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コレクト  作者: 邑上主水
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第十四話 彼の真実と事の真相

 1ヶ月前に突如としてパラミシアの街に現れた殺人鬼は、テムジン商会を狙うテロリストだった──

 衛兵隊より上がってきた情報を元に領主であるルードルフ辺境伯はパラミシアの住民に対して即座にそう声明を出した。


 テムジンの屋敷に侵入した女性と殺人鬼との直接的な関係性を示す証拠は無く、ましてやその侵入したという女性を取り逃してしまっている状況にもかかわらず、ルードルフ辺境伯がそう声明を出したのにはいくつか理由があった。


 まずひとつ目は、すでにパラミシアの産業が手痛い風評被害を受けていた為に、一刻もはやくその噂を消す必要があったからだ。

 突発的に腕に覚えのある剣士襲い、ぱったりと姿を消すまるで目的が判らない殺人鬼に人々の中で憶測が憶測を産み、大陸間貿易事業の根幹になる各地方の商人達が被害を受ける事を恐れ貿易に及び腰になってきているのは火を見るより明らかだった。


 そしてそれは街に住む住民にとって、この地を治める辺境伯にとって由々しき事態だった。

 物流の中継地となっているパラミシアにとって、貿易品が減少するということは商品を運ぶ為にこの街を訪れる人々が減ると言う事を意味する。貿易が減ることで起こる直接的な被害以外にも、彼らが泊まる宿や飲食店などが甚大な被害を受け、さらに宿や飲食店に食材などを卸していた畜産業までもが手痛い被害を被っていた。

 

 そしてふたつ目は「殺人鬼事件はテムジン商会を狙ったテロリズムであった」と位置づける事で、住民をテロリスト打倒の為に団結させる事にあった。

 共通の敵を作り、団結させることで、一部でくすぶり始めていた「1ヶ月もの間殺人鬼事件を解決出来なかった領主に対するバッシング」を逸らす事ができると辺境伯は考えていた。


「止まれ」


 パラミシアの町並みが琥珀色に化粧直しした夕刻、衛兵が街の西部から東部へ向かう一台の荷馬車を止めた。

 止めた衛兵は1人ではない。

 簡易的な柵を設け、ものものしい雰囲気で馬車を睨みつける衛兵の姿が御者の視界に映った。


「荷を検める。発注書を提示しろ」


 発注書というのは、主に荷馬車の御者が携帯している「積み荷を依頼した依頼人からの発注書」の事を指す。荷馬車であれば発注書、客を乗せる馬車であれば、乗客の名簿の携帯が義務付けられていた。

 

「……検問ですか?」


 黒いフード付きコートを羽織った男が、馬の影からひょいと顔を覗かせ、包まれた発注書らしき書状を衛兵へと手渡した。物腰の柔らかい、落ち着いた声の男だ。


「ああ、例の『殺人鬼事件』でな。面倒をかけるが」

「……なるほど。ご苦労様です」

「荷は?」


 衛兵は発注書を開きながら、ちらりと荷台へと視線を送った。

 すでに別の衛兵が荷を調べ始めている。


「他愛も無いものですよ。畜産物に金物。衣類も有りましたかな」

「……ふむ、テムジン商会の関係者か」


 発注書を広げ、依頼人の欄に記載されている名前に衛兵は憂いの声を上げる。

 ニコが自宅で襲われたという話は当然この衛兵も耳にしていた。

 

「ニコ殿は無事か?」

「……ええ、怪我もなく。逆に殺人鬼を撃退したという話を聞きます」

「おお、そうか。確かニコ殿は王室騎士インペリアルガードへ入られたと聞く。彼を襲ったのがそもそもの間違いだったな」


 逆に殺人鬼に同情する位だな。

 笑みを浮かべながら冗談半分でそう話した衛兵は、書状をひと通り確認すると御者へと返却した。


「問題はなさそうだ。行っていいぞ」

「ありがとうございます」


 御者は衛兵から書状を受け取ると、小さく頭を垂れ衛兵へ会釈し、馬の手綱を引いた。

 何の違和感もない物静かな御者が引く馬がひとつ、いななきを上げる。

 次の馬車を検める衛兵を視界の端に感じながら検問所を後にし、暫く馬を走らせ、御者が見慣れた小さな橋を渡りきったその時だ。


「……もう大丈夫ですよ」


 誰に言うでもなく、御者が小さくそう囁いた。

 御者以外だれも居ないはずの荷馬車。

 だが、その声に呼び起こされるように荷台に載せられた籠の1つが開け放たれ、そこから2人の男女が顔を覗かせた。

 どこか得心の行かない表情を浮かべる──ニコとリサだ。


「……何故僕達を?」

「詳しくは後ほどお話いたします」


 すっぽりと頭を覆っていたフードを外し、ふうと小さく深呼吸しながら安堵の表情を浮かべたのは立派なカイゼル髭を蓄えているトマソンだ。


 あの風車小屋に現れたトマソンは多くを語らずニコ達を荷馬車へと案内していた。

 突如現れたトマソンに困惑し、警戒するニコとリサだったが「お二人に協力します」と言い放つトマソンにやむなく従う道を選ぶことになった。

 彼らはパラミシアの街の状況──殺人鬼の犯人として目星を立てているリサの捜索が強化された事を耳にしたからだ。


 焦りから声明を出したルードルフ辺境伯だったが、彼は同時にリサの捕縛を急ぐ為に更に人材を投入していた。街に厳戒令を発令し、一時的に住民達の外出を制限した上でより多くの自警団と衛兵隊を投入し捜索を強化──

 そして要所に検問所を設け、行き交う馬車への検問を実施していた。


「……それでこの荷馬車は何処へ?」


 トマソンのお陰で検問所を無事抜けることができたが、まだ油断は出来ない。

 口に出さずとも表情がそう語っているニコが重い口調でそう問いかけた。


「向かっているのは街の東部、昔テムジン様がまだ鍛冶職を営まれていた頃に住まわれていた場所です」

「父の……?」


 トマソンが放った言葉に、肩をすくめながらリサを見つめるニコ。だが、回答を求められたリサもまた、知らないと言いたげに首を横に振るだけだった。


***


 父テムジンが商会を立ち上げる前に営んでいた鍛冶屋。

 その話はなんとなく耳にしていたニコだったが、その時住んでいた住居が街の東部に有り、そして未だに残っていると言う事は全く知らなかった。


 ニコが知らない事から、少なく見積もって23年は誰も住んでいないであろう、テムジンの旧宅。

 だが、小さなハーフティンバーの切妻造家屋のその旧宅は、質素でありながら小奇麗な家屋だった。


 家主が居ない事からか、ぎい、と悲しげな声を上げ、ゆっくりと開く木造の扉。

 そして、トマソンを先頭に扉を潜ったニコは初めて見たはずの父の旧宅に何処か懐かしい記憶が蘇って来た。

 

「何故か懐かしい感じがする」

「まだニコ様が幼い頃に一度テムジン様、ウェイド様と3人でお越しになった事が」

「そうなのか?」

「はい。ですが、それ以降私以外誰もこの場所へは足を踏み入れてはおりません。この場所の存在を知っている者は私とテムジン様以外にほとんどいらっしゃらないかと」


 それはそうだとニコは高い天上を見上げてそう思った。

 生活感が無い部屋には所狭しと様々な荷物が置かれている。昔、父が使っていたであろう槌や金床、そして父が鍛えたらしき古い刀剣達──

 多分ここは倉庫として使われている場所なんだろう。


「ニコ」


 辺りを見渡していたニコの耳に小さく名を呼ぶ声が届いた。

 暖炉に火を灯すトマソンをじっと目で追っているリサだ。

 その目は警戒の色に溢れ、そして何時でも逃げられるわよ、と言いたげに身構えている。

 

 昨日の調査でトマソンには異変が見られた、とリサは言った。

 精通するはずのない剣に精通し、僕も出場した王都の剣術武闘会で好成績を残していると。

 これまでその片鱗は見られないが、彼が殺人鬼事件の犯人で僕を殺める事になる人物である可能性は──ある。

 ゆっくりと剣の柄に手を伸ばしながらニコもリサに同じく、警戒を強めた。


「説明してくれないか、トマソン」


 何故あの場所へ現れたのか。

 暖炉に火を灯し、暖かい暖気が漏れ始めたと同時に背を向けたままトマソンにニコはそう切り出した。


「屋敷へ侵入したという女性が東へ逃げたという情報を耳にしまして、ニコ様がその女性を追ったというならば東へ向かったのではないかと」

「何故あの風車小屋に僕達が居ると?」

「夜であるならば闇に紛れて逃げもできるでしょうが、陽が登ってしまったのであれば、あまり動かず何処かに留まっていると考えました。そしてもしニコ様があの女性と身を隠すならば、人があまり訪れる事が無い場所へ向かわれたのではないかと考え、1つ1つ見て回っていた所です」


 人気がなく、身を潜ませる事ができる場所はそう多くない。

 そう補足しながらくるりと振り返るトマソン。

 その表情はいつもの様に穏やかで、優しさに満ちあふれている。


「しかし、こうも簡単にお会いすることが出来るとは……運命ですかな」


 にこりと笑みを浮かべるトマソンにどこか罪悪感に苛まれてしまうニコ。

 まだ彼に心を許す訳には行かない。

 そう心の中で自答しながらニコが続けた。


「……何故僕達をこの場所へ?」

「私はニコ様の考えが良くわかってるつもりです。……その女性はやはりリサ様と何かしら関係がおありなのですね?」

「……ッ!?」


 まるで2人の心の中を見通していると言いたげに言い放ったトマソンの言葉に、ニコとリサは驚きを隠せなかった。


「そちらの女性がニコ様のお部屋に出入りしていることは存じ上げておりました。そしてニコ様と関係がある人物を調べていると言う事も」

「……なんだって?」


 思わず剣の柄を握りしめ、ピンと緊張の糸を張るニコとリサ。

 リサが僕の部屋に出入りしていることは誰にも見られていないはず。その事を知っているということは、やはりトマソンが何かしら僕の身にこれから起こる事件と関係が有るということなのだろうか。

 

「誰も来ることが無いこの場所で……僕達を襲うつもりだったのか、トマソン」


 周りくどい質問は終わりにする。

 そう考えたニコは単刀直入にそう問いかけた。


 星夜スターフォールまでまだ時間がある。その時まで安全だと思っていたが、リサが言うとおりその時が早まってしまったということだろうか。剣術武闘会で好成績を収めることができる程の剣の腕であれば、僕やリサよりも剣術で優っている可能性は高い。

 背後のリサからも斬りつける様な殺気が放たれているのがニコにはっきりと判った。

 

 そして先手を打って剣を抜こうとニコが力を込めたその時──


「……襲う? 何を仰っているのですかニコ様?」


 細いまなこを目一杯大きくして、驚嘆の表情をトマソンが浮かべた。

 その言葉に剣の柄を握りしめたまま固まってしまうニコと、同じく身構えたまま硬直するリサ。


「そちらの女性は騒がれている殺人鬼の犯人ではないと、私もニコ様と同じくそう考えました」

「……へ?」 

 

 予想もしていなかったトマソンの言葉にすっとんきょうな声を上げてしまうニコ。


「そもそもニコ様が発見したあの場所に倒れていたのであれば、パラミシアで騒ぎを起こす事など不可能です」

「そ、それはそうだが……」


 トマソンの言葉にニコとリサは思わず顔を見合わせてしまった。

 トマソンは単純に僕達を助ける為に追ってきた? ということは……殺人鬼事件の犯人じゃない──

 ふとその言葉が2人の脳裏を過るが、彼が犯人ではないかと考えるに至った例の書状の存在がその言葉を心の奥底へと押し戻してしまう。


「……トマソン、1つ聞きたい事がある」

「何でしょうか」


 疑惑を払拭するにはこの存在を検めるしか無い。

 ニコはリサから一枚の紙を受け取り、トマソンの前に差し出した。

 剣術武闘会で好成績を収めた剣士に渡される、彼の名が刻まれた証明書だ。


「これは……?」

「王都で開催されている剣術武闘会で好成績をおさめた剣士に送られる、王室騎士インペリアルガードへの切符だ。彼女が君の名前が入っているこの証明書を見つけた」


 ニコの説明を受け、じっと書状を見つめるトマソン。

 そして僅かな間をはさみ、ゆっくりとその書状をニコへと返した。


「……確かにこれに記載されて居るのは私の名前ですが……あり得ません」

「根拠は?」


 即座に切り返すニコに、ふうと溜息をひとつついたトマソンは少し呆れた表情を浮かべながら続ける。


「私が剣に疎いと言う事はニコ様もご存知の通りだと思っていましたが」

「僕もそう思ったよ。だが彼女はこの書状を屋敷の中で発見した。……正直に言おう。僕達は君が殺人鬼事件の犯人じゃないかと疑っている」


 もし間違っていたなら謝るしか無い。

 そう考えながら、結論を口にしたニコ。そしてその言葉を聞いてトマソンは再度おおきく目を見開いた。

 

「……成る程、理解出来ました。何故ニコ様達が私をそれほど警戒しているのかが」


 合点がいきました。

 そう言いながらトマソンは小さく肩を竦めてみせる。


「確かにそのような書状があれば、疑われるのは致し方ありません。ですが、私は少なくともニコ様がパラミシアを離れて一年、一日も屋敷を開けた事はありません。もし密かに剣術を鍛えていたとして──剣術武闘会に出場することは不可能です」


 パラミシアから王都まで馬車で向かったとしても半日はかかってしまう。移動だけで一日を要する長旅だ。

 トマソンの説明に訝しげな表情を浮かべるニコだったが、そんな彼の目にふと映ったトマソンの両手を見て、彼の言葉を納得せざるを得なかった。


 荒れてはいるものの、傷ひとつ無い綺麗な指──

 僕やリサの手とは似ても似つかない、明らかに剣士のそれとは違う使用人の手だ。


「……トマソン、教えて」


 言葉を失ってしまったニコと変わり、背後から小さくリサが問いかけた。

 ニコ以外と関わることを避ける為に発言を控えていたリサだったが、ニコと同じく彼女の中でトマソンが犯人だという選択肢は消えかけ、事の真相を探る為に思わず問いかけてしまっていた。


「何かニコの周りで不可思議な事は起きていない?」

「不思議な事、ですか?」

「ええ、小さな事でも構わない。何か以前と変わっている事とか」


 初めて言葉を交わすリサに似た女性に、ふとその言葉の真意をさぐらんと見つめてしまうトマソン。

 その視線にリサは焦りの色を滲ませてしまう。


「……お願いトマソン。私達を助けて欲しいの」


 時間はもう少ない。

 わらにもすがる思いでそう漏らした言葉に、トマソンは小さく肩を揺らしながら笑みを零した。


「……トマソン?」

「申し訳ありません。丁度一年前、ニコ様がパラミシアを去った時、同じように私の元へと訪れたリサ様もそのような表情をされていました。貴女はリサ様と似ているだけではありませんね。やはり何か通じる物があります」

「……ッ!」


 長年のカンと言うのは恐ろしいものね。

 トマソンの的を得た言葉に、どきりと鼓動が跳ねてしまったリサは、気まずそうに視線を泳がせる。

 だが、詮索は私の趣味ではないと言いたげにトマソンは小さく咳払いをすると、ゆっくりと続けた。


「この証明書は何者かが捏造したと考えて良いと思います」

「捏造?」

「はい。その書面には1つ気になる箇所がございます。私の名前です」


 よろしいですか、とニコから再度書状を受け取ったトマソンがその紙に書かれたトマソンの名前を指さす。


「トマソン・ラグランジェという名前です」

「その名前が何かあるの?」

「私の家系である、ラグランジェ家はテムジン様に仕える事になった25年前に没落してしまったため今は存在しておりません」

「……ッ!!」


 トマソンの口から放たれた言葉にニコは息を呑んだ。

 そう言えばトマソンの家の事を聞いたことは無かった。この父が住んでいた旧宅と言い、知らないことだらけだ。


「そ、そうだったのか」

「お気になさらず。これは誰にも話して居ないことですし、私を拾って頂いたテムジン様には今でも感謝しております」

「……誰にも話していない?」


 トマソンが放った言葉に小さく反応を見せたのはリサだった。

 トマソンがラグランジェ家の出身だという事を誰も知らないのであれば、誰がこの書状を捏造したのか──


「はい。テムジン様にお仕えしてからラグランジェ姓は一度も使っておりません。ですが……実は1人だけ、テムジン様以外にお話しした方がいらっしゃいます」

「なんだって!?」


 その言葉に声を荒げるニコとリサ。

 意外な場所から真相に一歩近づいた。

 トマソンの言葉を静かに聞いていたニコとリサの中に、真相解明への期待と同時に得体のしれない不安が過った。


「それは──誰だ?」

「丁度ニコ様がパラミシアを離れた一年前、私の家についてご質問された方です。それは──」

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