第一話 その出会いが偶然なのか必然だったのかまだわからない
どうもどうも、動かず進むくんこと不動です。すみません、自分で勝手に言ってるだけです。
はい、冗談はこの辺にして、やっとこさの第一話です。ヒロイン登場回です。はい、では、どうぞ。
昔聞いた話では、二〇五七年に第三次世界大戦が始まったらしい。第一次と第二次については本で少し読んだことがあるが、この第三次については書いてある物がほとんどない。お国が隠蔽しやがったか、記録したものが消失したのかはわからない。ただ知っている限りの本屋を探しても見つからなかった。この話をしてくれた俺の師匠も若いときに出兵したと聞いたが、詳細については語らなかった。
そして終戦が、えっと……確か二〇六六年で、今が二〇七六年だからちょうど十年くらい前の話だ…だったはず。俺が六歳のときだ。まあ、年なんてどうでもいい。
戦後、いや戦時中からこの旧日本、そして世界中が腐り始めたのだ。そう、“ルナティックゲーム”が取り入れられたことで殺人が合法的に行われるようになった。世界の歯車が決定的に狂い始めた出来事だと俺は思う。
そして旧日本は日本帝国と改め、王による独裁政権が始まった。
* * *
「大丈夫か?」
錦戸が聞いてくる。勝者の意地を見せてやりたいのは山々だが、残念ながら正直大丈夫ではない。
「加速の反動でな。すまん」
「なに、いいってことよ」
自分が負けた相手を、今助けているのはどういう心持であろうか。まあ、知ったら知ったで俺の気分が落ちるだけだけど。
加速には反動があり、使用直後は歩くのさえままならない。少し時間が経てばちょっとはマシになるのだが。これが俺の異能の弱点の一つ。弱点がそのひとつであればまだいいのだが、他にも幾つか条件がある、あってしまうのだ。
俺は錦戸に肩を貸してもらい、この廃ビル街ステージの門まで歩いてきた。肩を貸してもらって外に出るのは初めてだ。何故ならそんな優しい人間はもう少なくなってしまったから。カメラは俺たちを撮っていないものの、さっき殺しかけていたやつに助けられるのはこちらとしても複雑な心境だ。
この門のすぐ外に俺たちを送迎する車がある。軍用のだが今となっては使用用途も少ないため、こうやって送迎中の安全確保のために用いられている。
廃ビル街ステージから市街地に戻る車内で俺は車内に常備されている応急処置キットで傷の手当をして、錦戸——結局俺の弾は当たっていなかった――は聞いてもいないことをぺらぺらと喋っていた。自己紹介やら今回の賞金はどれくらいだろうかとか、家族、特に娘自慢を集中的にしてきた。果ては自分の能力のことまで話し始めた。いわく、もう結構の人が知っているからと。嫌味かな?
「重量走者って書いて、ヘビーランナーって呼ばれてるぜ。かっこいいだろ?」
子供のように自慢してくる彼に対し俺は、
「へー、かっちょいー」
興味がないので適当に聞き流していた。この情報を情報屋に売ろうとしても門前払いは決まりだろう。それに比べて俺のなら、知り合いの情報屋以外なら高く売れるんじゃないだろうか。そんなバカはしないけど、知名度が低い証拠だね。うれしいね、涙が出るよ。俺が売らなくとも錦戸が売るかもしれないと考えたが、口止めのしようもないので――売るなと言っても、売るやつは売るので――そのままにしておくことにした。
いや、そんなことよりどうして情報を買ってまで勝ちたかったのだろうか。あまりプライベートのことは聞きたくないが、そのプライベートなことを聞かずとも言ってきているので大丈夫だろう。場合によっては俺の生死にも関わってくることだし。
「情報買ってまで勝ちたかったのは、どうしてだ?」
「あー、うん、まあなんだ、最近新しく子供が生まれてな。……金が必要だった。」
それから、すまんかったと付け加えられた。話し始めてから初めて歯切れ悪そうに言ったのは、卑怯なことをしたという自覚があるのだろうか。そりゃ金が必要だろう。それに情報屋から相手の情報を買って戦略を練ることは決して悪いことではない。俺は金がないからしないけど、結構な数の人がやってることだ。それにそのための情報屋だ。
俺は自分の不安が杞憂であったことに一先ず安心して、素直におめでとうと言うと錦戸は照れくさそうに後ろ頭をかいた。
市街地の中心部にあるでかい建物、俺たちが参加する殺し合い、ルナティックゲームの会場の前のターミナルで降ろされる。
ここ、日本帝国には五箇所の会場がある。ここ、東京を本部に北海道、三重、広島、福岡とある。まあ、本部というのは日本帝国内での話であって、世界規模で言えばどっかの国に本部があったはずだ。どこかは忘れた。
会場とは言ってもここで行うのは主に受付や賞金の受け取り、観戦だ。ステージは俺たちが車で行っていたように別の場所にあり、東京地区には五つ存在する。
負けたほうも試合内容によっては賞金がもらえることもあるので、勝ち負け問わずとりあえず受け取りの窓口に行くのが慣例だ。
俺たちは会場のロビーに行き、窓口を目指す。歩いているとそこらじゅうから殺気のこもった目を向けられたり、こちらにも聞こえる声で呪詛を放ってきたりといろいろ怖え……。たぶんほとんどのやつらが賭けに負けたやつらだろう。俺と違って有名でそこそこ実績のあるらしい(本人談)錦戸に注ぎ込んでいたみたいだ。ふはははざまあ。と思う。思うだけで言わない、危ないもん。煽るようなことを言わずとも、肩をぶつけられるくらいのことはしてくると思っていたが、隣を歩く錦戸が向けられてくる嫌な視線一つひとつに丁寧に睨み返していて、だれも寄せつかせない雰囲気を出していた。こっちも十分怖い。でも頼もしくもある。味方の時に限ってだが。
絡みに絡んでくる視線の嵐をまっすぐ抜け、ようやく受け取り口まで来ることが出来た。いつもよりも二倍ほどここまでの道のりが長く感じたのは人が多かったからだ。決してびびってたわけではない。
係りの人が俺のことを見て奥の棚から封筒を持ってくる。それを受け取り、中を確認する。ひ…ふ、み……四?四万?と小銭がちょっと。いつもなら勝てば五万はあるはずなのに…。少なくないか、何かの手違いじゃないかと疑問に思いたずてみる。
「あの、すく……すみません何でもありません失礼しましたっ」
最後まで言わないうちにすんごい睨まれた。鬼の形相とはまさにこのこと。文句があるなら渡さねえよと顔が語っていた。
無意識に異能を発動でもしてしまったんじゃないかと思ってしまうぐらい速く窓口から離れていた。空いていた近くのベンチに座る。まあ、少ないとか言う苦情は日常茶飯事なんだろう。俺たちへの賞金もあの人たちが決めているわけでもないのだから責めれない。しかし、そんなことわかっていない人たちもいるから、ああやって追い返すのかもしれない。偶然俺に渡した人がそういう性格である可能性もあるけど。俺みたいな豆腐並みの精神力を持っている人ならばあれでも十分効力はあるだろけど、睨んだら余計にトラブルになりやすい人もいると思うんだよね。
少ない理由で思い当たることならある。原因は言わずもがな、こちらに笑顔を浮かべて歩いてくる錦戸だ。その両手は、指で六をつくっている。運よく賞金があったどころではなく、勝った俺よりも多いなんてにわかには信じられないというか、信じたくないことだ。
「はあ………。まあ仕方がない、か」
「どうした?元気ねえなあ。少なかったのか?」
俺の様子を見てたずねてくる。片手で四を作って見せる。それを見て錦戸は一瞬きょとんとしたがすぐに、ははは!と快活に笑った。笑うなよ…。
少ない理由は別に俺が不人気とかそういうことではない。ただ、さっきの試合のザマが悪すぎたのだ。そりゃ戦闘時間の半分以上逃げてりゃ評価も下がる。逆に強者が弱者に一方的に追い詰めるのは結構評価が高い。俺はそれを最初の何回かで知っている。
別れ際、住所と電話番号を書いた紙を無理矢理渡された。困ったことがあればここに、と。闘った全員渡すわけではないだろうから、相当気に入れられたものだ。
「腹減ったな…」
時間は午後三時過ぎ。体はかなり疲れているが昼飯を食べずに行ったので遅めの昼飯でも食べようと街をぶらぶら歩く。
戦争前から約二倍に膨れ上がった物価。
一個三百円もするりんご、普通の定食が二千円以上もする定食屋。生憎、俺の収入では少し贅沢だ。だいたい月五が俺の試合スケジュールで、平均四万と考えても月二十万くらい。だからまあ、いつもぶらぶら歩いた結果行くところは同じになるわけだが。
しばらく歩いていると、少し悲鳴にも似た声が聞こえてくる。T字路に差し掛かったところで正面の路地裏で三人の影が見える。光が差し込んでいないところで見えにくいが、金髪っぽい少女が一人。そんで柄の悪そうな男が二人いて、片方が少女に掴みかかっている。路地裏の前を通る人はちらっと見るだけで、何もしない。そうだ、こんな光景は目の前で起きれば、そりゃ少しは驚くが珍しいことではない。
男が襲っている理由は三つ考えられる。過ぎたナンパ、身売り。そして、外国人をこの日本帝国から追い出そうという思想。髪色からして、あの少女は日本人ではないだろう。
戦後、日本帝国は他国との外交を、完全かどうかは一般市民の俺にはわからないが、絶った。それからは昔の助け合いの精神はどこえやら、外国人を船か何かで追放しようという腐りきった思想が生まれ、蔓延していった。もちろん国民全員がそうではないが、追放はしなくとも、過激な追放活動をどこか恐れていて見て見ぬ振りをするのは当たり前になった。俺は完全に中立。というか正直どうでもいいと思っている。
俺も見なかったことにして、華麗にスルーしよう。そうしよう。帰って寝て起きたら忘れているだろう。路傍に落ちている石の形をいちいち覚えているだろうか、すれ違った人の顔を一人ひとり覚えているだろうか。
そう頭では考えているのに体は言うことを聞かず、すでに走り始めていた。
どうしてだろう?いや、わかってる。感化されてしまったのだ、あのいい人過ぎるおっさんに。加速の反動がきている体で何をしようとしているのか……。
俺が走っていくのに三人の誰も気づかない。
右足で跳躍し、一回転した勢いで掴みかかっている男に踵落としを食らわす。
「おーら…よっ!」
「ぶべらっ!」
名前も知らない男は、そのまま倒れ気絶した。……死んでねえよな?
「……何してんだよっ!」
倒れる様子を黙ってみていたもう片方の男は、はっとしたように殴りかかってくる。屈んで、腹にカウンター。あっという間に倒してしまった。あらやだ俺かっこいい。
「………」
「お、おーい?逃げないの?」
「え?……はっ、はい!大丈夫です!逃げます!」
なんか鈍臭そうだな…。
「じゃあもう行くから」
「ま、待ってください!」
俺が颯爽と去ろうとすると、呼び止められた。
何だよ、と振り返ったとき、少女の後ろで倒れていた男が腰から何かを取り出すのが見えた。銃だ。
「死ね!」
男が引き金を引く。俺は少女を庇う。加速は使えない、音速に少女の体がもたないから。
パンッ!と銃口から吹き出た弾丸は俺の左肩を貫いた。急所に当たらなかっただけありがたいが、痛い。銃傷には慣れているがやはり。
どこからか、ウーン!ウーン!という警報音が鳴る。銃声に反応したのだ。
立ち上がり、
「ほら、さっさと逃げるぞ。すぐに警備隊が来る」
「えっ、大丈夫なんですか?」
「いいから、関係者だと思われたらめんどくさい。あと、傷は大丈夫だ」
全然大丈夫じゃないけど、今は逃げる方が先決だ。
走っていると、白い服で統率された警備隊が四人で向かってくる。今頃、四方八方からあんなのが集まってきているのだ。
「ここまでくれば、まあとりあえず大丈夫だろ」
「あ、ありがとうございます。あの、手を……」
「あ?……あ、わり」
逃げるのに必死で、無意識のうちに手を掴んでしまっていたらしい。一瞬温もりを感じてしまって、慌てて離す。なんか恥ずかしい。そんなのんきなことを思っていたが、思い出してしまった。
血を、流した。
一滴でもあればDNA鑑定で一発でばれる。関係者として出頭命令が出るんだろうなあ、めんどくさいなあ。まあ今日中にばれることはないだろう。
これからのことを憂うと同時に傷の手当をしないといけないことを思い出した。
「じゃあな、気をつけろよ」
そう言って、今度こそ去ろうとすると、
「あ、手当てしないと!」
「いや、別にいい。治せる人のとこに行く」
「それじゃあ、私も行きます」
「いや、いいって」
「行きます」
何だこの子は?頑なについて来ようとする。ほんとに気にしなくていいんだけどな……。大きなお世話だと言って、構わず行こうとしたが、彼女の目を見て諦めることにした。どうやら逃がしてはくれないらしい。
「はあ、んじゃ行くぞ」
俺は撃たれた肩を抑えながら、並んで歩き出した。はあ……また怒られるなあ。そんな場違いなことを考えた。
読んでいただいた方、ありがとうございます。
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課題が多すぎて、死にながら執筆してます。でもめげずに、がんばります。……がんばりたいです。