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into-survive 市警団showtime...!


 かげは、死の気配をそっと吸い込んだ。

 揺れ動く感情のすべてが、目先の戦闘に照準を合わせ始めている。

 自分が戦死するのかしないのか、結末が楽しみで落ち着かない。

 ――今夜はどこの通路を攻めようかな!


 外周スコードの待機場所は、木の葉の黒いシルエットに覆われ、眠りに就いた草花の匂いが満ちている。

 樹に寄りかかっていたほのかがふと視線を上げ、こちらを見て可笑しそうに肩を震わせた。これで3度めだ。

 彼女は、仲間の前髪が短くなっていることを察知した瞬間、笑いの国に落ちていった。

 せっかくなので、髪を整えてから出発したかったのだけれど。

「あの日うっかり切り落としたとこ、ああ伸びてきたなと思ってまた切っちゃった」

 戻れるなら、ハサミを構えた自分を鏡の中から射殺したい。

「これ、あげるわ」仄が華奢なヘアピンを手渡してくる。

 戸惑っていると、少し屈むように言われた。

 周囲の警士からロマンスを疑われないよう、素早く草むらに座り込む。

 目を閉じると同時に、額の辺りにくすぐったい指の感触があり、複雑な模様が目蓋の裏に浮かんだ。

 触れているのに遠く感じるのは、こちらが心を開ききれていないからなのか。

 やさぐれた胸に湧く切なさは暗闇の呪詛だ。

「できたわよ」の声でパブリックな自分に転身する。

 女子の器用さで、哀れな前髪が救われたようだ。

 差し出された手鏡を覗くと、自然に笑みが零れた。

「最高にスタイリッシュ! ありがとね」



 開始の合図だ。

 外周スコードの警士が密かに移動する中、影は仄を連れて場を離れ、別館への侵入経路を探した。

 空気がいつになく張り詰めている。

 銃声も何も聴こえないので、集会場への突入はまだだ。

 ドアのガラスを割って鍵を開けた。

 仄は黙ってついてくる。鉄槌の会とは記載事項が異なるため、書記の仕事は手練の警尉が引き受けてくれたらしい。


 別館への侵入に成功。すっきりとした近代的な建物だ。

 3Fまで階段を上り、窓際の壁に身を寄せた。

 閑散とした通路に、夜空の青い光が反射している。

 ここから襲撃現場の成り行きを見て、次の行動を考える。

 中心スコードが仕留めきれなかった敵が、やがてこの別館にも流れてくるだろう。

 奴らは反撃のため、おそらくこの大学を離れない。

 隣で仄が端末を覗き込み、館内の見取図を確認している。

 更に違反カスタマイズを教わったらしく、ハルバードが妙にコンパクトだ。

「そうだ、書記に特典あげる。自由スコード参加者募集キャンペーンだったから」

 用意しておいたものを渡す。うっかりしていて包むのを忘れた。

「……万年筆? わたし書記だから?」彼女は微笑みながらキャップを外した。そして目を丸くする。「これ、ナイフなの?」

「イエス。もしかしたら役に立つかも。接近戦とかでね」

 ありがとうと澄んだ声で言い、彼女はそれをしばらく触ってから胸のポケットに挿した。

 今も戦衣の徽章帯に書記のバッジをつけている。そこに、万年筆に擬態したペンナイフが加わり、書記っぽさが飛躍的にアップだ。


 不意に本館が騒がしくなる。アクティブな緊張が走った。

 突入したはずの縣と更は大丈夫だろうか。

 リストに戻してくれた礼も、直接は伝えていない。どこかで会えるとよいのだけれど。

 最悪の場合、さほど熟練していない自分たちが中心スコードを補佐することになる。

 もう、何が起こるかわからない。

「影……!」

 視線の先で、本館の扉が破壊された。

 突然の襲撃で混乱が生じ、ぶっこわの応戦が追いつかなかったのだろう。

 ――予感的中!

 何人かの隊員は逃げるように外へ駆け出したが、すぐさま待機していた市警団に取り囲まれる。

 他はどこだ。

 本館と、この別館は、各階の連絡通路で繋がっている。

 そろそろ来る頃か。

 鞘から剣を抜く。前のシティで使っていたものだ。長いつき合いの悪友で、今夜はなぜか置いて来てはいけない気がした。

「書記。ひとつ下の階まで行こう。ついて来て」


 敵の浸食が早い。

 2Fに下りるのとほぼ同時に、不気味な隊員の姿を捉えた。

 ――最速で武装してるし!

 鉄槌の会で苦戦した特殊アーマーの改良型だ。

 敵がこちらに気づいた。躊躇している暇はない。囲まれる前に秒速で斬り抜ける。

「書記! このまま本館に向かって走る……!」

「了解しました」畏まる仄の声が少し掠れていた。

 ――さあ行こう。踏み出す先は、生と死の混在領域だ! 4秒後には毒まみれかもしれないけどね!

 一撃くらいは覚悟の上だ。戦場の色に染まりゆくこの身体は、致死の痛みさえも、敵を斬り裂く力に変える。

 だから今は苦しくない。悲しくもない。

 戦いの舞台を照らす漆黒のスポットライト。

 命の駆け引きを楽しむ準備はできている。

 不活性な自分が、ひとつの戦力に成り変わっていく鮮やかな感覚。

 物憂い浮遊感は、天国へいざなういたずきのようだ。


 全力で通路を駆け、撃たれる前に敵を斬る。

 狙える部位が腕と脚、そしてアーマーの継ぎ目しかない。

 感覚だけが頼りだ。

 ひとりめを斃した冷たい熱を、次の敵にうずめて殺す。

 絶対に立ち止まらない。

 2F最後のぶっ壊隊員を仕留めた瞬間、仄が返り血から顔を庇ったのがわかった。

「平気?」

「もちろん。ハンカチ2枚持ってるから」余裕のジョークだ。女子の逞しさを讃えたい。

 彼女はピアノばかり弾いていたという割に足が速く、常時敵の追尾に気を配っているようだった。アビリティの高い仲間を得られて幸いだ。


 踊り場を過ぎたところで異変を察知。何やら階下が騒がしい。

 ――もしかして、微妙なキャラでもいいから加戦してくれみたいな状況? だったらOK、手伝うよ!

 気づかれないよう、そっと様子を窺う。

 追い詰められている味方を発見。攻撃態勢の敵もいる。

 これは明らかに窮地。

 市警団の仲間が4名、通路の行き止まりでぶっ壊隊員に銃を向けていた。

 そして敵も、同じく警士に照準を合わせている。

 逃走不可能な状況で、6対4は分が悪い。

 敵は「投降しろ」と嘲笑っている。捕まえて交渉に使うつもりだろう。あるいは弄んで殺すか。

 ――られる前に助けないと。ここは挟み撃ち作戦で行くしかないね。

 暗号には自信がないので仄に頼んだ。

『西側ふたりをよろしく。合図は任せる』。

 先頭に立つ男の警士が、ほんの僅かに目を伏せた。伝達は上手くいった。

 彼が言う。「投降はしない。こんなことになるなら“シティ学”のレポート出してくるべきだったな」

 シティ学。5カウントか。

「はァ? バカかおまえ! 武器捨ててひざまずけ!」

 4つ数えたと同時に通路をダッシュ。

 敵が一斉に振り向いた。

 その向こうから、追い詰められていた警士たちが窓際の隊員を制圧しにかかる。

 こちらは剣を低く保ち、横薙ぎの一閃で2体仕留めた。

 流れを止めず、隣の男に深く突き刺す。それと同時に剣から手を離し、予備のナイフに持ち替える。

 まさに発砲寸前の敵に狙いを定め、勢いに任せて上空に斬り上げた。

 すぐ側で、続けざまに銃声が響く。

 味方の援護射撃だ。

 腕から血を流し、目の前の敵がくずおれた。

 息を詰めたまま、素早く視線を巡らせる。

 ――10秒経ってない。楽勝だね!

 死の匂いが立ち込める血溜まりの中で、立っている敵はひとりもいなかった。



 チームの結束は固く、鉄壁の攻めも完全無欠。

 全勝は、目標ではなく通過点。交わった敵は必ず始末。例外はない。

 すべてをクリアし、上手くやれていた。

 ――それなのに……!

 縣は歩調を緩め、壁に凭れかかる。限界だ。この先、まともに歩けそうにない。

 異変に気づいたメンバーが、何事かと集まって来た。皆、首や顔にまで血飛沫を浴びている。

「申し訳ない、頭が痛くて……」苦く笑って顔を伏せる。

 自分の能力以上に走りすぎた。

 突入後の戦闘は計算通りだったが、今はもう、意識を保つだけで精一杯だ。飲んだばかりの薬が効力をなくしていく。

「救援係の更さんを呼びましょう」と声が上がる。

 冗談はやめろと心の中で呟いた。

「だめだ。僕の活躍の場を奪わないでくれ……」

「そんなこと言ったって」

 誰かが本部に連絡している。何もかも終わりだ。

「おまえは聖女サラのつき添いで大人しくメディカルセンターに戻るんだ」

「うるさい黙れっ!」

「おい、大丈夫か。人格変わってるぞ」

 通路は血の海だ。中心スコードが正しく道を切り開かなければ、無駄に味方が死ぬ。

 離脱などできるはずがない。


「お待たせ!」息を切らせた更が目の前に立っていた。

 含みのある笑みを浮かべ、仲間が遠ざかっていく。「縣、後のことは任せろ!」

 戦場にありながら、更は溌剌としていて元気そうだ。血糊だらけのハルバードを握ったまま、こちらの腕を掴んで促す。

「歩きなさい、縣警士。私が助けてあげるわ。等価交換だけど」パフェかパンケーキで救ってくれるとは、随分と頼もしいではないか。

「この痛みさえ消えれば動けそうだ」右の額に手を遣る。「どうしてこんなことに……」

「不服そうね。そんなに戦いたいの?」

「殺しが趣味なわけじゃない。重要な戦力として正当に扱われたいだけだ。力を尽くしてきたのに、僕はいてもいなくてもいいような存在なのか……?」

 怖れていたことを口にした途端、自ら作り出した優等生の高みから、谷底へ転落しそうになる。

「更。君を信じて訊いたんだ。何か言ってくれ」

「人間に限らず、量産されているものになんて大した価値はないでしょ? ……自分が特別だと思わない方がいいわ。代わりはいくらでもいるもの」

「君の主張を認めるよ」

「妙に素直ね。……でも私は、あなたのこと」

 予期せず敵の接近を察知。

 場所が悪い。このままでは囲まれる。

 彼女も危機を悟ったようだ。

 意識が途切れないことを頑なに願った。

 武器を握り直す手に、静かな殺意が注ぎ込まれていく。

 更は肩の力を抜くようにして笑った。高等科で対立していたときと、少しも変わらない顔と仕草。

「死ぬかもしれないから、最後くらい私も素直になるべき?」

「いや、いつも通りが一番だ」



 本館に近づくにつれて、敵の数が増えていく。

 影は後方を一瞥する。

 ライブ感を大切にして、何度か仄と危ういチームを援護してみた。

 みんなのありがとうが胸に熱く響いている。なぜ縣が、あれほどまでに親切を披露できるのか、裏事情がわかりすぎて辛い。

 ようやく集会場にされていた、講堂らしき大部屋に辿り着いた。すでに動く者の気配がなく、無慈悲な色に包まれている。

 敵の生き残りが、武器の保管場所に移動したのだろう。おそらくこの大学の敷地内だ。それを現在、市警団が追っている。

 自分たちも倣うべきか迷ったが、それでは自由スコードのスタイルが失われてしまう。

 無駄に動いて、弱そうな敵に吹っ飛ばされている微妙な場面を激写されでもしたら、コラボピクチャの生贄になりかねない。


 今後の動きを考えながら館内を探索している途中、敵隊のリーダー、もしくはサブリーダーを見つけ出すという新しいミッションを思いついた。

 鍵を壊し、裏口から外に出る。

 次の瞬間、窓ガラスが砕け散る音とともに爆炎が吹き上がった。

 先ほどいた別館の奥だ。ひっそりと樹木きぎに囲まれた古い建物。廃墟然とした様子のそれが武器保管庫だったのか。

 今から行っても間に合わない。敵はほぼ確実に、外周スコードから攻撃される前に館内へ引き返してくる。


 こちらも再び別館へ戻る。爆発物の投擲が予測されるため、屋外に逃避しやすいよう1Fで待つことに。

 上階からの脱出に失敗した場合、戦闘放棄者の身投げか、投身リピーターだと思われる危険性が高い。

 ――『やさしくしてください』って、身体の表と裏に書いておくべきだね。……ていうか俺、飛び降りたことないじゃん!

 仄は黙って窓の外を窺っている。

「ピンチの仲間がいたら援護しよう。隙を見て敵隊のリーダーか、それらしい人物を探し出そうと思うんだけど。そんな感じでいい?」

 彼女は頷いた。歩きながら銃の装填を確認し始める。

 雲に覆われたせいか、通路にはもう、霞んだ夜空の光さえ届いていない。

「俺は致死的な気分で突っ込むから、何かあったら見捨てていいからね。後ろめたく思うことないよ」

 彼女は可笑しそうに口元へ手を遣り、からかうような瞳でこちらを見た。

仇討あだうちは任せてと言うべき?」ストロベリーとミルクで構成されているとは思えない熾烈な決意。

「その言葉を待ってた。心強いよ」本当は心配すぎて、頭の中が真っ暗だ。報復の旅は諦めてほしい。

 窓辺に寄りかかると、騒々しい足音が壁を伝って響いてくる。

 ――まずい、本館だ……!

 敵が、狭域では攻勢をかけにくいと見切りをつけたのか、別館へは立ち入らずに通り過ぎていく。

 ここにいても仕方がない。すぐに後を追う。


 本館から二度めの爆炎が上がった。

 それに銃声が重なる。あの音はマシンガンだ。市警団のオートピストルでは敵いそうにない。

 事前に武器庫を破壊する術がなかったことが悔やまれる。不自然な動きを敵に気づかれれば、見せしめで無関係な市民に犠牲が出る怖れがあった。

 だから、これは仕方がない。味方が死ぬかもしれないけれど、仕方がない。こうするしかなかった。何度そう繰り返しても、敵の集会場所を探し当てた責任は、重く自分の中にあり続ける。

 本館正面の巨大ドアから煙が溢れ出していた。

 側面に回り、窓を乗り越えて内部に侵入。

 仄を引き上げようと手を伸ばしたそのとき、こちらへ駆けてくる者を捉えた。

 敵だ。2体か。

「書記、そこにいて!」

 直線通路で挟まれると面倒だ。

 剣を握り、全力疾走で距離を詰めた。

 発砲される間際に射程範囲から身を躱し、アーマーの僅かな隙間に剣先を叩きつける。

 その勢いに乗せて傍らの男を貫いた。

 身体が酸素を求めて喘いでいる。エネルギーの配分に気をつけなければ。

 急いで戻り、窓の外で立ち尽くしていた仄に手を差し伸べる。

「………?」予期せず、屋外を走る何者かが視界の端を過ぎった。

 市警団の人間ではない。間違いなく敵の隊員だが、動きがおかしい。この戦いの最中に逃げるつもりか。

 不意に鼓動が加速する。

 ――まさか、あいつら。

『すべてをぶっ壊し隊』の重役なのではないか。

 そうでなかったとしても、追う価値はある。

 目標は殲滅。敵とわかれば、ひとり残らず始末する。


 仄に意見を聞くと、追尾への賛成票がふたつになった。

 ここに長くとどまるのは危険だ。

 本館裏の扉へ向かう途中、足止めするかのように救援要請の悲鳴が上がった。奥の講義室のどれかだ。

 そちらへ方向転換した直後。十字に交わる通路から、勢いをつけて敵と味方がなだれ込んでくる。

 一瞬の躊躇で仄と隔てられた。

「影! わたしが困ってる警士を助けに行くわ! ここを切り抜けたらさっきの人物を追って!」返事を待たず、彼女は身を翻して駆け出した。


 巻き込まれるまま中心スコードに参戦し、力の限りに敵を破壊した。

 返り血が袖から滴っている。

 やはり上級のチームは、目を瞠るほど鋭く勇ましい。

 呼吸を整え、すぐに仄を探したが、悲鳴の聞こえた辺りは無人になっていた。

 殺意の醒めた手に、冷たい汗が滲む。

 仄が死ぬところを見たくない。本当は、仄が死んでいるところを見て、胸の中をナイフで掻き出されるように傷つくのが怖かった。

 不純な動機に突き動かされている愚かな自分は、やがてまた新しい罰に締め上げられるだろう。

 ――ツイてない奴にはよくあることだよね。いつの間にか処罰慣れしちゃってるし!

 本館裏の扉へ足を向ける。仄を探さなければ。彷徨っている猶予はない。



 灰色に煙る瓦礫の上で、くるみはゆっくりと身を起こした。

 目に映る衝撃の情景に、髪の毛までびっくりしている。

「ここ……、どこですか……?」

 天井を見上げると、隕石が落ちて来たとしか思えない巨大な穴が開いていた。

 戦伝課のヘルプとして、館内を走り回っている途中、うっかり爆発に巻き込まれたところまでは憶えている。吹き飛ばされて、階下に転落していたとは。

 身体中が、落下の余韻で鈍く痺れている。謹慎が解けたばかりだというのに酷い有様だ。

 ――ぶっ壊のみなさん、びっくりびと戦闘不能化作戦は失敗ですよ! 驚いたからって、そう簡単には死にません……!

 とにかく戦伝の役目を果たさなければと、立ち上がりかけた刹那。不意の眩暈で膝を着いた。

「うっ……」

 咳き込むたび、灰塵の舞う足元に血花ちばなが咲く。

 顔を上げ、見回してみたが、全方位に人の姿はなかった。ここは講義室のようだが、今はもう、チョークボードまで粉々に砕け散っている。

 この状態では、自力で館外へ戻れそうにない。

 残っているのは自滅と自己犠牲の魔法だけだ。

 次第に痛みが濃くなっていく。

 けれど、助けを呼ぶのはやめようと思った。みんな大変なのだ。救出に来てくれた人まで死なせてはいけない。

 目を閉じた瞬間、ポケットの中でセルラが光ったような気がした。

 画面を開く。

 着信だ。

「つっくん……?」

 何かあったのだろうか。休暇中のついは、今回の襲撃を知らされていないはずだ。

『クルミ? 流されたおまえの靴下見つけたんだけど。……渡すからロビーまで来てくれ。あと2ストップでキアサに着く。サブウェー降りたら連絡する』

 男っぽい暗さを持つ声。血だらけの身体を夜の戦場に残したまま、意識だけが、対のいる平和な日常へ吸い寄せられていく。

「あの、……つっくん」

『どうした? 様子おかしいぞ。またタカムラの説教かよ』

「……ワタシ、襲撃に参加して、口から、血が……」

 事態を呑み込んだらしく、対が黙った。短い沈黙が流れる。

 彼が何を考えているのか、言葉で確かめる必要はなかった。

「だめ! 助けに来なくていいです。ワタシの予想では、生存率が60%くらいです……。この戦いに加わったら生きて戻れないかもしれません。……だから、つっくんは、明日の朝まで、市警団に、帰ら、ないで……」

 対はこちらの願いを黙殺し、助けに行くから待ってろと言ってセルラを切った。

 本当に来てくれるのだろうか。ぼんやりとした意識が揺れ、夢心地で眠りそうになる。

 何だか女子の感覚を刺激するシチュエーションだ。

 ――ワタシのサチュレーションは下がってますけどね。

 たとえ彼が来なかったとしても、今なら一度だけファンタジックな魔法を使えそうだ。

 ――女の子に生まれてよかった。アタリですね!



 対は、手元の端末を頼りながら大学構内を疾走する。

 市警団まで戻る時間がなく、武器は外周スコードの警士に借りた。

 問題は楜だ。本館2Fの講義室以外に情報はないのか。ウェブマップでざっと数えたが、それらしい部屋が14カ所もある。

 あれから何度セルラに連絡しても応答がない。

 ――まさか死んでないよな……。

 館内は生と死の殺伐とした闇に侵されている。

 大量の血痕。倒れたまま動かない敵。

 おそらく現在は市警団がしている。同じ制服の負傷体をほとんど見ていない。

 通路を曲がった途端、いきなりぶっ壊隊員と出くわした。

「邪魔だ!」

 撃たれる前に引き金を引く。目が合ったまま至近距離で発砲。引き裂くような衝撃音が響き渡る。

 一発の弾丸で敵は死んだ。アーマー上部の継ぎ目が意外と弱い。

 ハルバードがいまひとつ手に馴染まないので、武器は実質これだけだ。

 無音になった通路を足早に通り過ぎていく中、瓦礫の破片が転がる乾いた音が耳を掠めた。

 反射的に上を見る。天井に無数の罅が入っていた。

 崩れるのか持ちこたえるのかはっきりしろよと雑な口調で言い捨てたくなる。


 3つめの講義室のドアを開けた途端、飛び込んできた光景に息を呑んだ。

 暗闇に浮かぶ『人』の字に似たシルエット。

 敵の隊員が槍のようなものに首の根を貫かれ、斜めに傾いだまま絶命している。

 その側に、見覚えのある華奢な身体が横たわっていた。

「おい、クルミ!」

 駆け寄って抱き起こす。それを待っていたかのように、戦衣の隙間から生温なまぬるい血が溢れ出してきた。

 敵を仕留めたせいだろう。楜は目を閉じたまま、少女と警士の上澄みを混ぜ合わせたような難しい顔をしている。

 あの日、自転車の後ろではしゃいでいた人間と同じ生きものだとは思えなかった。

 揺さぶるのはまずい気がして躊躇っていると、楜が微かに目を開けた。

「……つっくん」

「大丈夫だ。しっかりしろ」

 女とはいえ、ひとりの重さを抱えて切り抜けられるだろうか。

 敵との遭遇だけでなく、天井の様子も警戒しなければ。危ういことばかりで笑う気にもなれない。


 最悪のタイミングで通路がざわついた。

 この武骨なゴム底の軋みは、市警団の者ではない。

 ――6、……いや、7人か。

 気配が近づいてくる。

 楜を瓦礫の陰に移し、敵の来訪を待った。

 殲滅できるか不安が募る。銃弾の残りも心許ない。

 スザナには悪いが、いざとなったらられる前に死んでやろうと思った。

 ふと不安が過ぎる。

 ――本当に撃てるのか……?

 自分ではなく、楜の頭を。

 物騒な展開を思い描いているうちに、講義室のドアが音を立てた。

 ――諦めるのは早いよな。

 一応まだ生きているのだから、ここを突破する方法を考えるべきだ。

 開いた扉から敵が滑り込んでくる。

 けれど、隊員の視線がこちらを向いていない。訝って真横を見る。

 やばい、と心の中で呟いた。楜が始末した男を、そのまま放置してしまった。奴らの報復心を炙り出す最高のモチーフだ。

 ――死んだら自然に倒れろよ!

 読み通り、ぶっ壊のメンバーは7人いる。

 こちらは9発しか撃てない。

 1秒も間を空けず、続けざまに射殺する以外に手段はあるかと楜に問いかけたかった。

 銃を握り込むと同時に敵に見つかった。

「おい、そこの市警団!」ぞんざいな口調の男だ。発砲準備も整っているらしい。毒か、それとも実弾か。

 扇形に連なる敵のひとりが、憤りを露わに詰め寄ってくる。

「よくも小隊長を……。おまえは公開処刑だ」囁くような物言いに、狂気を感じてぞっとした。

「好きにしてくれ」

 乱暴に腕を掴み上げられた。この疎まれている感触が、幼少期の自分を思い出させる。

 幸い、暗がりの助けで楜の存在は知られていない。しかしこのままでは、朝を待たずに死ぬだろう。

 戦う他に突破口はない。だが、どうすれば。

 孤立無援というだけで、大勢には抗わないと思われているらしい。完全に戦闘不能者扱いだ。ほぼ無傷の状態で、並程度には反戦の意志があるのだけれど。

 ほんの数秒でも、敵を分散させられないだろうか。7人同時に相手をするのは無理だ。

 進行方向に、通路へ続く半開きのドア。使えるものはあれしかない。

 引きずられて一歩踏み出すたび、運命の扉が迫って来る。緊張を悟られないよう力を抜いて、感覚だけを研ぎ澄ませる。

 前方の隊員が4名、先立って通路に出た。

 ――今だ!

 腕の拘束を振り払い、体当たりしてドアを閉める。

 間近の敵を狙って発砲。上手くアーマーの弱点に当たった。

 銃声の残響を弾き飛ばすように、ふたりめの体側を撃つ。

 直後、ナイフで斬りかかってきた男と揉み合いになり、背後の扉に叩きつけられた。

「……ッ!」

「何考えてんだよてめえ! ここで殺すぞッ!」

 窮地だが、これで通路の敵が部屋に入れない。もう一方の扉は瓦礫で塞がれている。

 アイスピックの先が手首を掠った。馬乗りに近い体勢で、振り下ろされた腕を押しとどめるのも限界だ。だからといって防御の力を緩めれば、その瞬間に胸を穿たれる。

 すぐ側でドアノブが吹き飛んだ。通路から撃たれている。実弾だ。

 焦りに突き動かされ、余力を使い果たす覚悟で刃の軌道を脇に逸らせた。覆い被さる敵を膝で蹴り上げる。

 無意識に引き金を引いていた。せめぎ合っていた男は、頭部アーマーの隙間から血を流し、充電が尽きたように動かなくなる。

 次は通路だ。

 躊躇うことなく扉を開け放つ。

「……どういうことだよ」

 増援を呼びに行ったのか、3人いたはずの隊員が忽然と消えている。

 意味不明な状況だからこそ、今のうちに脱出したい。

 素早く引き返し、楜を抱いて講義室を出た。

 濡れた血が冷えて体温を奪っているのか、かなり衰弱しているのがわかる。打ち上げられたクラゲのようだ。

 敵の動きを確かめてから進みたいが、楜の生死を考えると、最短経路で行くしかない。

 1Fへ急ぐ道中、ふと腕の中の生きものが目を覚ました。

「おまえが奇妙な殺し方するから、ぶっ壊の奴らショック受けてキレてたぜ」

 楜は困ったように眉を下げ、うっすらと口元を綻ばせる。「変なふうに、刺さってしまって……」

「わざとじゃないのかよ」

 こちらの焦燥を感じ取ったらしく、楜が言った。

「ピンチのときは、大きな声で泣き叫んでください……。誰か来てくれるかもしれません。……大丈夫、全然恥ずかしくないです」

「どう考えても恥ずかしいだろ!」

 くだらない遣り取りで緊迫した糸を緩めたかったが、すでに追走されているようだ。


 1Fに辿り着いた。だが今は、正面のドアまで向かう余裕がない。直線の通路で確実に追いつかれる。

 辺りを見回すと、開いている窓から自転車の駐輪スペースが見えた。

 医療課の応急処置を頼らず、楜を乗せて最寄りのメディカルセンターへ向かった方がよさそうだ。

 ――ドアは……。

 あった。目を凝らすと、鍵を壊された痕跡が。


 外へ出て、放置自転車の後部に楜を座らせる。

 錠は撃った。

 背後でドアが開け放たれる。複数の靴音。ここで死ぬわけにはいかない。

「クルミ! 掴まってろよ!」

 微かに頷く感触。

 いつだって、暗闇に突っ込む覚悟はできている。



 影は額の汗を拭った。

 敵も味方も四方に散り、至るところで交戦が繰り広げられている。

 仄が言い残したように、リーダーらしき隊員を追って、図書棟の辺りに差し掛かった。

 追跡してきた敵のふたり組はたぶん、この棟内に入った。建物のどこかに隠れて終息を待つつもりだろう。他の隊員は見殺しにするらしい。

 仄と完璧にはぐれてしまった。再会できる兆しもない。

 途中、他のチームと合流するか、縣と更を探すようセルラで文字を送ったけれど、読んでくれただろうか。

 面倒見がよく、思い遣りのある彼女が、自分を残して死ぬはずはないという、確信めいた願望が頭から離れない。


 前方で、苦闘気味のチームがヘルプをほしがっていた。

 迷わず参戦。

 ――援護の影、とか渋いあだ名つけられたらどうしよう。シャドウ系も照れるけどね……!

 頭部装甲とボディアーマーの、僅かな隙間が狙い目だ。実践を通して、少しずつ攻略法が増えていく。

 夜空に吹き上がる血飛沫。見慣れた情景に懐かしさすら感じる。

 画面越しのゲームなら、もっと存分に遊べるのだけれど。

 残念ながらこれは、現実の惨さを知るためのセッションだ。


 不意に胸が軋み、記憶が目を覚ます。

 ――やばい、また情動発作……。

 魔術か何かで、過去を消せたらと思うのは何度めだろう。

 数えるのも嫌になる。

 心の弱さと苦しみの深さはイコールだ。

 それを知っているから、もう二度と同じ過ちを繰り返さない。

 誓いを忘れないよう、前のシティで刻まれた傷を、自分の手で深くえぐる。

 痛くて、辛くて、涙も出ない。

 赤くて、黒くて、まだあたたかい仲間の破片。

 声にならない叫びが、戻れないことを知りながら今も、過去への黒い扉を叩き続ける。

 ――非行剞ひこうきの奴らも、人質の市民も、俺がこの手で殺すべきだった……。

 これは罰だ。救いの死を取り上げられ、精神が薄暗い荒野に囚われている。

 もしも誰かが、労わるように抱き締めてくれたとしたら。

 きっとすぐに満たされて、大切にしていた思い出を忘れ、絆創膏を貼りながら生きてきた世界を閉じてしまう。

 死へ導く甘やかなルート。何て切ない誘惑だろうと思った。

 けれど、ここで輪郭を失うわけにはいかない。

 過ちと痛みが、戦う力に熱を注ぐ。

 決して容赦はしない。

 ――懐かしい剣持ってこなきゃよかった。1000人相手でも敗ける気しないじゃん。……なんてね!



                      into-survive 市警団showtime...! end.


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