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[前夜祭  灯 ]

登場人物  ■男子 ◇女子  名前…役職,所属スコード,好きな言葉,食べた苺の数


かげ…後輩警士,一応外周,『発売日にお届け』『オートセーブに対応しています』,2+2-4


ほのか…後輩〃,外周/書記,『ロマンティック』『そしてふたりは、いつまでも幸せに……』,6


あがた…先輩〃,中心/秘書,『合格通知』『ありがとう (言われる方)』,1


さら…先輩〃,中心/救援,『自由奔放』『そこの負傷者。動けるなら立ちなさい。地面はベッドじゃないのよ』,7



 先刻、夕暮れのストリートを歩いている自分を、結構普通だと思った。

 人波の中、溺れないよう力を抜いて、明日ではなく昨日のことを考えていた。

 ――ていうのは冗談で、本当は初回特典と早期予約特典両方つけてくれそうなゲームストア探してたよ。なんてね。


 風が出てきたせいか、メディカルセンターの屋上は肌寒い。

 背中を預けていたフェンスも冷たくなっている。

 かげは短く息を吸って、傍らのあがたに言った。

「ガーターが殺されかけたの、俺のせいなんだ。……ごめん」

 バールの残像が頭から離れない。

「そうだとしても、君を恨んだりはしないよ」

 穏やかな声だ。ふと、彼の弾くギターの音色が胸を過ぎった。

「僕が油断してたんだ」

「多少怒ってくれたらこっちも気が楽なのに」小さく笑うと、なぜか不意に切なくなる。「……借りは返せないかも」

「いいよ。貸しは作らない主義なんだ」

「絶対ウソだし」

 日頃の、見返りを求める親切に濃厚な心当たりがあるらしく、縣は苦い笑顔を見せた。

 敢えて袖を通さず、病衣の肩にカーディガンを掛けている立ち姿は、洒落っ気があって意外と元気そうだが、右の額に貼られたガーゼに血が滲んでいる。

 ――気をつけないとまた……。

 復讐の標的が自分とは限らない。これは二度めだ。

 前のシティで学んだではないか。

 生殺しにされ、真っ黒な咎を刻まれて。

 いつもそうだ。起こってしまった出来事は取り返しがつかず、たとえ命と引き換えでも過去に戻ることはできない。

 そういうルールの中で生きていることが、何だかとても可笑しかった。

 この世界で最も冷酷なのは、誰の願いも聞き届けずに進み続ける、時間の独裁性かもしれない。


 ふと視線を移す。向かいの病棟の窓から、パジャマ姿の少年がこちらを見ているような気がした。遠くて、表情まではわからないけれど。

「こういうところで死ぬ子どもってさ、大抵愛されキャラだよね。心配してずっと側についててくれる家族とかいて。……誰か死ななきゃいけないなら俺でもいいじゃんって昔よく思ってた」

「今もだろ」

「バレた?」

「ああ、だいぶ前から知ってるよ」

 大人みたいに振る舞いながらも、心を添い合わせるように微笑んだ彼の横顔が懐かしかった。人の真価はきっと、命そのものではなく、いろいろな想いが溶け合った感情の方にある。

「そろそろ戻ろうか。さらほのかちゃん待ってるかも」

「どうかな」わざと首を傾げて言う。「女子のショッピングは時計無視で盛り上がるからね」


 明日の深夜、市警団総出で『すべてをぶっ壊し隊』を襲撃する。

 すべての警士が忽然と消える怪奇現象でも起きない限り、作戦は予定通り決行されるだろう。

 敵の集会場所を報告した立場として、おそらくゼロでは済まない味方の犠牲に、突入前から呵責を感じ続けている。

 本当にこれでよかったのだろうか。不特定多数の市民よりも、仲間を危険に晒さないルートを選択すべきだったのではないか。

 今回のそれは、招待された鉄槌の会ではなく、計画的な先制攻撃だ。自分が余計な報告をしなければ、このような流れにはならなかった。

 ――俺ひとりで片づけられたらいいのに。

 見えない不安に引きずられ、自分の仲間が死ぬような気がして胸の中がざわめいている。

 これは何かの罰なのか。

 だとしたら、犯した罪はどこで嗤っているのだろう。

 頭が壊れそうだ。

 先のページを開くように、明日か明後日を覗けたらと思った。

 ――みんなが無事か知りたいな。

 そうやって叶わない夢ばかり見て、張り詰めた日常から浮遊したがっている。



 縣の病室で<自由人じゆうじん>のペンダントを直して貰っている途中、スタンドに吊り下げられた薬液のパックを見て、自分に何が必要なのか、やっとわかった。

「点滴の中身少しちょうだい。今、たくさん入りそうな容器探してくるから!」

「待て。頼むからやめてくれ。僕が後輩に薬を横流ししたダークサイドとして扱われてもいいのか」彼は手元の修復作業に視線を合わせたまま、こちらを見ずに言った。

「いや、それはちょっとまずい」

「ばれたら君も謹慎だ」表情にシニカル要素がありすぎる。

「……仕方ない、今回は諦めて自己と向き合うよ」

 縣は安堵したように口元を綻ばせた。

「ねえ、サララが死んだらどうなるんだろうとか思うことない?」

 言い終えるのと同時に、この質問はさすがにまずかったかと気が差した。

「そのときになってみないとわからないよ。想像するだけ無駄だと思うけど」

 彼には、悲しみや寂しさと向き合う覚悟があるようだ。

 ――でも、……。

 冷静な縣だって、不意の別離で壊れ果てて、二度と元に戻らないかもしれない。

「襲撃のことを心配しているのか?」

「何でもお見通しだね」

 言葉にしても、上手く伝えられないだろう。

 こちらは、ある日突然、左手から親指がなくなって、何かするたびに『ああ、もうないのか』と打ち寄せてくるような喪失感を思い出している。

 怖くて訊けなかったけれど、縣もまた、その沈みを知っているような気がした。

「僕は、幸先の悪いことは考えない主義なんだ」彼は目を伏せて呟く。「……表向きはね」


 窓の外を眺めてしばらく黙っていると、背後でピンセットを置く音が聴こえた。

「ほら、直ったよ」

 そう言って縣は、治療の済んだ<自由人>をこちらに差し出してきた。

 受け取ったチェーンを首に掛ける。ペンダント部分も元通りだ。

「ありがとね」

 繊細な作業に疲れたのか、彼はベッドの背に身体を預けて細く息を吐いた。それとも、親切をやり遂げた達成感に浸っているのだろうか。

「だけどこれ、襲撃のときダメージ受けたらどうしよう」

「修理なら引き受けてあげてもいいけど。僕も生きて帰れたらね」

 えっ、と声が漏れる。「戦うってこと……? ケガ治ってないじゃん。たぶん接戦になるし、走ったりしない方がいいよ」

 縣は1日も早く優等生のポジションに復帰したいようだ。

「今朝、僕から連絡して、リストに入れてくれるよう頼んだ」

 彼の決意とは逆に、目の前が暗くなっていく。

「……影。疲れてるのか? ベッドを貸すから少し休むといい。実はここ、マップには載ってない回復ポイントなんだ」縣はいたずらな含みを持たせて、少年のように笑った。

 イエス、と頷く。「ガーターのベッド大好き」

「それはよかった」

 まだ縣が死ぬと決まったわけではないのに、なぜか今、猛烈に泣きたいと思った。



 間もなく、女子ふたりがショッピングから戻って来た。

 ――せっかくのパーティだし。

 メンバーが揃ったので、気分を高めて楽しむしかない。


 早速、4人で2Fのカフェテリアに移動する。

 幸いなことに貸切だ。しかも消灯している。

 テーブルの真ん中にキャンドルを立て、火を呼び起こした。

 炎が、橙色の秘めやかな包囲を作り出す。あたたかく、けれど頼りなく燃えるともしびは命に似ている。

「遅くなってごめんなさいね。探してたシャンパンが見つからなくて」更は上着を脱ぎ、手早く髪を纏めた。

「俺も手伝おうか? 便利な後輩に徹するけど?」

「いいえ、大丈夫よ。今、先行型フラッシュバックみたいに嫌な予感がしたから少し離れていて。……影、絶対に近づいてはだめよ」

 彼女の中で、不器用で目が離せないミステイカーという、新たな後輩像が出来上がっているらしい。

「私の苺あげるから、大人しくしていてちょうだいね」

 苺を貰えるようなので、デザートの保全のため控えていることにした。

 ――逆らったら戦場で死にかけてるとき見捨てられるかも。サララ危険すぎる……!


 吹き抜けの手摺から軽く身を乗り出すと、ロビーの上壁に設置された液晶モニタが見えた。

「あれでゲームやったら面白そう! やりたいな」

 生きて帰ったら、あの巨大モニタをジャックだ。

 深夜、眠りに就いたロビーで作戦を開始する。

 ――楽しくないはずがない。ドリームが広がるね!

 テーブルに戻ると、更が洋菓子店の箱を開け、仄が中のケーキを切り分けていた。

 これでパーティを始められそうだ。うっかり忘れていたけれど、襲撃前夜と、縣の快復祝いの抱き合わせらしい。

「影、ありがとう。私これ好きなのよ」更にスイーツのキャンペーンガールを勧めたい。

「ケーキ久しぶりだわ。可愛い苺がいっぱいね」ストロベリーフィリアの仄もはしゃいでいる。

「喜んで貰えて嬉しいよ」

 途中で箱を落としたりしなくて本当によかった。ゆっくりと姿を現す、潰れた白いあいつと、落下の衝撃で失神した苺たち。みんなのテンションを急降下させるためにやってきた悪夢のびっくり箱だ。「これ、どうしたの……?」という質問に、「落とした」と小さな声で答えた後の空気。自分には耐えられそうにない。


「影」と、壁際のソファで休んでいた縣が目顔で促す。こちらへ来いという意味か。その仕草から、不穏なものを感じた。

「ん? お呼びですか?」

 彼は手にしていた端末に視線を遣る。「出撃のリストに君の名前がない」

「は?」冗談はやめてほしい。ショックで思考が停止する。引き攣った笑顔も元に戻らない。

 縣は眉を寄せ、待機者リストの画面に切り替えた。

「うわ、最悪……」全身から新しいジャンルの汗が噴き出しそうだ。

『警士 影』という表記の隣に傷病ラベルが貼られている。完全に負傷者扱いだ。

 縣は悩ましげな様子で口元に手を遣った。

「故意に外されたように見えるけど。……何かあったのか?」



 ケーキがなくなった頃、点滴が切れた縣と、つき添いの更が病室に帰って行った。

 もっと4人で楽しみたいので、薬をリロードしたら、またここに戻って来るらしい。

 次はボードゲームだ。

 ――俺も少し休もう。内緒だけど、ポーカーだけじゃなくてチェスも激弱なんだよね。……敗戦プレイのために体力温存しておかないと。

 孤独に溺れるくらいなら、終わらないパーティの中で永遠に微睡んでいた方がましだ。

 もう二度と、傷ついている自分を見たくなかった。あの、小刻みに震えるような身体の感覚が怖い。そして、これから傷つくかもしれない自分の泣き顔も見たくなかった。


 何かが渦巻いていて気分が落ち着かない。

 食べたケーキを吐きそうだ。

 可能なら今すぐにでも、出撃リストの作為と謎を解き明かしたい。

 ――俺だけ置いてかれるとか……。

 最悪を飛び越えるナイトメア展開だ。

 酷く怖れていたそれが、一度めは現実になった。

 二度めはまだわからない。

 だから不安になる。

 前回の鉄槌の会で、想定を上回る戦員減に見舞われたというのに、動ける者を簡単に待機させるとは考えにくい。

 きっとタカムラのせいだ。あいつがリストから外したのだろう。

 ――タカムーめ!

 自分を制御できずに弱点を見せてしまったことを、今になって心底後悔した。

 縣が交渉してくれると言ったけれど、重苦しい疑念ばかりがつき纏う。

 どうして邪魔をするのか。

 釈然としない苛立ちだ。不遇と不運には慣れているけれど。

 ――そうだ、だめならひとりで行こう。書記も自由スコードに入ってくれたし、待機だけはありえない。何やってもだめだけど、俺も精一杯戦うよ。……『通路の敵は任せろ! 5秒あれば充分だ!』を超えるかっこいいセリフに初挑戦。徹夜で台本作らないとね!


 テーブルに伏せ、かげは隣を見る。

 ほのかが花束を覗き込みながら、未開花のローズを指でやさしく刺激していた。

「そういえば書記ってさ、何でもちょっと触ってみるよね」

「可愛いから、つい」仄は少し恥ずかしそうに微笑んだ。少女すぎる自分に照れているのかもしれない。

 目に映る穏やかな情景の裏で、絶え間なく悪い予感が突き上げてくる。

 だから、みんなを監禁して、ひとりで4人分戦うのはどうだろうか。

 嫌われる要素が滲み出しているけれど、そうすれば仄も縣も更も、襲撃の舞台で戦死することはないはずだ。

 ――……無謀すぎる。

 仲間の生き方に干渉するわけにはいかない。

 それぞれ皆、別の意志を持った生命体だ。わかり合うのは難しく、だからこそ、別離の寂しさに痛みを感じる。

 仄は、隣にいる前髪のおかしな仲間が監禁を目論んでいたことなど想像すらしていない様子で、夜の闇の中、花に何かを語りかけていた。


 平和と死は、いつもすぐ側にある。



 キャンドルの炎は揺れていなかった。もうすぐ溶けて消える運命なのに、動揺を見せず、とても静かだ。

 明かりを灯すことはできそうにないけれど、自分もぶれずに、最後まで戦い抜くことができたらと思った。


 作戦要項は、書記である仄が記し、上の者が厳密に保管している。

 決行日時やスコードの配置はすべて市警団独自の暗号で伝えられ、イベント旅行のように用紙が配られることはない。

 目標は『total exterminate』。

 殲滅だ。

 シティを守るため、死力を尽くして戦う。

 敗けることは絶対に許されない。

 勝利の旗を掲げるのは市警団だ。

 ――だけど俺は……。

 敵を斬り捨て、血まみれの靴で戦場を駆け回りながら、たとえシティが滅茶苦茶になって、自分が先に命尽きたとしても。

 仲間が生き残れるよう、夜が死ぬまで祈り続ける。



                                [前夜祭 end.]


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