プロローグ
はい、第二作目にして長編書き始めます。
前作はとてもほのぼのしていましたがこの作品は違います、たぶん。投稿間隔はなるべく短くしたいものですが、わかりません。とにかくがんばります。あったか~い目で見守っていただければ幸いです。
逃走中である。
静寂が街を包んでいる。聞こえるのは自分の呼吸音と走る音のみ。
かつて日本一の人口密集地であったこの場所も、今では見る影すらない。猥雑なネオンとオタクでごったがえした街も死んでいるかのように人っ子一人見当たらない。当然だ、何故ならならこの一帯に今いるのは俺と俺を追っているやつのたった二人のみ。そんな廃れた街を今駆けている。
もうとっくの昔に廃ビルとなった建物の屋上から屋上へと飛び移りながら逃げる、とにかく逃げる。じゃないと殺されてしまうかもしれない。
こうやって、屋上をつたったり、地上で逃げたり隠れたりしながら撒こうとすること三十分程。しかし、当の追跡者はまったく疲れた様子は見せない。
後ろから、ドンドンッという恐ろしい足音が聞こえ、ついちらりと後ろ見てしまった。本当なら何にも構わず走り続けるべきなのに。
俺を追っているやつは、片腕で抱えているガトリングの銃口を常にこちらに向けながらビルからビルへと飛び移る。そして手を使わずに、その巨体を両足のみで着地させた。そこからまた走り出してくると思ったが、違った。
床に膝を着き、肩に背負っていたランチャーを構る。ボンッという音とともに吐き出された弾。弾といってもそれ自体爆弾のようなものなのだが。
やばい、死ぬ。
これから起こる事態を予測し、そう考え慌てて隣のビルに飛び移ろうとジャンプしたとき、跳躍地点より少し後ろでロケット弾が爆破した。なんとか命中は逃れたものの爆風に体勢を崩され、着地に失敗し背中から叩き落された。
「痛っ」
と思わず呻いたものの、それほど痛くはなかった。すぐさま立ち上がろうとしたとき、少し離れたところに浮いているカメラが目に入った。内心ため息をつく。カメラの向こうではいい笑われ者か、酒の肴だろう。酒が進んで何よりだ。そのまま酒乱で死ねばいい。
……気に入らない。から、勝つ。
そう決心するものの具体的な案もないので、今はまた逃げるしかない。敵に背を向けて逃げることが恥とか言ってらんない。恥かく前に死んじまう。
走り出した直後、後方から八つの穴がが火を噴き、すぐ後ろから着弾する音が聞こえた。
「やべやべ、死ぬ死ぬ……!」
このまま屋上を伝ってもにげてもどこかで詰んでしまう。そしてこの弾丸の嵐から逃れるために今度は、隣のビルには飛び移らず、大通りに面したほうに飛んだ。飛んだとき左脹脛と左肩に弾がかすった。一瞬焼けるような痛みが襲う。
このまま地面に落ちてしまえば骨折してしまうかもしれない。そう考え窓枠に指をかけ落下は防いだ。幸い、ビルの屋上での逃走劇の末に着いたこの建物は五階の高さで、右腕のみを使い、落ちてはまた窓枠に指をかけるを繰り返し、地面にに足を着いた。
「……っ」
着地した時、撃たれた脹脛が痛んだと感じたが、意外と耐えれた。アドレナリンさまさまだ。
すかさず路地に入り、やっと一息つく。
それにしても、なんなんだあれ。ガトリングとランチャー担いであの動きは普通では考えられない。——普通では。
あれが、あいつの異能。
地上を逃げている時は、ただバカみたいに身体能力が高いやつだと思っていたが、ビルからビルへ飛び移るのなんて、どんな筋力しててもできっこない。
一昔前の常識では考えられないことを成し遂げてしまう能力。
そこでため息が出る。また異能持ちかよ、と。そうだ、たしかこの前当たったのも異能持ちだったはずだ。ほんとなんかの陰謀じゃないかと疑いたくなる。俺に恨みがあるやつが運営にいんの?いや、それはないのか。恨み持たれるほど関わってきたやつがいねえ。
ついてないなあ、と立ち上り路地の奥に走る。
さて、どうやって勝つか。まずは現状確認だ。こちらの装備はハンドガン二丁とサバイバルナイフ、袖の中に仕込んである小型ナイフ。逃げ始める前に数発撃っただけで、残弾は予備の弾倉を含めてまたまだある。しかし、たったそれだけ。軽装で得意の軽業で接近しながら勝ちに行く俺はいつもこの程度の装備しかしていない。
それに比べやつは、今わかっているだけで、ガトリングとランチャー。弾数は、上着を着ていてガトリングは確認できないが、ランチャーはあと二発は撃てるはずだ。それに加え重装備特化の異能持ち。……火力に差がありすぎる。しかもさっき、二発かすってしまった。やだ、絶望的じゃないですか。
降参してもいいが、勝つと決めたし。それに降参しようとしても、相手がそれを許さず殺してくる可能性は十分ある。あってしまう。そういう世界なんだ。
ならばどうするか、と考えたとき、ドンッ!!と後ろに何かが落ちてきた。
振り返らずともわかる、やつだ。わっかっていても、ありえないと思ってしまう。五階の高さから落下で平気なのか、と。信じられないと思うと同時に思っていた以上にやっかいな異能だと、改めて自分の運のなさを感じる。
ウーンと駆動音がする。ガトリング特有の溜めの音だ。
俺はダッシュの勢いをそのまま使い、壁を蹴った。ここは生き残るためにとっておきを使うべきところだが、勝つためにはやはりとっておく必要がある。一度見られては勝ち目がなくなってしまうかもしれないから。
壁を蹴り、反対側の壁に飛ぶ。この路地の幅は目測三メートルほどだから、余裕だ。足の傷は気にしない、というか気にしたら負けだ。
すでに火を噴き始めているガトリングは、俺の変則的な動きについてこれていないようだった。二度壁を蹴りさらに上に行くとき、やつの顔を見た。確か、錦戸浩司とか言ったか、目を見開いて俺の動きを追っている。その鋭い眼光を放つ目と目が合う。
四度壁を蹴ったところで空中で回転しながら、両手のハンドガンで撃つ。落下するまで撃ち続ける。
一度回り始めたガトリングはコントロールが利きにくい。まだ上を向いている。
左足に負担をかけないよう、体のバネを最大限使い右足のみで着地する。弾が当たったかどうかも確認せず更に奥に走る。路地を抜ければこちらのものだ、多分。
当たって死んでいるか、戦闘不能になっていれはアナウンスがあるのだが、それがないということはまだ立っているということ。
「っ!マジかよ……」
路地の先にはビルとビルを繋ぐようにフェンスがあった。さっき壁蹴りで上がった最高点より高い。辺りに踏み台にできるものもないし、悠長に登る暇もない。
俺が逡巡している間にやつが追いついてきた。
万事休すか……。
覚悟して目を瞑る。さっきの様子なら最初から殺すつもりで来ていると思う。
悔しい。俺はこんな小汚いところでハチの巣にされ、くたばってしまうのか。血の海に浸かった俺の体を係りのやつらが無感情に、悲しみも哀れみも何の感傷もなく、ただそこにあるごみを掃除するように処理されてしまう姿を想像すると無性に悔しくなった。死にたくない。そんなの機械的にこの世界から排除されてしまうみたいでとてつもなく恐ろしい。
歯が折れそうなくらい強く歯ぎしりする。
目を瞑ってしばらく、一秒にも思えたし五分くらい経ったんじゃないかと錯覚してしまう。しかし、なかなか撃ってこない。目を開けてゆっくり振り返ると、銃口はこちらに向けたまま俺をじっと見ている。戦闘が始まって以来初めて向かい合うことになる。
「……お前、いくつだ?」
唐突にそんなことを聞いてきた。勝つ分にはどうでもいいことなのに。
「……二十歳」
嘘だ。大嘘だ。こんなヒョロヒョロの体で二十歳はいくらなんでもない。でもなんとなく本当のことを言うのが癪なだけだ。とんだ負け犬だ。嗤ってしまう。
「嘘つけ。十六、十七辺りだろ」
「わかってんなら聞く必要ねえだろ」
つい癖で悪態を吐いてしまう。挑発すべきではないのに。もしかしたら無意識のうちに自暴自棄になっていたのかもしれない。駄目だ、何を諦めているのだ。確かに絶望的な状況だが、それ故にできることもある。
思考と感情をシフトさせ、生きるために一致させる。
間合は、五メートルぐらいか。ギリギリ届くはずだ……。
「俺は殺したくはないんだ。特に若いやつは。だから降参してくれ」
…………。なるほど。でも、あんなにバカスカ撃っといて説得力がなさすぎる。
「さっき、絶対殺すつもりでランチャー撃ったろ。信じられねえよ」
それから少し、やつは黙った。
ふわふわと浮くカメラが俺たち二人を捉えている。映像は送られても、二人の声は拾わないようになっている。だから会話をしているのは見られてるが、何を話しているのかはあちらからはわからない。逆にあちらで話されていることは手に取るようにわかってしまう。どうせ、早く殺してしまえだの、もっと痛めつけてやれだのそんなところだろう。
しばらくの沈黙の後、
「お前も、異能持ちなんだろ?」
……なんで知ってんの?あれか、いつの間にか俺も有名人になったのかそうなのか。と勝手に盛り上がっていたが、続いて出された「情報屋に聞いた」という言葉に二重の意味でショックを受けてしまう。
ですよねー。わかってましたよ全然。しかし、情報屋からわざわざ買うとはどんだけ勝ちたいんだろうか。それに、俺のことを知っていそうな情報屋は一人ぐらいしか思い浮かばない。
………あいつ、覚えてろよ。
密かに怨恨を募らせていると、
「あの程度では死ぬような体はしてないんだろ?」
と言われた。完全に見抜かれているようだ。俺はその質問に答えない。相手は返答を欲しがっているわけじゃない。欲しがっているのは俺の降参宣言だ。
「はあ、わかったよ」
俺は諦めたようにため息をつく。そして両目を瞑る。相手を見ないということは戦意喪失を表す。それをやつが察せば御の字だ。瞑ったふりして、片目だけほんのちょっと、前が見えるか見えないかの感覚で見る。ギリギリ視界に入ってきた銃口は下げられている。気を抜いている。これを逃したらもう好機はないと思っていいだろう。それどころかハチの巣にされてジ・エンドの線もある。
右手に持っていたハンドガンを左手に移し、左手は指をトリガーから離しぶらぶら提げ、壊れないことを祈りながら落とす。そして地面に落下していくと同時に、俺も後ろに倒れる。
倒れる時右手で腰に差してあるナイフを、左腕から小型ナイフを両手同時に投げつける。
しかしサバイバルナイフは適当に投げたため、このままでは当たらない。やつもそれがわかっているのか、小型のみを弾こうとする。虚を突いたつもりだったが驚くべき反応速度と判断力だ。実際かなりのやり手なのだろう。思いあがるつもりはないが、やつの性格次第ではすでに殺されていたかもしれないのだ。でもその優しさは時に命取りとなる。
俺の、勝ち。
―――――加速。
地面に手をつき、声に出さず唱える。視界が歪み、体にとてつもない風圧がかかる。戦闘中はコートの前を閉めているが、圧が強すぎてコントロールが出来ない。というか発動時に距離と動きをイメージすることしかこの異能のコントロール方法はない。
視界が歪んだ次の瞬間には、俺はやつの後ろに回りこみ、外れるはずだったナイフをキャッチし首に刃を当てる。
卑怯だ、と我ながら思う。しかし、勝つためだ。勝つため、生き残るためならどんな卑怯な手段だって使う。
「それが、加速か……」
首に刃を当てられたまま話してくる。なかなか据わった肝だと感嘆せざる得ない。不利な状況で余裕を見せるのは自分の力を誇示するためか、弱者の負け犬かだが、こいつはそのどちらでもない。どちらも読み取れない。
「ああ。まあ、擬似瞬間移動みたいなもんだけどな」
「そりゃすげえ。…………降参だ」
降参宣言だ。そして、
『ウィナー、瀬戸陽向!!』勝者決定のアナウンス。
そのうざったい声を聞いて初めて、俺はナイフを退けた。この時点で俺はふらふらになって今にも倒れてもおかしくないのだが、カメラにそんなところを撮られてはみっともないし、弱点を晒してしまうようなものだからいつもなんとか我慢している。根性で。と言っても、小刻みに足が震えているのが感ぜられる。長い逃走だったから仕方がないかもしれないが、下半身に精一杯力を込めて震えないようにした。
しばらく固まっていた相手も、こちらに向き直り、手を差し出してくる。その顔はさっきまでの険しさはなくにこやかだ。一瞬出そうかと躊躇うと、無理やり掴んできて握手の形になった。
「ありがとな、殺さなくて。やっぱ油断大敵だな」
そう言い、はははと笑った。なにこのいい人。殺されかけたけど、根本的なところがいい人すぎじゃないか?今の今まで殺し合っていてこんなにフレンドリーに接することが出来る神経もすごい。初対面で、まだほとんど言葉も交わしていないのに俺はそう思った。
「俺は錦戸浩二。お前は?」
「いや、知ってるだろ」
「こうやって、あらためて名乗りあうのが俺流の終わり方なの」
なんだそれは。相手の都合なんてまったくの無視じゃないか。ため息が出る。いい人にはいい人なのかもしれないが、マイペースすぎるのが問題みたいだ。
「瀬戸陽向」
短く、かつ無愛想に答えた。錦戸はそれでも満足したのか、さっきよりも強く手を握ってくる。痛い痛い。
狭い建物の間にカメラはいまだふわふわと浮ながら、俺たちを撮っている。この逆転劇をどんな風に見ていたのだろうか。まあそれは帰ったらわかることだけど。 とりあえず、俺の異能が分析されてませんようにと祈るばかりだった。そんな物好きがいればの話だけど。
読んでいただいた方、ありがとうございます。誤字・文法等の誤りがありましたらご指摘よろしくお願いいたします。