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コレクト  作者: 邑上主水
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第十五話 明かされた真実は無情に僕を斬りつける

 空が深い朱色に染まり次第に夜の足音が近づく中、パラミシアの街を駆け抜けていく馬があった。

 テムジンの旧宅を離れ、屋敷への帰路を急ぐニコが乗る馬だ。


 検問で長蛇の列を成している馬車達の間をすり抜け、一心不乱に手綱を握るニコ。

 彼の目的は1つ。屋敷に居るであろう「彼」に事の真相を問いただすことだった。


「……ニコさん?」


 事件の爪痕で未だ慌ただしさが残る屋敷の門を守る衛兵達に憂わしげな視線を送られながらも、彼らに目もくれずニコは屋敷の庭を走り抜ける。

 リサが僕の部屋から出て、衛兵達に追われ始めたのが昨日の夜。

 まる1日僕は屋敷に戻っていない。ちょっとした騒ぎになっているかもしれないけど、気になどしていられない。


 玄関の前に馬を止めたニコは、足早に屋敷の中に入っていく。

 そして彼が向かった先、それは──


「……ニコ?」


 ひとつの扉を開けたその先、机の上に置かれたろうそくの明かりが揺れる書斎の奥に居たのは、ブロンドの長い髪を束ねた長身の男──ニコの兄、ウェイドだった。


 旧宅でトマソンからその名前を聞いたとき、ニコとリサは動揺を隠せなかった。

 まさか、常に身近に居たウェイドに疑いの目を向けることになるとは微塵も考えていなかったからだ。

 

 信じたくないけど、僕に付いた嘘とこの武闘会の書状に書かれている彼しか知り得ないトマソンの本名。これが僕を襲う事に関係しているという確証はないけど、彼がこれを作為的に行っているんだったら、何かしら関係があるに違いない。

 ニコはそう考えていた。


「ウェイド、君に聞きたいことがある」

 

 硬い表情のまま、ニコはウェイドの書斎に足を踏み入れ、そして彼に近づいていく。

 ニコを冷静な眼差しで見つめていたウェイドがちらりと壁にかけられた時計に視線を送ったのが見えた。


「時間通りだな」

「……なんだって? どういう意味だ?」


 時間通りって……何の時間の話だ。

 訝しげな表情を浮かべるニコをよそに、ぽつりとつぶやいたウェイドは、片手に握られていた羽ペンをそっと机の上へと置く。


「いや、なんでもない。それで、聞きたい事というのは?」

「君に聞きたいことは2つある。まず……何故僕に嘘をついた」

「嘘?」


 なんの話だ、と言いたげに首をかしげるウェイド。

 だが、その仕草に作為的な物を感じたニコが口調を荒らげ、続ける。


「あの女性の事だ。彼女は商人を襲っていない」

「……そうだったのか。済まない、俺の聞き間違いだったか」

「聞き間違い? 聞き間違いだって?」


 ゆったりと背もたれに身を預け、余裕の表情を浮かべるウェイドとは対照的に、ニコは心のざわめきに身を任せ、感情のまま両手を机の上に激しく叩きつけた。


「……ウェイドが彼女にコートを渡したんだろ」


 低く通った声で威嚇するように言葉を放つニコ。鋭い視線で睨みつけられるウェイドだったが、眉1つ動かすことなく変わらない余裕の表情をうかべている。

 と、その時だった。


「くッ……くくッ」


 一瞬の間を置き、押し殺したような笑い声がウェイドの書斎に響いた。

 俯き、小さく肩を震わせるウェイドの姿がニコの目に映る。


「何が可笑しい?」

「ニコ、早く右のポケットに入っている剣術武闘会の書状を出して俺に問えよ。『何故君しか知り得ないトマソンの名前がここに記載されているのか』と」

「……ッ!?」


 ウェイドが放った言葉に、どきりとニコの心臓が跳ねた。

 十中八九、この書状はウェイドが捏造したものだと思っていた。だけど、何故ウェイドはこの書状が僕の手にあるということを知っているんだ。


「ウェイド……君は……何を企んでいるんだ」

「フフフ、怖いくらいだよニコ。すべて何から何まで『同じ』だ」

 

 ぎい、と悲しげな椅子のきしみ音がウェイドの言葉を遮る。

 そしてゆっくりと立ち上がったウェイドは、机の引き出しを開けるとそこにあってはならない物を取り出した。


 ──黄金色こがねいろに輝く、小さな懐中時計を。


「そっ、それは!?」


 何故それが君の机の中にあるんだ。

 まさか、居城から懐中時計を盗み出したのは君なのか、ウェイド。


「驚くか。そうだな、驚いて当然だ。メレフェンの懐中時計が何故俺の机にあるのか」

「……その懐中時計で何ができるのか知っているのかウェイド?」

「もちろんだ」

「……ッ!」


 ウェイドの言葉に言葉を詰まらせるニコ。

 何故君がその懐中時計の存在を知っている。そして、その懐中時計で何ができるのかを何故知っているんだ。


「ニコ、時の流れに矛盾が起きた時、それを修正する為に『融合』と呼ばれる現象が起こるのを知っているか?」

「融……合?」


 変わらない静かな表情のまま、そう口にしたウェイドの言葉にニコは首を傾げる。

 矛盾が起きた時、時の流れはその矛盾点を修正するとリサが言っていた気もするが、具体的な事は言っていなかった。


「決して重なる事が無い、二つ以上の時の流れが一点で重なった時に発生する矛盾は、時の流れによって修正され……1つの未来に融合される」

「一体何を言っている、ウェイド」

「人格、記憶。それらが一定の時間をかけ、ゆっくりと重なるのだ。まるで片方の身体を侵食していくかのように、だ」


 ろうそくの明かりに照らされた懐中時計が光を反射し、ウェイドの顔を照らした。ひどく……年を重ねているように感じる表情。


 そしてその表情を見て、ニコはふとあることを思い返した。

 パラミシアの街に戻り、ウェイドと再開した時に感じた事。そして、昨日の朝、廊下で会った時にブランタさんが言っていた言葉。

 疲れきっていた姿と、無いはずだった商才。あれはもしかして──


「まさかウェイド、君は──」

「丁度一年前だ、俺の前に1人の男が現れたのは」

  

 自分の声を遮り、静かに語り始めたウェイド。


 このまま問い詰めたいとも考えていたニコだったが、彼の中の恐怖がそれを押さえつけた。

 そしてウェイドの言葉にニコは静かに耳を傾ける。

 自分の心の中の声が囁く1つの予想に耳を傾けないように。彼の口から別の言葉が語られる事を祈るように。


「憎しみと怒りに満ち、過去を後悔していたその男はこう口にした『何故俺じゃない。何故あいつだけがすべてを手に入れるんだ』。そして男はこうも言った。『辺境伯の居城、その一室に眠るメレフェンの懐中時計と呼ばれる黄金の時計を手にして──時を味方につけろ』」

「……ッ!!」


 やはり、そういう事だったのか。

 抑揚なく、冷淡に語られるウェイドの言葉に、ぎゅうと唇を噛み締めるニコ。

 

 ウェイドの前にも現れたんだ。10年後のリサが僕の前に現れた様に、10年後の──ウェイド自身が。


「何故、その男は君の前に現れたんだ?」

「俺が最も欲している物を手に入れる方法を教える為だ」

「最も欲している物……?」


 眉を潜めるニコに、それまで微動だにしなかった表情をウェイドは初めて崩した。

 これまで見たこともない、罠にかかった獲物をあざ笑うかの様な、冷たい笑みだ。


「その男は最後にこう言った。『丁度一年後の星夜スターフォールの夜、憎むべきあの男を殺せ。そうすれば──リサはお前の物になる』と」

「……なッ!?」


 リサ──

 まさかその名前が出るとは思っていなかったニコは狼狽えてしまった。


「どういうことだ!? まさか君は、リサを──」

「そうして男は姿を消した。俺にすらばしいプレゼントを残して。……ニコ、お前に対する煮えたぎるような憎しみだ」


 狂気に満ちた表情が滲みだすウェイドに思わず剣の柄に手を宛てがってしまうニコ。それほどウェイドが発した敵意は鋭く、凶暴だった。


 目の前にいるウェイドのその姿は、ニコの知るウェイドではなかった。

 そしてニコは理解出来た。


 何故ウェイドがこれほどやつれ、年を重ねているようにみえるのか。そして、商才が無いはずのウェイドが何故急にその才能に目覚めたのか。

 ウェイドは未来から来たウェイドと「融合」したんだ。

 リサと結ばれた僕に対する凄まじい憎しみを抱えた、未来のウェイドと。

 

「あの女が10年後の未来から来たリサだということは知っている。お前はリサに何を聞いた? 消えつつある未来の記憶か? それとも……愚かにも過去を変えると意気込むお前への愛か?」 

「……判ったぞ、ウェイド」


 矛盾点の修正……消えつつある記憶……過去を変える──

 そもそも出発地点から間違っていたということか。未来を変えるために、過去を変える。そう考えたのは──


「過去を変えようとしたのはリサではなく……君か」

「変えようとしたのではない。変えたのだ。10年後のリサから消えつつある記憶がその証明だ。彼女は修正された未来から来た。本来辿るべきお前とリサの未来ではなく──俺とリサが作る未来からだ」


 それはニコに取って、聞きたくない事実だった。すべては兄が仕組んだ計画。

 だが、皮肉にもウェイドから語られたその言葉で、ニコの中で点と点が確かに繋がった。


 リサは星夜スターフォール以後の記憶はあまり覚えていないと言っていた。それはつまり、記憶が塗り替えられる途中だったということか。だから曖昧な記憶になっていた。

 そして今日、星夜スターフォールの夜にウェイドの計画が実行され、僕が命を落とした時──作り替えられた未来は本当の未来になる。


「ウェイド……何故だ。何故君がこんな事をッ……」

「……何故か、だと?」


 思わず漏らしてしまった言葉に、ウェイドの空気が一変した。

 あの時、未来から来たリサを追って屋敷を飛び出そうとした時に見せた、本来ウェイドが持ち合わせていないはずの怒りに満ちた憤怒の表情だ。


「何故お前だけが自分の歩みたい道を進み、手に入れたいものを手に入れる!? ……なぜか、だと? いつも俺が欲しい物を手にしてきたお前がっ! なぜか、だと!? ずっと想っていたリサも俺から奪ったお前に何がわかるッ!! リサを諦めざるを得なかった俺の気持ちがお前にわかるかッ!」

「……ッ!!」


 心の奥底に眠っていた、これまでの悔い、後悔、そして淀んでいた憎しみが乗った言葉がウェイドの口から放たれた。

 そしてその言葉で思い起こされたのは、剣術武闘会への出場を父に許可され、喜びを伝えたリサが語った言葉だった。


 物静かで頭が良いウェイドに夢のひとつくらいあったはずよ? その夢を諦めてニコの夢を応援してくれたウェイドに感謝しなきゃ──


 諭すように語ったリサの言葉が、じゅくりとニコの胸を貫く。

 僕は結局ウェイドの事を何も判って居なかったということだ。ウェイドはリサを愛していた。激しい憎しみに変わる程、リサを。


「……剣の道はくれてやる。だがな、未来(リサ)はもらうぞ」


 懐中時計を首にかけ、ウェイドはゆっくりと腰に携えていた剣を抜いた。

 これまで一度も見たことが無いウェイドの剣術だったが、剣を構えるウェイドの姿に思わずニコはごくりと息を呑んだ。

 構えを見ただけで判る。ウェイドは相当な剣の実力を──


 と、ニコの背中をぞわりと悪寒が駆け抜けた。

 一年前までウェイドは剣術にからっきしだったはず。どんなに剣の才能があったとしてもたった一年、それも父の仕事を手伝いながら鍛えるのは不可能だ。でも、時を味方につけたウェイドなら、出来る──


「まさか、殺人鬼事件は……君じゃ無いよな?」


 恐る恐る問いかけるニコ。

 行動するにも熟考するウェイドだ。己の剣を鍛える為とは言え、そんな事はするはずが無い。

 そう祈るニコだったが──


「25人」

「……え?」

「俺の剣術を鍛える為に、『協力してもらった』剣士の数だ」

「……嘘だろ」


 信じられない。信じるわけにはいかない。

 何故そこまでして僕を──


「時を行き来して、トマソンとブランタの名を借りて剣術武闘会へ出場し二度優勝した。すべてはこの日の為にだ」

「……どうしてだッ……」


 僕が剣の道を選ばず、あの場所でリサに出会わなければ、こうはならなかったと言う事か。

 その衝撃と哀しみで憔悴した表情を浮かべるニコ。

 そんな彼をあざ笑うかのように、ウェイドの書斎の壁にかけられた時計の針が天を指し、小さい鐘の音が響き渡った。


 その鐘の音が告げるのは、星夜スターフォールの訪れ。

 部屋からは空が見えないが夜空には星たちが踊り、今まさに人々は天上人メレフェンに祈りを捧げている事だろう。


「時は満ちた。お前の命が終わる時だニコ。お前を殺し、俺はリサとの未来を作る」


 ひゅん、とウェイドの剣が空を裂きぴたりとニコに向けられた。剣を構えるウェイドの目は殺意と憎しみ以外のすべてが消え失せ、先に見えるニコの死を見つめている。


 リサ、僕はどうするべきなんだ。未来はもう戻せないのか。


 絶望と同時に、この剣の先に待つ、死という未来に従うべきかと一瞬考えてしまうニコだったが、ふと先日自分の部屋で未来のリサが語った言葉が脳裏を過った。

 このあと起こるべき、星夜スターフォールの夜の出来事。ウェイドに未来を変えられなければ起こったはずの事実。


 星夜スタフォールの夜に出会って、星夜スタフォールの夜にプロポーズするなんて、ホントステキな考えね──


「……ッ」


 思い起こされたその言葉にぎゅうと拳を握りしめるニコ。

 リサとウェイドが結ばれる未来が本当の未来になるなら、星夜スターフォールの夜に僕がリサに伝える愛の言葉は彼女の中に存在しないはず。

 それはつまり──

 つまり、未来は完全に変わっていないということだ。僕がウェイドに殺される事無く、星夜スターフォールの夜を越すことが出来れば、未来は元の姿に戻る。


「させるかッ……! 絶対に……!」


 殺されるものか。絶対生きて……リサの元へ戻る。

 剣の柄を握りしめ、ゆっくりと鞘から抜き取るニコ。ひんやりとした剣の感触がニコの頭を冷静に戻していく。


 過去と未来に散りばめられた想いは、この一瞬ターニングポイントに集まっているんだ。 

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