一章/初めての告白
この小説は「まったくの素人である女子高生が、恋のためにカードゲームの大会で優勝を目指す」というストーリーを使い、モンスターコレクション(以降「モンコレ」)を紹介する非公式の販売促進小説となっています。
モンコレはとても面白いトレーディングカードゲームです。ただし本編にも書いていますが、残念ながらモンコレは手放しで万人にオススメはできません。なぜならモンコレは昔ながらのゲーム、『考える』遊びだからです。なにも考えずひたすらボタンを連打し、時間を浪費して有料ガチャを回せば強くなれるカードゲームとは違うのです。
携帯のゲームと違ってモンコレは無料で始めることができません。しかしあなたが考える行為を楽しめる人種であるならば、きっと払った対価以上の興奮と喜びが味わえることでしょう。ただし、楽しすぎてモンコレ以外のことが考えられなくなっても私は責任を負いかねます。
本編の四章には詰め将棋ならぬ詰めモンコレのようなものを二つ用意しました。必要な情報は載せてあるので、一応未経験者の方でも確率的に最善の手を導き出せるようになっています。ですが、まったくモンコレを触ったことのない状態で答えに辿り着くのは、初めて読むミステリーで犯人を当てるより難しいでしょう。なので未経験者の方は茶番の結末を軽く読んだあと、ぜひ実際にモンコレをプレイしてみて、それからあらためて考えてみることをお勧めします。
この小説は「yahoo!ボックス」にてPDF形式で公開もしています。
https://box.yahoo.co.jp/guest/viewer?sid=box-l-c6aj7z5p4js3rirae3mqhjchtu-1001&uniqid=5437e1e1-4739-4d53-b80b-08d63f20312b&viewtype=detail
堀井みくるという人物を簡単に説明するなら、彼女はごく普通の高校に通うお嬢様だった。容姿端麗で成績もそれなりに優秀だったため、クラスメイトの中には彼女を『姫』と呼ぶ者もいる。
実際、クラスメイトと彼女との間で、本当に庶民と貴族ほどの格差があったわけではない。確かに彼女の父親は小さい会社の社長であり、毎月五万円のお小遣いを彼女は貰っていた。が、それ以外の部分は特に驚くようなこともなく、門から玄関まで五メートルの家に住み、自分の足と電車で通学し、かわいいモノと宇多田ヒカルが大好きで、人並みに恋だってする。彼女はそんな普通の女子高生だった。
ある日の放課後、みくるは女子トイレの鏡の前に一人立ち、腰まで伸ばした黒髪を櫛でとかしていた。
「んー……こんなもんかな」
しばらくして髪をとかし終えると、次に彼女はポーチからリップを取り出す。小学生が遊びでつけるようなとても薄い色のものだ。学校では原則として禁止されている化粧だがこの程度なら教師もスルーしてくれる。
「これでよしっと」
最後に一度だけ微笑む練習をする。鏡に映し出される最高の笑顔。満足したみくるは颯爽と歩き出す。向かう先は屋上だ。今日、彼女は放課後にそこで人と会う約束をしていた。
屋上の扉の前まで来たみくるはノブに手をかけ、重い鉄の扉をゆっくりと押し開ける。
「……あれ?」
「こっちだ」
すぐ横から聞こえてくるぶっきらぼうな声。見れば、彼は扉のすぐ横の壁に寄りかかるように立っていた。てっきり扉の正面にいるものだとばかり思っていたので一瞬まだ来ていないのかと勘違いしてしまった。リラックスしているつもりでどうやら相当緊張しているのかもしれない。
「おまたせ。ごめんね、待たせちゃって」
「気にするな。別にそれほど待ってない」
少し怒っているようにも聞こえる声で彼が答える。みくるは(たぶん彼もちょっと照れてるのだろう)としか思わなかったが。
「うん。なら良かった」
「まあ、だからってゆっくりするつもりもないが。……で、用件は?」
彼――室岡昇をここに呼び足したのはみくるだ。彼女は今日、生まれて初めて呼び出す側に立っていた。
クラスメイトを一人、放課後に人気のないところに呼び出す。そして無事に呼び出した相手が来てくれたなら、もうすることは決まっている。
「用件は……その……」
あとは自分の気持ちを伝えるだけだ。ただ、みくるは事前にどういう言葉で伝えようかという肝心な部分はまったく決めていなかった。まあ、いざとなれば自然と言葉が出てくるだろう。自分はああいう場面の空気には慣れている。と、彼女は思っていたのだが――
(あれ。ど、どうしよう)
自分自身でも驚いてしまうほど、なにも言葉が浮かんでこない。
(え、な、なんで?)
彼女がいくら普通といっても目立つのは間違いなく、一年の頃には何度も屋上に呼び出され、告白され、そしてすべて断り続けてきた。この学校で彼女以上に告白されることに慣れている人物はいないだろう。
呼び出されたときは扉を開けて五歩進んだ場所で待つ。そんな定位置ができてしまうほどにみくるはベテランだ。ただし――自分から呼び出して告白するとなれば、彼女はひよこ同然のルーキーでしかない。彼女はそれを分かっていなかった。
「だから……なんていうか……」
「言いたいことがあるならはっきり宣言してくれ。そうしないとこっちも対抗できない」
「……対抗?」
みくるは聞き返す。頭が真っ白だったせいもあり、こういう場面ではあまり使われない対抗という言葉が妙に気になってしまったのだ。
「……ちょっと癖が出ただけだ。気にしないでくれ」
言いながら昇は顔をそらす。みくるは言われた通り気にしないことにした。そんなことより今は早く告白するほうが大切だ。これ以上ぐだぐだにはできない。
「あの、さ」
「なんだ」
みくるは肩にかかった髪を右手で後ろに流しながら、言った。
「私……かわいい?」
結局なにも決めずに自然と出てきた言葉は、そんなアホみたいな言葉だった。
瞬間、みくるは顔が熱くなる。まともに彼の顔が見れない。
これならまだシンプルに好きですと告白したほうが恥ずかしくない。ちゃんと事前にセリフを考えておくべきだった。そう彼女は後悔する。
「それなりには、かわいいんじゃないか」
「えっ?」
顔を上げ、昇を見る。目が合うと彼は恥ずかしそうに目をそらした。みくるはそんな彼の反応に少しだけ安心する。
(大丈夫。たぶん、これなら心配ない)
心の中でそう呟きつつ、みくるは深呼吸する。そしてあまり間を空けずに、先ほどトイレで練習した最高の笑顔を作り、今度こそ決める。
「ありがとう。そう思ってくれるならさ。私を、室岡くんの彼女にしてくれないかな」
必殺の一撃が決まったとみくるは思った。
が――
「断る」
昇は真面目な声、真面目な顔ではっきりとみくるの提案を切り捨てた。
緊張はしていたものの、告白自体は絶対に成功するとみくるは思っていた。そのせいで状況がすぐには飲み込めず、しばし笑顔のまま固まってしまう。
「あー……もしかしてすでに彼女とかいた? それとも、室岡くんってもしかして最近流行のツンデレってやつ?」
「いや、俺に彼女はいないし、ましてやツンデレでもないぞ」
「へぇー、そうなんだ。……えっ、じゃあどうしてダメなの?」
「どうしてって、堀井は本気で俺の彼女になりたいわけじゃないだろ」
その答えにみくるはカチンと来る。
「勝手に人の気持ちを本気じゃないって決め付けないでよ」
「決め付けるつもりはないが、そう考える理由はある」
「聞かせて」
声に軽く怒気を含めながらみくるは一歩詰め寄る。しかし昇はそれに微塵も臆することなく、考えるように腕を組む。そしてたっぷり溜めてから、彼は聞いてくる。
「堀井はモンコレを知っているか?」
「……もん、これ?」
まったく聞いたことのない単語、そしてわけの分からない質問にみくるは困惑の表情を返すしかなかった。
そんな彼女を鼻で笑い、昇は続ける。
「本気で好きなら相手のことを知りたいと思うはずだ。なのに堀井はモンコレを知らなかった。そもそも、堀井は俺のどこがいいんだ?」
「どこって、いつもなにか考えてるような感じの雰囲気が、ちょっとカッコイイなーって。私、成績はいいほうだけど、ほとんど暗記に頼ってて。単純な計算なら得意だけど、あれこれ色々考えるのとか実は苦手だから。うん、カッコイイと思う」
彼は積極的に周りを巻き込んで引っ張っていくような人物ではない。どちらかといえば地味なほうだろう。ただし一度目に止まってしまえば、もう視線を外すことはできない。これまで告白してくれた人たちとはなにか違う。そんな不思議な魅力をみくるは感じていた。
「デック構成について考えない日はないが……。それだけか?」
「それだけでも好きになる理由としては充分でしょ。これ以上のことは彼氏彼女になってから知っていけば――」
と、そこで昇のポケットから飾り気のない電子音が聞こえてきたことにより、みくるは言葉を止める。
電子音は一○秒以上続いた。この長さだとメールではなく電話の着信音だろう。まだ続いている。
「出れば?」
「悪いな」
そう言って昇は携帯を取り出す。本気じゃないと切り捨てた彼にも少しは真面目な話をしているという意識はあるらしい。
「もしもし……いや、別に……すぐに行く」
手早く通話を済ませると、彼は言う。
「そういうことだ。こっちも人を待たせてる。それに俺はモンコレで忙しい。だから本気じゃない奴の彼氏になってる暇はない」
よほど急いでいたのか、言い終わるなり彼はみくるの横をスッと通り抜けていく。
「いや、ちょっと待ってよ。私は本気なんだって」
彼は足を止めることなく階段を下りていく。
「かわいいって答えておいて、それはなくない? てか、モンコレってなんなの!」
去っていく彼の背中に向けてみくるは叫ぶ。
すると彼は一度だけ立ち止まり、不敵な笑みを浮かべてこう答えた。
「最高の興奮と喜びが味わえる、俺の青春だ」




