「俺」 4
そうと決めた俺はどっしりと大御所のごとく薄い座布団の上で胡坐をかいた。狭い部屋なので、壁際の座布団に腰を下ろすだけで部屋の中が一望できる。
ふむ。部屋は片づけておいた方がいいかもしれない。
初対面の際に、共通の友人もいない場合に恐らく来訪者はこの部屋を見て俺の事を判断するだろう。とするとゴミ屋敷とまではいかないものの散らかっているこの部屋は少しまずい。悪印象を与えかねない。何こいつ、ニート?とか思われかねない。
折角安値によってきてくれたであろう客なのだからできるだけ気分を害すことなくおもてなししなければ。勿論この相談所を選んだあたり値段にすごい重きをおいてるちょっとケチでいやらしい客なんだから散らかっていることで依頼を取り下げることなんてなさそうだけども。
結局は掃除などする暇もなく扉がノックされた。どうやら既に草原ゾーンをクリアしてここまでたどり着いてしまったらしい。昆虫博士ではなかったようだ。
何も準備は出来なかった。鎮座してラスボス感を出すことも俺が扉を開けなければ客は入れないのだからそれも無理だ。なんだ、庶民的な感じしか出せない。
だからといって待ちぼうけを食らわせるわけにもいかない。しぶしぶながらも俺は自ら玄関に向かった。気持ちがらくたを部屋の脇へとつま先で押しやる。ったく達磨なぞサービスでももらうべきじゃなかったな。何の役にも立たん。
待てよ。今一度考えると客でない可能性だってある。いままでだって客の数よりも肝試しで女の子との距離を縮めたい!って奴の方が多かったし。もしかすると肝試しの舞台の下調べに派遣された、いつも貧乏くじを引くような可哀そうな押しの弱い生徒かもしれない。
強引な勧誘、押し売りの可能性だって否定しきれない。いくらこの部屋がもはや未踏の土地の肩書を獲得しそうだとしても、というか未踏の土地だからこそ仕事熱心なセールスマンは新たなエリアを開拓せんとカタログ片手に草原をかき分けこの部屋までたどりついたんじゃないだろうか。ありうる。事実達磨売りにきたし。
だが誠に申し訳ないことにそんな押し売りに屈するほどの財政力はうちにない。引き返してもらうことにしよう。
「洗剤の押し売りならこの前新聞の勧誘の人からふんだくったのでお断りですが」
なのに新聞は取らなくて、ほんとすみません。多分会社に帰ってから怒られただろうな。無駄に洗剤だけ消費して帰ったんだから。でも助かってます。
「あれ?勧誘とかじゃないの?」
扉の前に立っていたのは新たな顧客を作るために必死に新商品の利点を叫ぶ、まさに鈴虫サラリーマンではなくて、制服を身にまとった女だった。焦げ茶の顔を囲むようにしてのびる髪は顎のあたりで切りそろえられていて、前髪は軽く右に流されている。顔はつぶらな瞳が印象的で、肌は少し焼けていた。背丈、そして何より体つきから見て恐らくは本物の高校生。
あと薄い眉毛とか小さな口とか―なんか全体的に猫っぽい。
イレギュラーだ。想像とのあまりの差に少々驚いてしまった。やはり驚愕を呼ぶのはギャップなのか。
にしても。かわゆい。
別段派手な特徴があるというわけでもないが、俺をちらちらと観察するさまはミーアキャットみたいで愛らしい。キャットはキャットだけどネコ撤回。
なんせミーアキャットはキャットと名乗っている割にはネコ科じゃないらしい。虎の威を借る狐だったのだ。ネコ科の威を借りるリス科。
じっと見つめていると、目があった。ふむ。撫でたいな。なんか。
これは、すごい。
「いや、もしかして女子高生を使った新手の勧誘?すごいな。甘い声で誘われたらついてっちゃうかも」
そして気づけばミーアキャットを三匹くらい買っちゃったりしてるのかも。恐ろしい。やはりお得感を叫ぶだけではだめだと気付いたのか。色気で誘うなんて。卑怯者め。