「俺」 3
妖怪と人間。少し聞いただけではかけ離れた存在に思えるが、その大戦ののちに人間と妖怪は和平条約的なものを結び、つまるところ仲良くしましょうということで同意し、すでに血も文化も混じりに混ざってピュアな人間はあまり見かけない。大体の人が先祖をたどれば確か俺には小豆荒いの血が、程度の事だ。そして小豆荒いは妖怪としてのブランドが弱いせいもあるからか、あまり口に出して言う人はいない。胸を張りながら言うのはやはりぬらりひょんの孫だとかそんな感じ。
それに比べるとピュアな妖怪は未だ多く存在する。といっても別段日ごろから人を襲う、なんてことはなくて野生動物と同じような扱い。大体が人畜無害だし、図鑑まである。ペットとして重宝されているのだっている。
つまるところ妖怪とひとくくりに言っても広い。哺乳類どころか動物、程度のくくりでしかないと思う。だから人間以上に頭脳が発達しているのもいれば動物以下のもいる。
…って書いてある。
それと今の妖怪と人間の混血人種は総じて人間と呼ばれているだとか。これは人間が戦に勝利したかららしい。一時期これが問題になったこともあるそうだがそれだって百年以上前の話だ。興味すらわかない。
アニメやドラマだったらこの歴史の部分をもっと大々的に、描き込みながらやるのかなーなんて思いつつも俺は漫画を閉じた。俺の頭の中では二分の、オープニング前の尺を稼ぐ程度にしか盛り上がらない。
といっても読み終わったわけではない。先ほどからがざがざと窓の外で―壁の通音性も抜群なので壁の外とも形容できる―草をかき分ける音が気になった。
しかし窓は位置的に覗いても道路に面している草原は見えないし、扉を開けてまで確認したら必ず訪問者にも見られてしまうだろう。
もしかしたら客かもしれない。
まだ夕方なのにこんな薄汚れたアパートを取り囲むくさっぱらを勇敢にも探索しているとなるとこれは客か昆虫博士しかないな。
だとすると登場は劇的にして相手に鮮烈な印象を植え付けたほうがいい。ドアをがちゃりとあけて目が合う、なんてのは面白くなさすぎる。
本当ならばここで爆破音とともに派手に五色の煙をまき散らしたいところなのだが、ここはアパートであって採石場ではない。
ではこの場合の最善の登場の仕方とはどういったものだろうか。
一つ考えられるのはあれだな、ヤンキーにでも襲わせて俺が颯爽と助けるとか。
これは古典的でありながらもパターンを変えて幾度も使われてきた方法だ。幾度も使われてきたということはそれなりに効果があるということで、おそらく少年青年諸君だって一度くらいは好きな子をヒロイン、自分を主人公にしてこの状況を想像、もとい妄想したことくらいあるだろう。
ちなみに俺の場合は町中みんなゾンビで俺一人が生き残り、といったスケールからして大きいものなので格が違う。
しかしヒロインがいないのが痛い。みんなゾンビだし。
それよりもなによりも。
いっそのこと窓でも割りながら登場してみるかな。そうすれば驚くこと間違いなしだ。道寺には多少怒られるかもしれないが、修理代は必要経費として認めてもらおう。大工で仕事の量にもむらがある道寺にそれだけの貯蓄があるのかは不明だが。
ふむ、経費不足となると一気に選択肢が狭まる。五色の煙は論外だし、ノーコストでできることと言ったらセクハラか曲がり角でごっつんこしかない。しかしこんな狭い部屋にごっつんごできるほどのスペースはないし、食パンもあいにく切らしている。
となるとやはりセクハラかな。
いや、やはりその類の展開は妄想にとどめておくことにしよう。痛い思春期の妄想として。妄想を披露して客に逃げられてしまっては元も子もない。
じっくりと待機することにしよう。あまり刺激するのも良くないかもしれない。ここは俺が大物である雰囲気を醸し出しながら座っているだけでいい。
そう。やはり自分から首を突っ込むのは危険な行為だ。俺もかかわりたいですよ!と自ら宣言しているようなものだし、それを見せつけると足元をすくわれる場合もある。交渉や話し合いをするときにはこちらの優位を相手に知らしめることが必要だ。俺は依頼をされる立場なのだから。