二章/初めての対戦
人生初めての告白をした翌日。登校したみくるはカバンを自分の机に置くと、友人たちとの挨拶もそこそこに昇の席へ向かった。
昇の机は廊下側の一番後ろにある。彼は今日も難しい顔をしていた。きっとモンコレのことでも考えているのだろう。
みくるは少し強めに両手を彼の机の上に置き、まずは視線をこちらに向けさせる。
「なんだ」
「私、モンコレのこと調べてきたんだけど」
彼女は昨日、家に帰るとパソコンを使ってモンコレを調べていた。そしてモンコレがカードゲームだと知った瞬間、彼女の中で眠っていた闘争心が目を覚ました。いまや携帯サイトではカードゲームの文字を見ない日はないし、実際、彼女も何個か手を出してきた。しかしあくまで暇つぶしの手段であり、それを理由に振られたなんて、とてもじゃないが納得できなかったのだ。
「ほう。それで、デックでも作ってきたのか」
「そんなの昨日の今日で作れるわけないじゃん。そもそも私カード持ってないし。でもルールだけなら完璧に覚えてきたけどね」
デックとはゲームで使う五○枚のカードの束だ。UNOやトランプなどと違い、各プレイヤーが事前に数百種類のカード群から五○枚を選び、用意しておく必要がある。
たとえばモンコレのことを調べられるかぎり調べて全部覚えれば、昇も本気だと信じてくれるのではないか。いや、信じさせてやる。そんな突拍子もないことを考えたみくるは、まず公式サイトで基本的なルールを読み、一日で完璧に覚えてきた。なので昨日は分からなかった言葉の意味も、今なら分かる。
「デックの意味くらいは分かるか」
「本気で調べてきましたから」
「なら、モンコレがどういうゲームか言ってみてくれ」
「二人のプレイヤーがカード五○枚で構築したデックを持ち寄って一対一で戦う対戦型カードゲーム。で、いいんでしょ」
公式サイトの『初めての方へ』に書かれていたことを思い出し、答える。
「ゲームの終了条件は」
「ユニットが敵軍本陣へと進軍を成功させた場合。または互いの山札がなくなった次のターンでゲームは終了」
みくるは腰に手を当て自信満々に言い切り、昇を得意げな表情で見下ろした。
と――
「そうそう、他のカードゲームはライフポイントを削りあうのが多いけど、モンコレは地形を取り合うゲームなんだよね。んで、最終的には敵軍本陣に進軍を成功させないといけないと。どれほど強いユニットがいたって、それ一枚じゃ自軍本陣を守りながら敵軍本陣を攻めることはできない。そういう陣取り合戦的な部分がモンコレの面白いところだよね」
突然、一人の女子生徒が話しに割り込んできた。背の低いショートカットの女の子だ。同じクラスではない。少し幼い印象を受けるが、制服のリボンはみくると同じ色だった。
「わたし、桜井青葉。あなたは……」
「堀井みくるです」
「みくるちゃんもモンコレやるの」
青葉が大きな目をキラキラと輝かせて見つめてくる。みくるはそれだけで(ああ、この子もモンコレが大好きなんだな)と一発で理解した。
「一応、ルールは完璧に覚えたけど……」
「堀井はやらないよ。分かったら青葉は自分のクラスに戻れ」
「えー、ホームルーム前なんだから別にいいじゃん。てか、ルール覚えたならやろうよ。絶対に楽しいから、モンコレ」
「うん。やるよ。最初からそのつもりだったし」
「おっけー。そうこなくっちゃ」
本当は実際に遊ぶつもりなどなかった。ただ、昇がやらないと決め付けたことでみくるは逆にやる気になってしまった。まあ、ルールを覚えた程度では本気だと認めるつもりはないようだし、ここはカードを買ってやってみるしかない。ついでにボコボコにして後悔させてやる。そう彼女は思っていた。
「さっそくだけど、みくるちゃんって部活とかバイトってしてる?」
「なにもしてないよ。友達はみんな部活入ってるから、放課後はいつもすぐ帰っちゃうかな」
「だったら今日の放課後はC棟の一七号室に来てよ。わたし達、いつもそこで遊んでるからさ」
「分かった。絶対行くね」
それからしばらく、青葉はモンコレイヤーが増えた喜びを語り続けた。そして予鈴が鳴ると彼女は満面の笑みを浮かべて教室から去っていった。
みくるは自分の席に戻る前に一つだけ昇に聞く。
「なにか理由があって秘密にしてるんなら誰にも言わないから教えて欲しいんだけどさ。室岡くん、実は桜井さんと付き合ってたりなんてことはないよね」
昇が青葉と下の名前で彼女を呼んだのがみくるは気になっていたのだ。流石に奪い取りたいほど本気かと聞かれれば、即答できるほどの覚悟はまだない。
「あいつはただの幼馴染だ。悪い奴じゃないし、プレイヤーとしても優秀だが……まあ彼女にしたいとは思わないな」
「どうして? 桜井さん、結構かわいかったと思うけど」
「重要なのは中身だろ」
「……まあ、そうだよね」
昇の答えにみくるは普通に感心してしまった。ありふれた言葉だが、それなりに容姿に自信がある自分を振った男が言ったとなれば重さも違ってくる。
「それにあいつは攻められたくないタイミングを恐ろしい精度で見破って進軍してくるような奴だぞ? 逆にこっちがなにか読もうと頑張っても、まったく読めん。そんな奴と付き合えるわけがない」
みくるの通う学校には文化系の部室が集まる棟がある。これは当然全校生徒が知っている。しかし現在、文化部の数は部室の数を大幅に下回っており、正式な手続きさえ踏めば部員二人の愛好会でも簡単に部室が手に入る状況というのはあまり知られていない。
放課後、みくるはその日も簡単にメイクを済ませてから二人が待つ部室へと向かっていた。
「ここか」
扉の上のプレートを確認し、みくるはコンコンと二回ノックする。
すぐさま返ってくる「どうぞー」という元気な声。
中は机が二つに小さな本棚が一つだけ置いてある殺風景な部屋だった。本棚に並んでいるのはやはりモンコレの本だろうか。本のほかには小さな黒い箱が一つ置いてある。
今はどうやら試合中のようだ。みくるが部屋に入ったとき、二人は机にカードを並べ、真剣な表情で向かい合っていた。
「ベルゼブブが百戦王に冥葬刃。対抗ある?」
「……対抗ナシだ」
そう言って昇は左手に持っていたカードを力なく机に投げる。次に彼はポケットから手帳を取り出し、なにかを書き足した。
「終わったの?」
「うん。わたしの勝ちー」
青葉が嬉しそうにグッと親指を立てる。
「昇くん、今のでわたしの虫デックって何勝目?」
手帳を眺め、昇が答える。
「対ケンタなら三八。全部あわせてなら……ちょうど一○○勝だな」
「どんだけやってるのよ……」
みくるは手帳の中を覗いてみる。そこに書かれたおびただしい数の正の字に、彼女は呆れを通り越し軽く狂気すら感じた。
「てか、偉そうに青春とか言ってたわりに、結構負けてるんじゃん」
「モンコレはゲームなんだ。パズルに答えはあるが、ゲームには絶対の答えも必勝法もない。だからいくら良い選択をし続けても、負ける時は負ける。それに俺は自分をモンコレマスターなどと言った覚えはない。パズルは得意だが、ゲームはむしろ苦手なほうだ」
「ふーん。まあ、よくわかんないけど、そんなに強くはないってことでしょ。案外、私と同じくらいなんじゃないの?」
「……本気で言ってるのか」
「もちろん。私はいつだって本気だし」
「そこまで言うなら試してみるか? まあ、あまりお勧めはしないが」
みくると昇は互いに挑発的な笑みを浮かべてにらみ合う。
「おおー。いいねーいいねー、やろうやろう。ささ、どうぞこちらに。デックはこれを使いなされ」
青葉がぴょこんと椅子から立ちあがり、今まさに使っていたデックを手渡してくる。それを受け取りつつみくるは一旦席につくと、彼女に聞いた。
「このデック、強いの?」
「おうよ。ちょー強いよ。最強だぜ」
「わかった。ちょっと借りるね。さてと……そういえば、プレイマットは?」
今さら、みくるは机になにも敷かれていないことに気がついた。
「公式サイトには必要って書いてあるけど、まあデックとダイスさえあればマットはなくてもできるし、わたしたちはほとんど使ってないんだよねぇ。ただ、あったほうが雰囲気もでるし、分かりやすいから使おうか。あー、そうだ。久々にアレ使おう」
青葉は本棚に置かれた黒い箱から布を取り出し、机に広げる。布には六芒星と3×4マスの戦場が書いてある。
「なんかこれ、ここに『MONSTER COLLECTION 2』って書いてあるけど、いいの?」
「モンコレもかれこれ一○年以上も続いてるからね。公式には普通にモンコレって呼ばれてるけど、もし2以降も節目ごとにナンバリングを増やしていけば、今は4か5ってところなわけですよ。で、これは約一○年モノの骨董品というね。まあ昔からカードの置く場所は変わってないし、なにも問題はないよ」
「それとも一ターンの流れが書いてある『初心者用』のプレイマットのほうがいいか?」
「これで大丈夫だから。私、ルールは完璧に覚えてきたし」
暗記は本当に人並み以上にできる自信があったので、ルールを覚えてきたというのは本当だ。ただ、ルールとは別に、みくるは少しだけ不安を覚える。
(一○年以上続いてるって、いったい二人は何年やってるんだろう)
まさかそれほど歴史があるとは知らなかった。二人とも最初からやっているとしたら年季が違いすぎる。
(……でもまあ、何回かやればなんとかなるかな)
そう思ったのはゲームが得意だからではない。むしろみくるはゲームが苦手だった。しかし昇も得意とは言っていない。それに所詮は遊びだ。日々の積み重ねが重要なスポーツなどとは違う。だったらまぐれで運よく勝つこともあるだろう。なにより今から使うのは青葉が最強と言ったデックだ。負けるはずがない。――と、この時の彼女は、まだモンコレを完全に舐めていた。
「じゃ、始めますか。まずは……シャッフルからね」
「待て。最初にデックをシャッフルするのはあっているが、まずは自分が使うデックの内容を確認しろ。それが終わったら俺が使うデックも確認してくれ。勝負の結果は分かりきってるが、それでもできるだけ公平に戦いたい」
「自分が使うデックを確認するのはいいとしても、そっちのデックの内容まで確認しちゃっていいの?」
「問題ない。普通は相手が使うデックの内容を確認するなんてありえないが、俺は蟲デックと一○○戦以上して内容を完璧に覚えてるからな。俺だけ相手の情報を完全に知ってたんじゃ不公平だろ」
デックを表にして持つと、みくるは内容を確認していく。ただし確認するといってもカードに書かれていることすべてを確認していては時間がかかる。なのでカード名だけ分かるようにずらしていき、なにが何枚入っているかだけ覚える。次に昇のデックも同様に確認していく。
「確認したから分かると思うが、この試合のレギュレーションはブランニューで行くぞ。じゃ、シャッフルを始めてくれ」
みくるは普通にトランプを混ぜるようにカードをシャッフルする。それに対して昇はカードを机に八枚並べ、九枚目以降は一枚目の上に、一○枚目は二枚目の上に……と、並べていく。
「それ、なんかのおまじない?」
「ああするとよく混ざるんだよ。手札が事故る――カードが偏るとまずいから、みくるちゃんも真似するといいよ」
「おっけー」
アドバイスに従いみくるも机にカードを並べていく。
「にしてもそっちのカードカバー、ずいぶん味気なくない?」
かわいい女の子が描かれたみくるのスリーブとは対照的に、昇の使っているスリーブは無地の緑というシンプルなものだった。
「大切なのは中身だからな。さて、次はどうするんだ?」
「デックを交換して相手のデックも軽くシャッフル。それから山札の一番上のカードを裏向きで本陣として戦場に配置して、手札を六枚引く。でしょ」
もちろん本陣を配置する場所は決まっており、3×4の戦場を電話のボタンに見立てたとき、自分は0、相手は2の場所に配置する。0の本陣にユニットを召喚し、8、5、と進んで2の敵軍本陣へ進軍を成功させることができればゲームは終了だ。
先攻後攻はダイスで決める。みくるが5、昇が3を出し、彼女の先行で勝負は始まった。
(さて、どれを召喚しようかな)
後攻が不利にならないよう、先攻の一ターン目は行動が制限されている。先攻ができるのはユニットの召喚と第二手札調整だけだ。
(えーと、確かユニットを召喚できるのは基本的に本陣だけで、本陣を含むすべての地形にはリミットがあって――)
みくるは悩むフリをしつつ昨日必死に覚えたルールを頭の中で思い出す。本当は声に出して確認したいが、少しでも隙を見せたくなかったのであくまで頭の中で。
(すべてのユニットにもレベルがあって、地形のリミットを越えなければ一つの地形上に二体以上のユニットが同時に存在できる。……うん、これで間違いないはず)
現在、みくるの手札には五枚のユニットカードがあった。彼女はその中の一枚、レベル表示の横に王冠が描かれたカードに注目する。
(甲殻王ヘラクレス――)
それは英雄カードと呼ばれるもので、戦場に同名のユニットは一体(敵軍の同名ユニットは除く)しか存在できないユニットだった。また召喚する際には王冠の中に書かれた数字(これを英雄点と呼ぶ)の枚数だけ山札を上から捨てなくてはならない。しかし召喚に制限や代償を伴う分、英雄カードはデックの中心となるカードでもある。
(レベル6で攻撃力と防御力が7か。進軍タイプが飛行ってことは歩行と違って斜めにも移動できるんだっけ。で、持ってる特殊能力は●斑模様の甲殻と□すくいあげの二つと)
●斑模様の甲殻は戦闘で後攻になると攻撃力と防御力の両方を+2ずつアップさせる能力だ。そしてもう一つの□すくいあげ。こちらは戦闘中、敵軍ユニット一体にヘラクレスの攻撃力分のダメージを与えることができるというものだ。その際、追加のコストとして種族インセクトを一枚、手札から捨てる必要がある。
(確か●マークの特殊能力は条件が揃えば自動的に発動するけど□マークの特殊能力は使用を宣言する必要があるんだよね。あと□マークの特殊能力を使ったユニットは行動完了状態になるから攻撃はできなくなって、逆に攻撃しても行動完了しちゃうからその戦闘中は□マークの特集能力が使えなくなると)
はたしてこのカードは強いのか。テキストを読んだところで初心者のみくるには判断できなかったが――
(ま、とりあえず最初はこれでいっかな。なんかキラキラしてて強そうだし)
イラストもカッコいいし、弱いわけがない。暇つぶしに携帯サイトのカードゲームを何個もやってきた彼女は直感でそう判断する。
本陣のリミットは10だ。みくるはレベル6の甲殻王ヘラクレス、そしてもう一体レベル4のゴールデン・シザースを召喚する。ヘラクレスの英雄点は1で捨てられたカードはサンド・カーテンだった。
普通召喚フェイズの次は第二手札調整だ。プレイヤーは自軍ターンの最初と最後、いらないカードを捨て、山札から新たに手札が六枚になるようカードを引くことができる。
(まだ始まったばっかりだし、とりあえず二枚引くだけでいいかな)
みくるはカードを二枚引いてターンを終了する。ちなみに引いたカードは二枚ともユニットカードだった。
昇の一ターン目。彼はまず第一手札調整フェイズで滅びの粉塵を捨て、カードを一枚引く。
手札調整の次はメインフェイズだ。メインフェイズでは地形の設置と張替え、同一地形上での装備品の持ち替え、自軍ユニットの移動という三つの行動を好きな順番で可能なかぎり何度でも行うことができる。ただし自軍ユニットを移動させたい地形に敵軍ユニットがいた場合は戦闘になり、敵軍を全滅させなければその地形に進むことはできない。
メインフェイズが終わると普通召喚フェイズとなる。ユニットに装備品を持たせるのもこのタイミングで行う。普通召喚フェイズが終わると最後に第二手札調整と続き、ターン終了だ。昇は本陣前の空き地に地形/蒼天の護法陣を設置。次に3レベルのユニットを二体、2レベルのユニットを一体、本陣に召喚。第二手札調整はなにも捨てず、カードを四枚引いてターンを終了した。
みくるの二ターン目。この時、彼女の手札はユニットが五枚に戦闘スペルが一枚という内容だった。
(ヘラクレスを前に移動させたいけど、地形の置かれていない空き地にユニットを移動させることができないから……。まあ代理地形を置けばいいかな)
代理地形とはなんの効果も持たないリミット8の地形だ。プレイヤーは一ターンに一枚だけ山札の一番上のカードを裏向きで配置することにより、それを代理の地形とすることができた。
自軍本陣前に代理地形を設置したみくるはヘラクレスをそこに移動させ、次に隙間ができた本陣にレベル2のユニットを三体召喚。最後にカードを三枚引いてターンを終了する。
「あ……」
「どうかしたか?」
「別に。なんでもないから」
そう答えると、みくるは引いてきたカードの一枚――冥界の貴公子ベルゼブブにあらためて注目する。
(このカードもキラキラしてる。……って、レベル8で攻撃力9ってやばくない? あ、でも防御力は6なんだ。えーと特殊能力は二つで、◎霊魂の武装と◎冥葬刃ね。確か◎マークの特殊能力はコストさえ払えれば何回使ってもいいんだっけ。◎霊魂の武装のコストは種族インセクトかデーモンのカードで、効果は防御力を+1Dと。1Dは一個のダイスを振って出た数のことだから……つまりは手札から虫か悪魔を捨てるごとに防御力がどんどん上がっていくってことか。ふーん、さすがは貴公子って感じかな)
などと彼女が思っている間に昇は先ほど召喚したユニットをすべて蒼天の護法陣に移動させ、本陣にはレベル5のユニットを一体召喚。護法陣は配置したプレイヤーが対応する属性のユニットで支配すると手札の上限枚数が+1される地形であり、彼はその効果によりカードを二枚引いてターンを終了する。
「そっちのターンだぞ」
「んー……」
適当に返事をして、みくるは自分の手札から戦場へと視線を移し、状況を確認する。敵軍はヘラクレスの前まで迫っており、早ければこのターン、戦闘が起こるという状況だった。
(クローヴィスの伝令兵と風使い、それにゴブリン路上誘拐団の三体か。うーん、みるからに雑魚っぽい名前だな)
こんなキラキラしていない低レベルユニットが群れたところでヘラクレスの敵ではない。と、みくるはカードのテキストをじっくりと読み込むこともせず、愚かにもそう判断してしまう。
「さてと、それじゃ初戦闘といきますか」
「ヘラクレスが前に進軍するのか? あまりお勧めはしないが、即時召喚はあるか」
戦闘が発生する移動を宣言し、戦闘が始まる直前。双方のプレイヤーはレベルの数字が黒字に白抜きで描かれたユニットをその場に召喚し、戦闘に加えることができる。その際、移動先の地形のリミットは守らなければならない。現在みくるは4レベルの即時召喚可能なユニットを手札に持っていた。しかし移動先のリミットが8であるため召喚はできない。
「私のほうはとくにないけど。室岡くんもリミットいっぱいだからないでしょ」
「確かにユニットはいないが、装備がある」
装備品はユニットに能力を付加させるアイテムカードだ。誰にでも装備させられるわけではなく、装備させたいユニットがアイテム■の常備能力を持っていなければならない。そして■枠を持つユニットはそれを消費することで装備品を持つことができた。
「伝令兵に無限のローラーを装備させて、隊列は――路上誘拐が一番下か」
即時召喚と隊列の変更。この二つは攻め込んだほうが先にどうするか決め、守備側は相手の出方を見てから決めることができる。そして双方の隊列が決まると、次にダイスを振り(これをイニシアチブ決定ダイスという)先攻後攻を決める。みくるが攻めたからといって彼女が先に攻撃できるわけではないのだ。
「うりゃ。……お、6だ。そっちは2だから私が先攻か」
「いや、先攻はこっちだ」
「え? どうして」
昇はカード名だけ分かるように重ねてあったカードを横にずらし、指で示す。
「こっちは伝令兵と風使い、それと無限のローラーで合わせてイニシアチブが+5もあるんだぞ。あきらかにこっちが先攻だろ」
「……ならそっちが先攻でいけど。隠してたなんてずるくない?」
「隠してもないし、ずるくもない。山札の枚数。手札の枚数。捨て山の内容。場の状況。これらはすべて公開情報なんだ。本気で地形を陥落させるつもりがあるなら相手に説明される前に理解しておくのは当然だろ。あと、ルールが完璧ならイニシアチブは説明しなくてもいいよな」
イニシアチブも常備能力の一つで、イニシアチブ決定ダイスにプラスまたはマイナスし、戦闘の主導権を取りやすくする能力だ。基本的に戦闘では先攻が有利である。ただし後攻になればステータスの上がるヘラクレスのようなユニットもいるため、必ずしもそうだとは言い切れない。
常備能力はこのほかにチャージ、ディフェンダー、スペル、耐性/Xなどがある。チャージは先攻、ディフェンダーは後攻のときに攻撃力がプラスされる能力で、スペルは戦闘スペルを使用するときに消費する枠だ。そして耐性/Xはその名の通りの能力で、たとえばイフリートは耐性/火炎を持っているので火炎属性のダメージでは死亡しないといった感じだ。常備能力は特殊能力のような派手さはないが、だからといって無視はできない重要な要素だった。
「昇くん、ちょっと厳しすぎじゃないかな。確かに見えてる情報をすべて理解しておくのは基本だけどさ、みくるちゃんは初心者なんだし、もう少し優しく教えてあげてもいいんじゃないかな」
「本人が優しく教えられるのを望むならいくらでもそうしてやるさ。ここまでのプレイングを見れば、素質がないのも分かったしな」
この完全に格下扱いする昇の発言がみくるのプライドに火をつける。
「私はこのままで全然かまわないけど。桜井さんも別にアドバイスとかしてくれなくて大丈夫だから」
「だそうだ。さて、なら俺はまず普通タイミングで路上誘拐がヘラクレスに□落とし穴を使用する」
そう言って昇はダイスを振る。出た目は3だった。
「ダメージは13点だ」
「ちょっ! そんなにダメージ出るの?」
「路上誘拐が道の上で□落とし穴を使うんだからそれくらい出て当然だろ。というか、試合を始める前にデックの内容はすべて確認したはずだから、それほど驚く必要もないと思うが。まさか『本気』と言っておきながら、カード名だけ確認して内容までは見なかった――なんてことはないよな」
(……やられた)
昇の言う通り、内容まで確認しておけば驚くことはない。きっと彼は遠回しに「お前の言う本気はその程度なんだろ」と言っているのだ。
ここでカード名しか見ていなかったことを認めれば、それは同時に自分の本気という言葉が軽いことを認めてしまうことになる。さっきの本気と告白したときの本気は違うなんて言い訳は、たぶん許されないだろう。
「ちょっと忘れてただけだし」
みくるは安易に本気という言葉を使ってしまったことに後悔しつつ、嘘をついた。
「ならもう一度確認してくれ。対象/敵軍ユニット1体。対象に地震/1Dダメージ。対象が『タイプ/道』の地形に存在する場合、ダメージ+10する。間違いなくそう書いてあるな。そしてローラーの効果で今ここはタイプ/道だ」
みくるは自分の目で路上誘拐団と無限のローラーのテキストを確認する。
「……確かに。てか、そのカード強すぎない?」
「普通タイミングでしか使えないし、タイプ/道の上じゃなければ地震1Dのダメージでしかない。強すぎるってことはないだろ。それより、対抗はあるか」
「当然」
このままでは後攻で防御力が9になったヘラクレスは倒され、捨て山行きだ。しかしみくるにはその運命を覆す手段があった。彼女は手札から種族/インセクトのカードを捨てると勝ち誇った声で宣言する。
「対抗。路上誘拐団にヘラクレスの□すくいあげ」
特殊能力、アイテム、戦闘スペル。これら三つは個別に使用を宣言できるタイミングが表記されている。そしてカードに[対抗]と書かれていれば、そのカードは相手の行動に割り込んで使用の宣言をすることができるのだ。
「これでヘラクレスの□すくいあげが先に決まるから、路上誘拐団は死んで□落とし穴の効果は発動しない。でしょ」
「俺が□すくいあげに対抗しなければそれで間違いない。俺は路上誘拐の■枠を消費して消耗品/封印の札を使い、特殊能力の効果を打ち消す。そっちが対抗するとしたらあとは戦闘スペルが一回だけだが、どうするんだ」
そう、対抗で使用の宣言をした効果にもまた対抗の宣言ができた。こうして対抗が続くことを対抗連鎖という。相手の宣言だけでなく自分の宣言に対しても対抗が可能であり、そうすることで完成するコンボも存在する。
「えーと、ちょっと待ってね」
ここで対抗連鎖を終了してしまうとヘラクレスが倒されてしまう。みくるは手札に一枚だけあったスペルカード、サンド・カーテンのテキストを今さら読み始める。
(コストは土のスペル枠を一つで、対象は自軍ユニット一体か。で、効果は対象の防御力+2、または耐性/任意のダメージ属性1つを付与する、と。ヘラクレスはなんでも使える*マークのスペル枠を一つ持ってるからこれも使えるけど、防御力を+2しても意味ないし。……あっ、でも□落とし穴って確か――)
あらためて路上誘拐団のテキストを確認し、みくるはニヤリとほくそ笑む。
「対抗、サンド・カーテン。私はこれでヘラクレスに耐性/地震を付ける」
これで路上誘拐団が倒せなくてもヘラクレスが□落とし穴で死ぬことはなくなった。
「……それ、使うのか。今なら取り消してもいいぞ」
「お断りします。取り消したらヘラクレス死んじゃうじゃん。それより対抗はあるの?」
これ以上対抗されたら、みくるに対抗し返す手段はない。彼女は少しだけドキドキしながら昇の言葉を待つ。
「対抗ナシだ」
「おっけー。じゃ、解決しましょうか。まずサンド・カーテンで耐性が付いて、次に封印の札で□すくいあげが打ち消される。最後にヘラクレスが□落とし穴を喰らうけど耐性が付いてるから生きると。これで間違いないでしょ」
「その通りだが、結局伝令兵と風使いの攻撃でヘラクレスは死ぬぞ」
「……え?」
しっかり三秒固まってから、みくるはゆっくりと視線を落とし、伝令兵と風使いの攻撃力、そしてヘラクレスの防御力を声に出して確認する。
「えっと、ヘラクレスの防御力は9で、防御力以下のダメージはいくら食らっても意味はないでしょ。そっちは二体とも攻撃力は2で、無限のローラーの攻撃力+1を足しても合計攻撃力は5でしょ。やっぱり死なな…………あ」
言いながら、彼女は気付いてしまった。伝令兵と風使い、その両方がチャージ+2を持っているということに。
「チャージ+2を持っていることでこっちの合計攻撃力はぴったり9だ。どうせ死ぬ運命なら手札を消費せずに潔く死ぬべきだったな」
昇はみくるのヘラクレスを手に取ると捨て山に移動させる。あっさりと、勝利の喜びを微塵も感じさせない軽い手つきで。
予想以上にあっけなく討ち取られてしまったヘラクレスを見下ろし、みくるはつぶやく。
「あんな雑魚っぽい奴らにレベル6のヘラクレスが負けた……」
イラストの綺麗さ=カードの強さというゲームしか知らなかった彼女にとって、ヘラクレスが負けたのは本当に予想外だった。
「まあ、当然の結果だな。モンコレはレベルの高いユニットが一体いれば勝てるようなゲームじゃないんだ。自分の選択と発言が場にどんな変化をもたらすのか常に考えろ。青葉は直感でプレイしている感じだが、それでも堀井より考えてるぞ。今からでもアドバイスしてもらったらどうだ」
「……必要ない」
みくるもアドバイスしてもらったほうがいいのは分かっている。しかし先ほどアドバイスはいらないと言ってしまった。良くも悪くも頑固者なのが堀井みくるという人物であり、舌の根も乾かぬうちに自分の発言を覆すことなど彼女にはできなかった。
「必要ないか。なら今からでも頑張るんだな。ただし、モンコレは一つのミスが形勢を大きく左右する収束系のゲームだ。とくに無駄に消費したサンド・カーテンの代償は小さくないぞ。それでもまだ勝ちを目指すなら、とりあえず本陣斜め前にも代理地形を配置して本陣のリュカを飛ばせ。残ったゴールデン・シザースとティンカーベル二体は手札にスペルが多いならそのまま前に、ないならリュカと同じところに飛ばせ」
「それ、結局アドバイスしてくれてるの?」
「……ただの独り言だ」
どうやら意識してアドバイスをしていたわけではないようだ。みくるが昇に視線を向けると彼はスッと視線をそらした。表情はムッスリとしたままだったせいもあり、それほどかわいい仕草とは思えない。が、彼女の中に芽生えかけていた憎しみはこれでスッキリと消えていた。
「昇くん、口は悪いけど案外おせっかいだからねぇ」
「どうでもいいだろ。それより、まだそっちのターンなんだ。早くなにかしてくれ」
ごまかすように昇が言う。
憎しみがなくなったとはいえ、闘争心は熱く燃えたままだ。みくるは結局アドバイスを無視し、代理地形は置かなかった。ゴールデン・シザースとティンカーベル二体を前に移動させ、本陣にベルゼブブを召喚してターンを終了させる。
「ベルゼが来たか……」
ぼそりとつぶやき、昇が舌打ちする。
「これ、やっぱり強いんだ」
「間違いなくそのデックのキーカードだな。まあ、だからといってそれ一枚あれば勝てるほどモンコレは甘くないさ」
昇の三ターン目。手札を二枚補助して、風使いが前に進軍。即時召喚でクローヴィスの新兵、鉄砲蟲、ゼピュロスの三体を召喚。対ヘラクレス戦のパーティーと比べてイニシアチブは一つ減って+4だったが問題なく先攻を取ると、彼は合計攻撃力9でみくるのパーティを攻撃した。
「なんか、そっち速すぎない? 毎回戦闘でそっちから先に攻撃されたら流石に勝てる気がしないんだけど」
イニシアチブ決定ダイスで6を出したにもかかわらず後攻になったみくるは不満そうにそうぼやく。
「一応こっちは速さが売りの一つだからな。ただ、堀井が思ってるほどモンコレは先攻が極端に有利ってわけでもないぞ」
「なんで。先にダメージを与えられるほうが有利に決まってるじゃん」
「各プレイヤーは戦闘中、一度しか攻撃の宣言ができず、また必ず一度は攻撃を宣言しなければならない。つまり攻撃に破滅的な対抗が来ると分かっていても特殊能力を持たないユニットは攻撃しないという選択ができないわけだ。対抗で自分を殺せる特殊能力を持った――たとえばシャドウ・ストーカー同士の戦いだと後攻が絶対に勝つしな。まあ、大抵は先攻が有利なのは認めるが。俺はパーティ全員で攻撃、合計号激力は9点だ。対抗はあるか」
まだ行動完了状態ではないユニットの攻撃力を合計し、相手パーティにダメージを与えるのがモンコレで言う攻撃だ。ダメージは隊列の一番上から食らっていき、防御力の分だけ減って次のユニットへと続いていく。みくるのティンカーベル二体とゴールデン・シザースというパーティに9点のダメージを与えた場合、今回は防御力2のティンカーベルが一番上だったので、まず彼女が9点のダメージを食らい、次に9点から防御力2を引いたダメージが二人目のティンカーベルに続くといった具合だ。
対抗しなくてもゴールデン・シザースは生き残ったが、対抗手段があるのにティンカーベルを見殺しにできなかったみくるは対抗でティンカーベルにフルムーン・タイドを使用させる。しかしこれがいけなかった。昇は彼女の対抗に魔力のスクロールで対抗し、戦闘スペルを打ち消すと追加効果の1Dダメージでティンカーベルを倒す。それにより彼女のパーティ防御力はぴったり9点となり、彼は自軍ユニットを一体も死なせることなく進軍を成功させた。
ヘラクレスとベルゼブブ以外には期待していなかったとはいえ、みくるは二回連続で戦闘に負けたことがとても悔しかった。四ターン目。彼女はヘラクレスとその他三匹の仇を取るため、ベルゼブブを前に進軍させる。
「先攻は俺だな。じゃ、まずは鉄砲蟲の□猛毒の角からだ」
□猛毒の角は普通タイミングでしか使えないが、5レベル以上のユニットに猛毒/20点のダメージを与える特殊能力だ。ただし効果が適用された場合、特殊能力を使った鉄砲蟲も破棄しなければならないという神風特攻のような能力だった。
「対抗、アイス・ライム。対象に吹雪/1Dダメージ。鉄砲蟲の防御力は1だから、ダイスは振らなくてもいいよね」
みくるも同じ失敗は繰り返さない。今度こそ戦闘の前にしっかりとテキストを確認しており、最初にそれが来ることは分かっていた。彼女は落ち着いて対抗の宣言をする。
「意味がないように思えても一応すべてのダイスは振らなきゃいけないんだが、まあいいか。どうせ防ぐしな。ゼピュロスがサンド・カーテンを使い、鉄砲虫に耐性/吹雪をつける。さあ、どうするんだ?」
「なら今度はゼピュロスに対抗でフリーズ・ブリーズ。戦闘スペルを使ったユニットに吹雪/2Dのダメージ」
ゼピュロスの防御力も1だがみくるは昇の言葉に従いダイスを振る。出た目は5と2だった。
「対抗。新兵が魔力のスクロールを使い、フリーズ・ブリーズを打ち消す」
ベルゼブブが持っているスペル枠は*を二つだけであり、もう使ってしまった。あとは◎霊魂の武装で防御力を上げていき、なんとか20点のダメージを耐えるしかない。みくるは手札を全部使い、4Dで防御力を16上げる。
「では対抗だ。風使いが一人でアイス・ライムDualをベルゼに使う」
「なっ……」
戦闘スペルの中にはスペル枠を多く消費することで効果の変わるものが存在する。みくるも使ったアイス・ライムもその一つで、風のスペル枠を二個消費することにより進軍タイプ飛行&長距離飛行のユニットに吹雪/20点ダメージを与えることができた。
手札をすべて使い切ったみくるにはもう対抗する手段はない。キラキラと光る英雄カードはまたしても平凡なイラストのカード群によって倒されることとなる。そして次のターン、キーカードのいなくなったみくるの本陣を昇はあっさりと陥落させ、彼女は敗北する。
決着がつくと、みくるはうつむいて落とされた自軍本陣を眺める。
(私が、負けた……)
みくるはプライドが高く、負けそうな勝負はできるだけ避けるようにしており、敗北の苦渋を味わうのは久々のことだった。そのため昇がカードを片付け終わっても、彼女は自軍本陣を眺め続けていた。
そんなみくるに、昇が言う。
「堀井はトランプの大富豪を知ってるか」
「……え? まあ、知ってるけど。地元じゃ大貧民って言ってたかな。あのローカルルールがいっぱいあるやつでしょ」
「そうだ。そしてモンコレを大富豪で例えるなら、カードに書かれている効果一つ一つがローカルルールなんだ。つまり、いくらジョーカーと2を沢山持っていても、勝負の前にローカルルールをすべて確認し、覚えていなきゃ堀井が勝てるわけなかったんだよ。そうだろ?」
昇の言いたいことは少し分かりにくかったが、おそらく負けて落ち込んでいる自分を慰めてくれているのだろうとみくるは判断する。
「まったく、昇くんも慰めるならもっと分かりやすく慰めてあげればいいのに」
「別に俺は慰めているわけじゃない。事実を話してるだけだ。それより、どうするんだ?」
顔をそらしつつも、昇は視線をみくるに向ける。
「どうするって、なにが?」
「まだモンコレを続けるかどうかだよ。今言ったように、モンコレってのはバカみたいにローカルルールがある大富豪みたいなもんなんだ。公式ホームページを見たなら、カードリストも見たろ?」
「まあ、一応」
最初、みくるはルールだけでなくカードも覚えるつもりだった。しかしカードリストを覗き軽く千種類以上あるのを知った瞬間、彼女は一日で覚えることを諦めた。
「もしオープンで戦うとしたらアレを全部覚える必要がある。ブロック対抗なら約五○○種類。ブランニューで始めれば最初は五○種類程度でいいが、ブースターパックが発売されるたびに増えていき、最終的には二、三○○種類は覚えなきゃならない。もちろん、これは本気で勝負したいのならって話だが、そもそも本気でやらないならモンコレより面白い遊びはいくらでもある。残念ながら、モンコレってのは手放しで万人に勧められる遊びじゃないんだ」
そう話す昇は、もう人がほとんど来なくなった銭湯の番頭のように、どこか寂しそうな顔をしていた。
「だからよく考えて、どうするか決めてくれ」
昇はカードを覚えるのが大変なことだと思っているようだ。が、暗記でどうにかなる教科はいつも一夜漬けで頑張っているみくるにとって、それは大きな障害には思えなかった。なので彼女の気持ちはすでに決まっている。ただ、どんなセリフでそれを伝えるか、彼女は少しだけ考える。
その間をためらいと受け取ったのか、青葉が言う。
「あんまり深刻に考えなくても大丈夫だよ。昇くんの言うとおり三○○種類くらいは覚えないと本気の勝負はできないけど、慣れちゃえば英語の単語みたいなもんだから。気がついたら覚えちゃってるって。携帯の番号とか全然覚えられない私がモンコレできてるんだから、みくるちゃんなら余裕だよ」
「確かに、その日の朝食の内容も覚えられない青葉ができて、堀井ができない理由はないな」
なんだかんだ言って、昇もみくるには続けて欲しいのだろう。
口は悪いがおせっかいのお人好し。ひねくれているが本心はバレバレの正直者。モンコレをすることで昇を理解し、みくるは今、昨日よりもさらに彼を好きになっていた。
ここでやめてしまったら、もう彼と付き合う道は消えてしまう。それは嫌だ。なにより――
「私、負けるのって嫌いなんだよね」
「……そうか」
「だから室岡くんが使ったデック、もう一度確認させてよ。あと、三○分だけ待ってくれない。とりあえずこの蟲デックと、その……ケンタロスデック? に入ってるカードを全部覚えれば、本気で戦えるんでしょ」
「……ああ、そうさ」
そう言うと、まるで新しい友達ができた子供のように昇は笑う。
三○分後、みくるは宣言通りすべてのカードを完璧に覚えると、さっそく二試合目――今度こそ本当に公平なゲームを始める。
カードの効果を覚えたことでゲームはテンポよく進んだ。そのためターン数は増えたものの、時間はほぼ一ゲーム目と同じくらいでゲームは終了する。
そして――
「私、明日も来るから」
本気の勝負に惨敗したみくるは、そんな捨て台詞を残して部屋から出て行った。