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episode-1 キャッチライト


 明け方。ホテル上階の窓から、朝靄に覆われた市街地を見下ろす。

 目覚めていない街の静けさ。子どもたちが起き出す前に、路上の血痕をバケツの水で洗い落とす5人の衛生ボランティア。隣市にいた頃と、何ら変わり映えのしない情景だ。


 ふと思いつき、かげは徹夜の疲労を引きずりながら、バスルームの鏡の前でハサミを構えた。

「初日だしね。ゲーム面白くて1秒も寝てないけど爽やかにきめないとね」

 発売を控えた最新機コンプリスjのモニターに当選してしまったので、睡眠時間を奪われるのは運命だと思って割り切るしかない。

 ――俺のところに来てくれて本当にありがとう。生きて戻れたら今夜も不眠不休で頑張るからね!


 ハイテンションの糸を断ち切るように、「あ」と声が漏れる。コントローラを握り続けた指がおかしな動きをして、前髪の一部、ちょうど右目の上あたりを衝撃の短さに切り落としていた。

「……リセットボタンどこですか」

 残念ながら、伸びるまで引き籠っているわけにもいかない状況だ。本日からシティ・キアサ内にある市衛警護団の警士として『すべてをぶっ壊し隊』、通称『ぶっ壊』との攻防で、好感度を意識しながら活躍することになっている。

「警士名『影』。なのに全然影っぽくない前髪!」

 鏡の中の自分を笑うと、鏡に映った自分が、鏡に映っていない自分を同じ陽気さで笑い飛ばした。

「あーあ。やってしまった……。市警団で局所的ぱっつん前髪流行るといいけど」

 出発するにはまだ早い、中途半端な時刻。

 ――人間不便すぎる。魔法使いになったら時計操りたいな。

 ハサミを放り出してベッドに俯せると、夜を徹して最高のシナリオとともに架空の世界を駆け抜けた身体が一瞬で眠気に呑まれた。夢の入口に立っていても、左右の手からコントローラを握り締める感触が消えない。



 汗だくで扉を開け放つと、着席していた全員の顔が一斉にこちらを向いた。

「すみません、遅れました」大切なのは台詞ではなく、反省しているというオーラだ。「アラームはたぶん正常に鳴りましたし、病気でもありません。寝過ごした俺のせいです」

 間を置かず、制服姿の警士たちに何かを説明していた人物が冷たい靴音を立てて歩み寄ってきた。

 不覚にも、オープニング直後に強敵とエンカウントか。

 細身だが上背のある、軍人然とした若い男だ。胸元に留められた警尉の徽章とネームプレートが暗く輝いている。名はたかむら。このプレートは、裏面に本名とその読みが刻印されていて、そちらの方はたとえ仲間であっても、人目に晒してはいけないという不文律がある。

「お前が影か。ちょっと来い」表情は冷静だが、怒りのボルテージが高まっている声だ。

「は?」

「いいから来い」

 影は冗談めかして笑った。

「謝ったのにいきなり呼び出しですか。上に立つ人間が意味不明に機嫌悪いと誰を信じてついてけばいいのかわかりません。俺でよければ話聞きますけど? もしかして、恋人が『ぶっ壊』の男と浮気してるとか?」

 言ってしまった後で、さすがにまずかったかと緊張が走った刹那。

「貴様……!」

 視界が不自然に傾き、気がつくと壁に叩きつけられていた。

 顔から流れた血が生温く肌を伝い、痺れが引いて痛みが戻るまでに数秒かかった。

 猛烈に眩暈がする。影は口元に手を遣り、ふらりと立ち上がった。

「痛っ。あぁ、血出てるし。……こういうとき、しおらしく謝られるのと、殴ることないじゃないですかって不信感露わにされるの、どちらが好みですか? 好きな方を選んでください。合わせますよ? 今のは確かに俺が悪かったので」

 篁は表情を変えず、沈黙している。その様子から、感情的になってまずいことをしてしまったという後ろめたさのようなものを感じ取った。

 ここで遅れた理由を『不審な人物を見かけたので単独で追尾していた』、あるいは『少女の車椅子移動を手伝っていた』あたりにしておけばオーディエンスを味方にできるかもしれない。

 けれど、自分自身が仮面舞踏会で踊っている虚偽の塊のような人間なので、これ以上の嘘や偽りはキャパシティオーバーだ。そういった理由で、フェアでないことは緊急時以外しないと決めている。

 あちらも今更席に着けとは言いにくいらしく、無音の講義室にぎこちない沈黙が流れていた。

「俺が悪かったってことでいいじゃないですか」影は篁にやわらかく笑いかけた。「そんな気まずそうな顔しなくても大丈夫ですよ。同じ日に死ぬかもしれない仲間ですから、お互い些細なことは許し合いましょう。……俺は隣のシティの市警団で非行剞ひこうきと戦ってましたが、訳あってこちらに飛ばされました。本日からよろしくお願いします。……初対面からこんなことになってしまったので、篁さんはこの先ずっと俺のことを忘れられないでしょうね」

 歩み寄って手を握ると、篁の手の平が赤く汚れ、制服として着ている戦衣の袖にまで濃い色の血が及んだ。

「ああ、すみません」

「何のつもりだ。このシティからも消されたくなければいい加減にしろよ」

 彼は忌々しげに眉を寄せ、冷えた目をして言った。その言動から、信実のない人間だと烙印を押されたことがわかった。

「まあ、いいですよ。この怪我の傷口から未知のウイルスが侵入して、今夜から緑色の身体引きずって徘徊しちゃうかもしれませんけど。そうなると、生理的に受けつけない警士を殺す大義名分が立ちますね。ショットガンで頭撃ち抜いてください」

 血が止まらないので救護室へ行くと言い置き、そのまま振り返らずに通路へ出た。

 初日から最悪だ。

 爽然とした印象を振り撒いて警士の集団に溶け込む予定が、悪目立ちした上に負傷とは。



 ――完全に運気使い果たしたね。当選と引き換えに……。

 何だか心配なので、遊び途中のコンプリスjを耐火金庫にでも入れてくればよかったと後悔している。

 いつもそうだ。少しでも幸運に微笑まれると、実体のない『引き算大好鬼』が現れて、ささやかな喜びや嬉しさを帳消しにしていく。

 ――わかってるよ。デリシャス&ハッピーな毎日に浮かれてると、ちょっとした不幸で目の前真っ暗になるからね。ツイてないくらいがちょうどいいのかも。


 入り組んだ通路に迷いかけていたところ、親切な誰かにメディカルフロアへの行き方をレクチャーされ、何とか生き長らえた。もう、一滴の血も無駄にできない。

 最新設備の自動ドアに感動しながら足を踏み入れると、薬品の懐かしい匂いに包まれた。

 ちなみに手当はセルフサービスだ。どこのシティも経費削減のためなのか、こちらから呼ばない限り、敵隊との戦いが予想されるときにしか医療チームが現れない。

 備品棚とテーブルの他に、壁際に寄せたベッドが数台。清潔な印象で、寝心地もよさそうだ。

 ――篁さん、お元気ですか。俺は生きて理想郷に辿り着きましたよ。


 静かなので無人かと思ったが、一番奥の窓際に先客がいた。

 半分だけ仕切りのカーテンが引かれ、それが息をするようにふわりと風に揺れている。脚しか見えないが、身に着けている制服が膝の見えるスカートなので女子だろう。

 チャコールグレーの布地に、白と光沢のあるベージュで装飾された堅い印象のワンピース。男子のものも、形が異なるだけで配色はほぼ同じだ。火を近づけても燃えず、強力な撥水で雨を通さない。制服として平常時も着ているけれど、正式には戦闘装衣という。デザインは市民からの公募らしい。

 彼女の方も物音でこちらの存在に気づいただろうが、何の反応も示さない。

 ここは空気を読んで黙っていようと思う。


 脱脂綿を摘み取って消毒液に浸していると、不意に強い風が吹いてカーテンが翻り、先客の姿が露わになった。

 細長く折ったハンカチを目の上に載せ、寝台の頭側の柵に背を預けている。

 よく見ると、目元を覆う水色の布が濡れていて、彼女が人形のように、声を出さずに泣いているのがわかった。

 無音の空間で、遣る瀬のない感情の沈みだけが伝わってくる。

 ――誰だって泣きたい日くらいあるよね。

 不思議とまずい場面に出くわしたという苦さはなく、よくわからないが、期待せずに入った美術館で素敵な絵を見つけたような気分になった。

 傷ついて悲しんでいるとき、他人に慰めを求めずひとりで向き合おうとする心の在り方に惹かれたのかもしれない。


 手元の作業に集中できずにいると、思いがけずあちらの方からベッドを降りて近づいてきた。

「ごめんなさい。わたし……」と俯きがちな小さな声。目の周りに涙の余韻が残っている。黒目がちな瞳に澄んだ白い肌をしていて、久しぶりに女子という生きものから魔力と紙一重の清純さを感じた。

 大人しそうだが、真っ直ぐに立つ凛とした存在感があって、『可愛いじゃん』などと気軽にからかえる雰囲気ではない。本音を暴露すると、緊張するのであまり近づかないでほしいと思った。

「邪魔したね。俺の方こそごめん」

 こちらも控えめな声でそう言うと、ようやく彼女は顔を上げた。視線がぶつかった瞬間、怯えたように口元を強張らせる。

「それ、どうしたの? 血だらけよ! 大変……」

「いいんだ。傷は大したことないよ。敵が想像以上に強くてね」

「?」

 冗談だと気づいたようで、彼女も小さく笑った。ネームプレートには『ほのか』とあり、他と同じく漢字表記の隣にアルファベットが綴られている。左の襟から胸のポケットにかけて縫いつけられている徽章帯には、警士と書記のバッジ。

「強敵との戦いだったのね? わたしでよければ脱脂綿手伝うから。……ひとりで退屈だったの。とりあえずそこの椅子に座って」

「脱脂綿? ああ、ありがとう。泣いてた割に機嫌よさそうだね」

 彼女はうっすらと頬を赤くした。

「ちょっと心の疲れが……。ゆっくり充電してるのよ」と華奢な手の平を窓へ向ける。

「ソーラーなんだね」

 影は側の丸椅子に腰を下ろしてくるりと一回転する。

「俺、隣のシティから来たんだ。……この怪我、本当は遅刻の罰なのか知らないけど、篁という凶暴な男に殴られました。初日から命の危機だし。タカムーめ!」

 仄は消毒液を掴んだまま前屈みになって笑い出した。「篁さんね。知ってる」

「徹夜でゲームやってたからやばい時間に爆睡しちゃって。奇跡が起こって発売前のコンプリスj当たったんだ。現実に戻って来られてよかった……。エネルギー注ぎ過ぎて死ぬかと思った」

「面白いの? わたし、そういうの一度も触ったことないの」喋りながら彼女は作業を再開した。

「またここに来る? ロマンティック系もいろいろ持ってるから貸すよ」


 警士仄の手際のよい処置を何気なく目で追っていたが、いつの間にかさらさらと揺れ動く髪に視線が吸い寄せられていた。清廉潔白という言葉がふさわしい最高のストレートだ。

 品よく映る立ち振る舞いが遺伝子に組み込まれているようで、眼差しや話し方もやわらかく落ち着いている。勝手なイメージだけれど、何事にも控えめで、自己主張の苦手なタイプの人間だと思った。

 無意識に、人の役に立つことばかり考えている『リトルナース』の役を演り続けているとしたら、何だか可哀想だ。

 そして、やさしくしてくれそうな人間を見つけ出す探知機のような自分も、相当惨めで可哀想だ。


「書記は、」と彼女に声を掛けた。仄ちゃん、仄さん、呼び捨てで仄。どれも絶妙な照れと違和感が。なので、役職名で書記。

「え? わたしのこと?」仄は目を丸くして、自分を差した指をそのまま唇の下に当てる。「うん。書記って呼んでいい?」彼女の、知性的な佇まいと、あどけない仕草のミスマッチ。新しい女子の魅力に撹拌されそうだ。

「了解。あなたは影ね」と、首を傾けながら胸元のネームプレートを覗き込んでくる。

「書記は、系統で言うとどんな人が好き?」

 これは今後のために訊いておかなければ。

「自分と他人は別の生命体だと思ってる人、かな」

「独創的ですね。より深くマニアックにお願いします」

「ええと、……自然体で明るい人」

「OK。伝わったからもう大丈夫」

 仄の適切な処置で鼻血の流出が止まり、礼を言って立ち上がる。女子の献身的なやさしさが有り難く身に沁みた。

「スコードどっち? 俺は外周なんだけど。書記は外周? 中心?」

 グループが同じだと、今後一緒になることも多いはずだ。

「わたしも外周。記録係と兼任なの」

「だよね。書記だからね」成績もよく、願書の文字が美しかったという理由で選出されたのだろう。「『ぶっ壊』との戦闘記録は任せたよ。後から見て面白くなるような文体でよろしく」

「そんな、無理よ。お願いだからプレッシャーかけないで。毎回緊張してるのに」


 壁際に身長測定器を見つけたので、自分の長さを調べてみた。あと2.5cmで1.8m。これはもう、牛乳を毎日吐きそうになるまで飲むしかない。

「あのさ、言いたくなかったら言わなくていいんだけど、どうして市警団に?」

 仄はすぐに口を開いた。予め、その問いに対する答えを決めていたのだろう。

「わたしなりに考えて、少しでも人の役に立った方がいいと思って。命懸けの奉仕活動よ」

 冗談めかして警礼の所作をした彼女の指が真っ直ぐに空の方へ伸びていて、とてもきれいだった。



 仄が救護室内のテーブルで記録のまとめを作ると言うので、適当なベッドに横たわった。

 ――う、……。胸が苦しいです、助けて……。

 この市警団を居心地のよい場所にできたらいいな、と思っていたはずなのに、出だしから失敗してしまった。今更、篁を含めた面々に『自分を消すのが得意なので余裕ありげな人格を装いました』と告知するわけにもいかず、大変気まずい。


 ――少し寝よう。

 身体の向きを変えると、首元の鎖が音を立てずにシーツの上へ流れていく。

 そのときになって初めて、自分の胸元から思い入れのあるペンダントが消えていることに気づいた。全身から血の気が引く。

「書記。悪いんだけど、その辺にジュエリーらしきもの落ちてない? 先の部分だけ」

 彼女は椅子から立ち上がり、辺りを見回した。

「ここにはないみたい。どこか別の場所で……」

 おそらく篁に殴られた衝撃で吹き飛ばされたのだ。

「やばいな。これじゃ戦えない」

「大切なものなの?」

「〈自由人じゆうじん〉で買ったやつ。ちょっとした気まぐれでね」

「えっ。もったいない、探さないと」

 素早く筆記具を片づけ、部屋を出ようとする仄を引き留めかけた瞬間、スピーカーにノイズが走る。召集のアナウンスだ。『すべてをぶっ壊し隊』が動き出したのだろう。

〈自由人〉探しは打ち切りだ。

「ぶっ壊から挑撥状来たのかな? 早速だね」

 仄が緊迫した表情で頷いた。「わたしたちは講堂Ⅱよ。案内するわ。ついてきて」



 進攻戦議はすぐに解散となった。

 警士に与えられる武器はふたつ。棒状で、尖った槍の先端と、その手前に斧の形をした刃物が取りつけられているハルバード。自殺に使うにも頼りない低威力の小銃。何度か味方が被弾するという事故が起き、一撃必殺の最新型リボルバーは全シティの市警団で使用禁止の措置が取られた。

 影は仄に導かれ、武器の保管庫へ移動する。開始は夜だが、それまでに必要なことを教えてくれるという。

 隣を歩く仄を見て、彼女の戦いぶりを想像してみる。細い手でハルバードを握り、軽く片方の足を引いた女子の立ち姿が最高だと、前のシティでこれまでもよく話題に上っていた。確かにあの、敵を前にした険しい表情と、右か左のどちらかに捻られたウエストの線が美しい。

「書記、意外と強かったりして」

「全然。力もないし鈍いから、足手まといにならないように気をつけてるの」

 物言いは謙虚だが、走るのが遅いと採用されないので、見かけより俊敏なのだろうということにしておいた。


 外周の担当は30名程で、中心の方は約50名の編成だと聞いている。

 今宵の舞台は、先日オープンしたばかりの巨大な家具店。演目は実弾を使ったシューティングゲームだ。

「ねえ、その絆創膏」仄が不意に言う。

「これ?」と左手首の内側、親指のつけ根を表に向けた。

「珍しい柄ね。外国語でしょう? 何て書いてあるの?」

「“このままでは死んでしまう……!”だったと思う。ユーモアとシビアの架け橋みたいなセンス! 感動して大人買いしちゃった。よければ書記にもあげるよ」

「本当? 嬉しい!」


 歴市ファイルを何度読んでもわからないことがある。『すべてをぶっ壊したい』の創始者は誰なのか。一体何の目的で仲間を集い、鉄槌の会と称した殺傷沙汰を繰り返すのか。

 市警団から、要求は何だと問いかける。返事はなく、次の会の案内が届く。

 このシティから出て行けと警告する。お前らが出て行けと次の会の案内が届く。

 市警団の警士が敵隊の誰かを殺す。次の会の案内には、『死刑団の皆さまへ』と宛名があり、児童生徒を標的にした殺戮行為を計画中だと書かれている。

 もう二度と貴様らの挑発には応じないと宣言する。返事はなく、布に包まれた警士の遺体とともに、次の会の案内が届く。


 奴らは残虐を楽しむ仲間を集め、徹底的に行動を起こす。理由も、目的も、ひと欠片の良心さえも持たない退屈フォビアの集合体。悪しき隊員は無限に増殖し、隊長にあたる人物を始末しない限り鉄槌の会は存続される。

 ――前のシティの非行剞よりだいぶ強そうだな。コントローラ握れないと困るから指怪我しないように気をつけないと。


 これまでに何度も仲間の犠牲に打ち拉がれたし、穴だらけの奇襲計画に失敗して深手を負いかけたこともある。けれど、たとえば交戦中に敵のナイフの切っ先が首筋を掠めたとしても、自分が死ぬという危機感を抱いたことが一度もない。

 幸せな人々は命を大切に扱うと知ったとき、自分たちは、くだらない奴らと血だらけになって戦うのに最も都合のよい存在だと思った。

 街灯に照らされた路地を駆け抜け、夜気を切り裂くように武器を振り回す解放感が心地よく身体に沁みる。惨い血溜まりを踏んで帰路に着いても、ひと晩明ければ忘れられる。当然、命を懸けた攻防に躊躇がない。死に近づくほど針の振れる最高のスリル。戦う理由など曖昧で構わない。それはあちらも同じだろうか。

 仄のように、誰かのために、と言えないところが辛い。


 死んだ人間は生き返らないし、流れ出た血は二度と戻らない。

 そして、自分のように何かが欠けて不安定な人間さえも、初めから存在しなかったことにはできない。

 不可逆と不幸はいつもイコール。

 ――市警団もぶっ壊も、みんな大人しく部屋で好きなことやってれば誰も痛い思いしなくて済むのにね。


 釈然としないことばかりで夜の奥深くへ逃げたくなったとしても、何が起きるかシークレットな明日を楽しむために、生きて今日を終えるしかない。



ep, 1 end.


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