その前に彼女がヘッドフォンを頭から取り外し首に掛けなおした。


 「早いな、終わったのか?」

 「んーまあねー。ていうかほんと野次の声うるさいなー。頭痛くなるよー。まあその野次からもいいこと聞けたけどねー」

 「そうか。じゃあちょっと移動するぞ」

 「その前に後ろの方の男子たちにちょっと聞き込みしよー」

 「なんで?」

 「可愛い金髪見たってさー」


 おいおい、何それグッジョブ。いや男子たちが見た金髪がリヴだという根拠は全く以てないのだが、有力な情報であることに違いはない。

 

 「早く聞くぞ。というかお前が聞いて。得意分野だろ?」

 「……なんかそれ別の意味に聞こえてムカつく」

 「そういう意味で言ったわけじゃないから……」


 うむ……確かに受け取り方によっては「お前ナンパ得意だろ?」的な意味に聞こえてもおかしくないかもしれない。でもね?俺がそんなこと言うわけないでしょ……。まったく、失礼な。つか、こいつ一応女性だけど、顔は中性的な顔だから人によっては服装で判断して男と勘違いする奴が少なくないんだよなあ。……服についてはこいつに言われたくないな。人のこと言えないじゃん?

 はあ、とため息を吐いて、来た時と同じように人をかき分けて混雑から抜け出す。

 

 「で、どいつ?」

 「ちょっと待ってよー。えーと、あ、あそこの人だよー」


 人ごみに揉まれながら出てきたノワが二人組の男を見つけ、てけてけと近づいて行く。一方俺は、邪魔にならないように離れたところで壁に背を預けていた。壁ってやっぱ安心するよなあ。

 ――さて、この視線はどこからだ。

 腕を組んであたりに視線を巡らす。フル装備同様、街中にいる時は常に警戒しているせいか視線にも敏感になってしまった。おかげでコートを買ったぐらいから着けてきている視線に気づいていた。正体はわからないが近からず遠からずの距離を保っているようだ。

 ……どこだ。忙しなく歩くスーツを着たサラリーマン。お疲れ社畜。違う。三人組で楽しそうに笑う女の子たち。違う。好奇心だろうか、人混みに四苦八苦しながら何とか前に出ようとする少年。少年よ、そんなに人の血が見たいのかい……。まあ当然違う。全員が違うようにも見えるし、全員が視線の正体にも思えてしまう。つまり、さっぱりわからない。ダメだあ。

 大人しく諦めることにした。見つけて何が目的だとか聞きたいのはやまやまだが、あっちはあっちで大人しく見つかってはくれないらしい。

 目を瞑って、ふう、と息を吐く。再び目を開けると、目の前にノワがいた。


 「思いっきり不審者に見えたぞー。近づきにくいったらないねー」

 「マジで?」

 「マジ。大マジ。超マジ。」

 

 マジかー。不審者より不審者ぽかったのは結構ショックだぜ。でもだな、不審者を見つけるために自分も不審者になりきるってのは一つの方法としてありじゃない?


 「まあ俺が不審者とか変人とかはどうでもいいとして、いいこと聞けたか?」

 「いい話と悪い話どっちから聞く?」

 「めんどくせえな……。んじゃあいい方から」

 「わかったー。えっとー、その金髪の女の子の特徴はかなりリヴ・スペースに近いみたい。場所は会場で、北西のメインストリートに歩いて行った、だって」

 「……逆に悪い方は聞きたくねえな。それ聞いた後だと。いい方が有力すぎて、その分悪い方はとことん悪い気がする……」

 「…………見たのは一時間くらい前だって」


 うわあ、やっぱりかよお……。有力なものが一言で無力化されてしまった。文面だけ見たら魔法の言葉だなマジで。上げて落とされるってのはこういうこと。落とされるどころか叩きつけられたレベルだけどな。

 ――一時間前か。泊まるところを探していたとするなら、ホテルか民宿を片っ端から当たっていけば見つかるかもしれないが、それでもやはり一時間。歩いてでもそこそこ遠くに行ける時間だ。それに大通りから出ればかなり入り組んだ道になっているからますます難しい。


 「まあいいや。あてにできるもんは今んとこそれ位しかないわけだし。とりあえず、そう遠くもねえし行ってみようぜ。見た人がいるかもしれないし」

 「そうだねー。あ、言い忘れてたけど瀬戸の血はとっくに持っていかれたみたいだよー」

 「知ってる。それ位は聞こえてた」

 「瀬戸はつくづくついてないねー」

 「……うっせ。さっさと行くぞ」


 ここ最近はとことんついてないという自覚はある。でも全部俺は悪くねえんだよなあ。

 今日何度目とも知れぬため息を吐いた。



 つーわけで西のメインストリートにやってきたわけだが……何故か俺はノワを置いて一人走っている。

 時間はほんの三分ほど前に遡る。

 俺たちは目撃者がいないか聞き込みをしていた。そこで一人の買い物カバンを提げた、ザ・近所のおばさんという容貌の中年女性に話を聞いていた時のことだ。

 

 「金髪の女の子?」

 「はいー。肩ぐらいまでの長さなんですけどー」

 「……あー、見た見た。十分くらい前にホテルから出てきたのをね。あれ、あの子じゃない?」


 そう言って指を指された方をノワと同時に振り返ると、その先には小柄な女の子がこちらに向かって猛然と走っている。スピードが落ち時々後ろを振り返ってはまた全力で手を振る。その後方には男三人が同じように走っている。しかし距離がなかなか詰めれていない。人を避けながら走るには、速くなくても体が小さい方が有利だ。怒声罵声を上げながら走る大人三人はなんともみにくい。それよりも……、


 「なあクルミ、あれって……」

 「あー、うん、なんかやばそうだねー」

 

 小柄な女の子は金色の髪を揺らして走り続けている。しかし俺と目があった。一瞬驚いてあたふたという効果音がぴったりな戸惑い方をして、慌てて路地裏に入って行った。なんだあれ……。ていうかよく襲われるねあの子。

 ――あぁもうくそっ、めんどくせえな……。


 「ちょっと行ってくるわ」


 軽く屈伸運動をして気分を臨戦態勢に切り替える。まあ三人ボコッてリヴを捕まえれば済む話だ。あ、でも路地裏に入ったから早く行かねえとダメだな。

 


 「おー気を付けてねー。とっ捕まえたらここで落ち合おー」

 「へいへい」

 

 俺は急いで路地裏へ四人の跡を追った。

 

 

 

読んでいただいた方ありがとうございます。

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