「俺」 1
暇だ。
一週間前にポスターを貼って回るのをあれほど、社畜になった気分で、働き蟻になった気分で頑張ったのに未だ成果がない。
せっかく相談所なるものを立ち上げたのにこれでは多くの客が来て経営が軌道に乗る前につぶれるという大変情けない事態に陥りかねない。まるで垢抜けないラーメン屋だ。それにしてもラーメン屋がつぶれた後に同じ場所でラーメン屋を始める店主は何を考えているんだろう。チェーン店ならまだしも…そりゃつぶれるだろ。
客が来れば金銭が入ってくるし、俺の生活も色々と改善されるはずだからどうしても必要なんだけど。
今の生活ははっきり言って最悪だ。濁して言ったところでざいあぐ、くらいにしかならない。
住居は日当たりが悪くて一日中じめじめしてるおんぼろアパート。これをルームメイトであり俺を養ってくれている道寺が見つけてきたときにはびっくりした。そりゃテント暮らしよりはましなのかもしれないけれど、流石にこれはない。大体不動産屋もこんな物件は客に勧めないでほしい。道寺が安さに飛びついてしまったじゃないか。
なによりも色々とぼろすぎる。障子はもともと枠組みしか残ってなかったし、フローリングは傷だらけで畳はささくれ立ってる。襖だって貼り紙が破れてる。なんか三冠どころじゃ収まらない。全階級制覇、グランドチャンピオン。全く嬉しくない。
第一俺達意外にだれも住んでいない。ある意味貸切状態なわけなのだが。これも全く嬉しくない。
それに庭、と言えば聞こえがいいが、このアパートを囲む雑草原はどうにかしてもらいたい。
俺自身はあまり外に出ることはないわけだが、いちいち面倒くさいし、虫がうようよいる。家のどこかに隙間でもあるのかバッタなんて家中を閉めきっているつもりでもしょっちゅう出没する。心臓に悪い。ゴキブリは見た目からして気持ち悪いし、床や壁を中々のスピードで這うから嫌いな虫ランキングで既に殿堂入りしているわけだが、バッタもバッタでゴキブリのごとく急に飛ぶ。跳躍力に加えて羽で飛ぶわけだからそこだけ切り取ったらゴキブリよりもたちが悪い。ズームしたら容姿も気持ち悪いし。
それにバッタだけじゃない。鈴虫を筆頭とする鳴く虫なんかも数匹だけならば風物詩として楽しめるのかもしれないが、数が多すぎては情緒のかけらもない。考えてみればあれはメスを魅了するためにオスが鳴いているわけだから彼らも必死なんだろう。競争率すごい高そうだし。
女の気を引こうと死ぬ物狂いで叫ぶ姿を思い浮かべるとちょっとした親近感までもわいて我慢できないでもないが、毎晩互いに互いを超えようと合唱して不協和音を生み出すわけで、眠りにつけないのには困る。嫌な切磋琢磨。
あとは雨漏り。
やっと雨風しのげる家屋にたどり着いたと一瞬喜んだ当時の自分が恥ずかしい。小雨程度なら何ともないが、雨足が強くなると天井はすぐに雨水を止めることをあきらめる。すぐ諦める。ゆとり世代より絶対前の世代に建てられたはずなのに。
そういった場合にはバケツだけに収まらず、マグカップさん達までにも出動命令を出さなければいけなくなる。きっと食器は皆屋根の不甲斐無さにご立腹に違いない。「俺は雨水を注がれるために生まれてきたんじゃない!」とかデモを起こしそうだ。世の中のお父さん達も総務課だからって雑務を押し付けられたらストレスが鬱積するに違いない。
それとちなみに言っておくが、雨がバケツやコップを打って音楽を奏でてるみたいだねーなんてことは全くない。そんな日はただ寒いうえに雨特有の香りが部屋に充満し、うるさい。もう一回言っとくけど情緒とかほんとない。
まぁ。ひとつ前の家壊しちゃったの俺だからあまり口出しできないんだけど。
だからこそ状況を打破するための相談所も手伝っているわけだが今のところ成果はあまりない。仕事をしたこともあったのだが、ボランティア精神が爆発したから。やっぱ人のために汗をかくのが気持ちいい、お代は笑顔で充分ですって…道寺が。
意味が解らない。