四角い夜に捧ぐ
天国って、あると思いますか?
皆、わたしのことを忘れてしまったのかしら。
お父様はわたしがお家に居なくっても、あんなに笑っていらっしゃる。朝なら、いつものように新聞を広げて、ちょっと口の端を左に垂れ下げて、難しいお顔をなさっている。お父様は賢いから。
弟はお父様の横で、分厚い本を読んでいます。今日はいったい誰の本でしょう。どちらにしても、それはわたしの棚にあったもの。わたしの本。とても面白いでしょう。
お母様は今日もお料理を作る。わたしのお料理を作ってくれることはもうないけれど。
毎日のように、泣くことも、ぼうっと俯いておられることもなくなった。
とっても喜ばしいことでしょうけれど、家の内側にそうやって幸福がちらちらと浮き出てくるたびに、わたしの居場所が無くなっていく気がする。もちろん、幻想、笑い噺、あなたの過去と同じくらいどうでもいい思い違いです。
隣のおばあさんも、柏餅をお供えしてくれることはなくなった。
わたしが食べられないからかしら。
でもそんなこと、神様だってご存知なのよ。
冷たい雨の中で、呻きながら生きたいって、そう願ったことだって、結局それが叶わなかったことだって、全て神様がお決めになったこと。
そうでしょう。違うはずなんて、きっとない。
毎晩見る夢みたいに、体が浮いている。
皆を見て、思わず身震いする。
寒い。この家は、こんなに寒かったかしら。暗かったかしら。ここは、こんな場所だったかしら。
お母様、きっと暖炉の薪を焼べ忘れていらっしゃるのね。
でも横を見ると、わかている。だって、火の音がするのだもの。
お父様も弟も、とっても暖かそうだもの。
ふらふらさまよって、わたしはいったい、誰かしら。
死んだのです。
死んでしまったのです。
幽霊だから、こんなに冷たいのだ。
どうして皆、笑っていらっしゃるの。
わたしが居ないお家は、そんなに幸せなの。ええ、自分勝手です。なんて醜い、でも当然じゃありません?
だって、わたしだって、あそこに居たのよ。
お家が暖かかったのよ。
ねえ、神様。どうぞ教えてくださいまし。
天国って、いったいどちらにあるのでしょう。