第二話 慈善活動もほどほどに、そいつのためにも
早いか遅いか基準がわからないのですが、なるべく早く書けるよう頑張っております。
天気がよかったので、窓辺で風を感じながら、こんな恐ろしい世界にならないことを祈り、第二話です。どうぞ。
東京都は昔から地図で見る形こそ変わっていないものの、区画が大きく二つに分かれている。東区、特に東京湾に面している元大都会は今では人っ子一人おらず、海岸には数十メートルの壁が築いてある。そしてその廃ビル群の中に二つの戦闘フィールド、縦横五〇〇メートルが外と、高さ約三十メートルの壁で分けられていて唯一の出入り口である門は、一度殺し合いが始まれば勝者が決まるまで開かない。
一方、ここ西区はルナティックゲームの会場を中心に、蜘蛛の巣のように住宅や店が広がっている。……そして、こちらを見下すように街はずれの山の上に建っているのが、今の日本帝国を築いた王がいる城。この国に、ルナティックゲームに限り殺人を容認、いや、促進させた張本人の根城。
――狂ってる。
あの城を見るたびに、王を、そしてこの国の現状をそう思う。どうすることも出来ない自分の無力さに何度落胆したことだろうか。どうすることも出来ない故に、受け入れてしまっている。事実、俺はルナティックゲームで日々の食い扶持を稼いでいる。
やつがいなければ今感じているこの痛みもなかったはずだ。こうして銃とナイフを提げて歩くこともなかったはずだ。
憎い。
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ。全然大丈夫じゃない」
思考の海に入っていた意識は、隣を歩くさきほど助けた少女によって現実に戻された。撃たれた俺の肩を心配そうに見ている。さっきの試合でかすったところにしてあった包帯を巻きなおして出血を抑えているが、痛みはちゃんとあって俺の精神を今も苛んでいる。
「そうですか……って大丈夫じゃないんじゃないですか!」
「大声出すなよ、傷に響くだろうが……」
「す、すみません。なら早く手当てしないと。今どこに向かってるんですか?」
「レストラン。そこの店員に知り合いがいてな、治してくれる。ちょうど腹も減ってたし」
今歩いているのは、大通りから少し離れた場所。人もさっきよりは少ないが、あたりから気になる声が聞こえてきた。
「おい、誰かが発砲したらしいぞ」「警備のやつらがうじゃうじゃいやがった」「マジで?どこのバカだよそいつ」「かなり重い罪じゃなかったかしら」「血が流れてるらしいよー」
銃や刃物の携帯禁止という以前は普通だったものは今はどこかに霧散したが、警備員以外は特別な事情がない限り街中での発砲は硬く禁じられている。つまるところ、撃つ殺す死ぬならどうぞルナティックゲームで、ということだ。
包帯はコートの下に巻いたし、付いていた自分の血も拭きとったから周りにばれることはないが、歩き方が不自然になっていないか不安だ。脹脛の傷もある。
「ここ、ですか?」
歩き始め、二十分程。ようやく到着したレストランはピークをとっくに過ぎているため客は少なそうだ。
「ああ、さっさと入るぞ」
俺がドアを開けて入ろうとすると、ゴンッ!という鈍い音とともに、
「あでっ!」
といううめき声が聞こえた。段差につまずき少女が盛大にこけた。つまずくような段差ではないのだが……鈍臭。
「だ、大丈夫か?」
今度はこちらが聞く出番だった。
「大丈夫……です。うぅ、恥かしい……。早く入りましょう……」
立ち上がった彼女の顔を見ると、血は出てないがおでこの真ん中が真っ赤になっていた。それに少し涙目だ。笑いがこみ上げてくるのをぐっと堪える。
「お、おう」
入って、店内を見回す。外とは違い明るい雰囲気で、思ったとおり客は少なく俺たち以外に二組だけだった。
奥から一人店員がでてくる。腰の辺りまである黒い髪。知り合いの人だ。
「いらっしゃいませーって陽向君?」
「ど、どうも」
「試合見てたわよ、怪我しているのでしょ?」
わ、見られてたのか……。確かに会場のモニターに映される映像は、常時配信されていて、個人の端末でリアルタイムで見ることができるのだが……。逃げてばっかだったから知り合いに見られていたのは正直恥ずかしい。
「仕事はどうしてたんですか……?」
「ちょうど休憩に入ったところだったの。あら、後ろの女の子は?」
ようやく彼女に気づいて、聞いてくる。
「あ、えっと、襲われてるところをこの人に助けてもらいました」
この人。まあ自己紹介してないから仕方がない。
「そうだったの。ささ、早くこっちに」
そういって俺たちを先導し一番奥の席まで案内する。俺の指定席だ。空いているとき限定だが。いやー流石、わかってるー。
俺たちを座らせてから、俺に言ってくる。
「コート脱いで。何箇所撃たれたの?」
「三箇所です。えっと、左脹脛にかすり傷と、左肩にもかすり傷と……貫通したの」
「貫通?試合最後まで見てたけど、陽向君普通に左手で投げてたわよね?」
あーですよねーやっぱりスルーしてもらえないですかー。うっと言葉に詰まった俺に向けられるじーっという怪訝な目が痛い。どうしよう、柄にもないことをしてしまったから何か言い難いぞ?おかしいな、自分でもいいことをしたつもりだったんだけど。
「あ、私が助けてもらった時に代わりに撃たれたんです。……ほんとにすみません」
そういって頭を下げてくる。いやまあ事実だけど、本当は助けるつもりなんて露ほどもなかったわけでして……なんて無粋なことをここで言ってしまうほど俺もガキではない。
「はあ、まあそういうことなら仕方ないわね。始めるわよ?」
「お願いします。……毎度毎度すみませんね」
そんな俺の言葉に、もう慣れたわ、と。
まず肩の二つの銃傷に手を当て、じっとする。その顔は真剣そのもの。手に全神経を集中させているのだ。固まること数秒、外部からはわからないが、手を当てられている俺は感じる、傷が治っていくのを。細胞を活性化させることで自然回復を高速で速めているのだ。決して魔法なんていう、ファンタジーの類ではない。人間が科学で――偶発的なものではあるが――生み出した力。
傷を負うのは当然痛いし、苦しいからなるべくは避けたいことなのだが、この時間だけは気持ちがいい。気力が湧いてきている気もする。少しくすぐったくもあるが。
約三十秒経ったころ、完全に傷がふさがったのを感じた。
「もういいですよ。塞がったと思います」
「そ、じゃあ今度は足ね」
そう言って、今度はしゃがんでズボンの上から同じように手を当てる。一見、こんな体勢は、何かいかがわしいことをしているようにも見えなくはない。というか、レストランの中で客に触ってじっとしている絵はどう見てもおかしいし、この上なく怪しい。だから大抵誰にも見られないように、この一番奥を指定席に暗黙のうちでしてもらっている。
「ふう、完了かしらね」
立ち上がり、伸びをする。俺は違和感がないかどうか足を軽めに振り、肩を回す。痛みもなく、神経を走る感覚もいたって正常。異物が入ったような感じもしない。つまり違和感無し。まさに奇跡の御業とでも呼ぶにふさわしいだろう。科学が生み出したものを奇跡なんて称すると、矛盾している気もするが。
「ありがとうございます」
「ほんとよ、これやった後結構疲れるのよ?治してあげるけど、程々にしてほしいものね」
まったくだ。誰だよ、圧倒的な火力差で死にかけてたのに意地でも降参の四文字を口にしようとしなかったやつ。その上、赤の他人庇って撃たれてるしよ。ほんとバカじゃねえの?……俺だよバカ。
「あのう……今ので治ったんですか?」
それまで静観していた少女が、遠慮気味に尋ねてきた。まあ第三者から見ると、何が起こったかなんて全然わかんないからしょうがない。
「ふふ、そうよ。そのおでこも治してあげましょうか?」
「あ!……いえ、大丈夫です。異能……ですか?」
「治癒だ」
「ヒーリングよ」
「なんで横文字にするんですか……」
「なんでって、かっこいいし、言いやすいからよ」
そんなもんなのかなあ、よくわからん。
「昔はわたしもあれに参加してお金稼ごうとしてた時期があったのよ。それでAEを受けた結果もらったのがぜんぜん戦闘向きじゃなかったの。あの時はそれこそ自分に失望さえしたわ。まあこれはこれで使えるんだけどね」
窓の外を見ながら言う彼女は、実際には景色など見ておらずどこか遠い、もう手の届かないものを憂んでいるいるようにも見えた。でも、後悔しているようには見えない。
「自己紹介がまだだったわね。わたしは御子柴美咲。美咲でいいわ。よろしくね」
自己紹介する必要あるのかなーと思っていたが、どの道させられそうなので大人しくしておくことにした。
「瀬戸陽向だ」
「あ、はい。えーと、リヴ・スペースです。ヴはBじゃなくてVです。よろしくお願いします、と言ってもこんな形じゃ迷惑ですよね」
そういってスペースは自分の頭を指差した。ブロンドの髪。自分は、追放の対象だから迷惑がかかるのではないか、そう言っているのだ。
「そんなの気にしないわ。それにいざとなったらまた陽向君に助けてもらえばいいじゃない。ね?」
「そうで……いえ、ちょっと待ってください。何で俺がまた……」
いや、ほんとマジ勘弁してください。そう続けようとしたのだが、ん?と御子柴さんが小首をかしげ笑顔でこちらを睨む。笑顔で睨むって何ですか?どうやったら目だけをそんなに怖くできるのですか?
「わ、わかりました、善処します。……ってか、なんでお前は一人でいたんだ?危ないことはわかってたんだろ?」
キツイ視線から逃れようと、思っていた疑問で話を逸らした。
「えっと、さっきのは私がこの国の人じゃないとかそういうことではなくてですね…………単に襲われてた……だけです」
なるほど。今の話の流れからして、あいつらは腐った思想に染まったやつらだと思ってたら違うベクトルで腐ってたって言う話ね。うん、理解した。どの道腐ってる。
「かわいそうに……」
「御子柴さん、かわいそうっていうのは、他人事の極致ですよ」
「余計なこと言わないものよ。まったく……」
指で頭を抑え、呆れたように言われた。俺もそう思う、空気読めよと。まああれだ、あえて雰囲気をぶっ壊すのも雰囲気作りのやり方としてありなんじゃないかな。出来上がりに保証はしないけど。
「あはは、いいんです。助けてもらえましたし。いつもなら師匠が一緒にいるんですけど、昨日突然どこかに行っちゃいまして」
師匠?何の師匠だろう。まさか、銃の先生とか言ねえだろうな……。
御子柴さんも同じ疑問を持ったのか、小首をかしげている。
「師匠?何の師匠なの?」
「スナイパーのです」
そのまさかでした。しかし、武器を持ってるようにも見えないし、戦うような服装でもなかったから全然そんなこと思わなかった。
スペースのように女性であのゲームに参加している人は珍しいわけではない。しかし、男性の参加数と比べるとやはり圧倒的に少ないことは自明だ。でもこの子、すんごい鈍臭いけど大丈夫なんでしょうか……。
「ていうことは、リヴちゃんもAEは受けたの?」
「はい、もちろん師匠から勧められて受けました」
「それで出たの?」
「御子柴さん、公共の場で異能の話はあまり勧めれませんよ」
俺が一応注意しておく。あれに参加しているなら不用意に喋らないほうがいい。情報屋に聞かれれば容赦なく売っていくことだろう。御子柴さんのような不参加者も、異能次第で利用される恐れがあるからあまり喋り散らさないほうがいいのだが。と、ちゃっかり使ってもらってる俺が言えたことではないのだが。
「大丈夫よ。今はお客さんも少ないし、見知った顔ばかりだから」
そういう油断が命取りになるんですよと言いたかったが、やめておいた。それこそ空気を読まないということだ。
「えっと、望遠の目、テレスコープ・アイというものです、はい」
望遠。今までに何人か異能持ちのスナイパーを見てきたが、ここまで合った異能は初めてだ。精々重いスナイパーライフルを持っても走る速度を維持できる、重量走者の劣化版みたいなものとかだ。
「あ、それで師匠の家に今までいたんですけど、帰るに帰れなくて、昨日はホテルに泊まったんですけど今日どこも空いてなくて、途方に暮れていたら声をかけられて」
「帰れないってどういうこと?」
御子柴さんがスペースに聞く。
「車で三時間です」
遠い。当たり前だが歩いて帰れる距離ではない。かといって、ヒッチハイクなんて論外だ。さすがに俺でも一度事情を聞いてしまったから放っておくのは非情だろなあ。なんか面倒ごとに巻き込まれてしまった感じが半端ない。
「どうするんだ?このままじゃホームレスだぞ」
「えっと、あのもうちょっと探してなかったら……諦めます」
「御子柴さん、泊まらしてあげればいいんじゃないですか?」
「うーん、悪いんだけど今日はちょっと無理ね。だから、ね?」
俺が妥協案を出したつもりだったが、思わぬ反撃を食らった。ね?って何だ。表面上は「あなたの家に泊めてあげれば?」と聞こえるが、御子柴さんの本音は「泊めてやれ」というぶっちゃけ命令だ。一文字でここまで察せる俺もなかなかだと思うが、それ以上にわざとわからさせられている気がする。
「まあ、一日だけなら……」
ちょろいな俺。無意識に口から漏れた言葉は妥協とか諦めとか恐怖とか、いろいろ含んでいた。俺が言った瞬間、沈んでいたスペースの顔がぱあっと明るくなった。
「陽向さん、ありがとうございます!美咲さんも!」
ばっ!と立ち上がり、しゅっ!と腰を曲げ、ゴンッ!とテーブルに頭をぶつけながら。今日何度目のドジですか?こいつ、これ狙ってやってない?スナイパーだけに。上手くないな。それにしても本当に狙っていたのなら鈍臭そうに見えて、結構したたかだなと思った。でも、どんだけ腹黒くとも、真正面からお礼を言われると照れる。
「あーはいはい。とりあえず腹減ったし、ちょっと店員さん仕事してください。水も出てませんよ」
「はいはい。少々お待ちください」
満面の笑みで答えられた。あの笑顔ちょっとむかつく、綺麗だけどさ!
水を持ってこられてる間にメニューを手に取り、今日は何食べようかなーと考える。いつもは量があって安いのを選ぶが、今日は中途半端な時間なので軽食にしておいた。
店を出るとき御子柴さんが、
「またのお越しをお待ちしておりますー。陽向君?ちゃんと守ってあげるのよー?」
しっしっとすると、笑いながら店内に戻っていった。
加速の反動は、店に入る前よりよくなっていた。でも、疲労感は増していたと思う。主に精神的な。
読んでいただいた方、ありがとうございます。
誤字・文法の誤り等ありましたら、ご指摘お願いします。
ストーリーの展開が遅いかもしれませんが、そのうち動き出します。温かな目で見守っていただければ幸いです。
友人の課題のペースが尋常ではなく、嫉妬というより羨望の眼差ししか向けれません。悔しくないです、ほんとに。私は私のペースで課題も執筆も頑張るのです。
では、また。