たす…けて…
「はぁ はぁ はぁ」
東京の夜空に15歳ほどのピンクのパジャマ姿の少女が息を切らしている。
どこに向かっているのか。そんなものわからない。
ただ体が自ら動き、風を切って走っているのだ。
体を操られている不快感に吐き気を覚えながらも、走り続ける。
だれか…助けて……。
心の中で叫んでも、体は応じず、ただ走るだけ。
これは、のちに「東京失踪病」と呼ばれる事象に関する話である。
あの頃、私は現役の警官だった。
あの頃はパリっとした制服を身に着けたいい男だった。
今の隠居した張りぼてのおじいさんの姿からは想像もつかないようなね。
私はあの日、交番勤務だった。
21:30頃であろうか、いきなり指令から通信があった。
なにやら、強盗らしい。
ついてないな。と思いながらパトカーで向かう。
強盗は何気にあっさりと捕まった。
逃げようとしたから、適当に締めて手錠をはめた。
あとは、署の刑事らを待ち、彼らに引き渡した。
交番に帰るときは特に何も見なかった、酔って上裸で真っ赤になったおじいさんを介抱したくらいだった。
だが、交番につく直前で、明らかに血相のおかしい少女が猛ダッシュで走り抜けているのを目撃した。
なにかおかしい。そう直感した私は、パトカーで、彼女を追った。
「そこの女の子、とまってください。」
まるで聞こえていない。
「きこえてますかー。聞こえてたらとまってください。」
はたから見たらパトカーで少女を追うというおかしな光景である。
「君、とまりなさい。」
何度呼びかけても止まらない。
パトカーを少女の進行方向の200m先に止め、待ち伏せすることにした。
彼女はスピードを下げることなく、こちらに向かってくる。
よく見ると彼女は15歳くらいでパジャマ姿。
息を切らしながらも尋常じゃないスピードが出ている。
下手なホラー小説よりもよっぽど恐ろしい光景だ。
私は、待ち伏せ作戦により何とか少女を停止させ、取り押さえることに成功した。停止させたときの反動で、肋骨がきしむような音がした。
「どうしたんだ。こんな真夜中に。」
「はぁ はぁ はぁ はぁ、 お゛ぇ」
「おい。本当に大丈夫か。」
バディが袋を差し出す。少女はその袋の中に吐いた。
少女をよく見ると涙を流しており、顔が涙やら汗やらでぐしゃぐしゃになっていた。
とりあえず、交番に連れていき、話を聞くことにした。
彼女をとりあえず、落ち着かせ、座らせた。
水を飲ませようとコップを差し出すも、彼女は飲もうとしなかった。
私含め警官たちはこの少女は明らかに何かおかしいと感じ始めた。
常識の範疇にないというか、この世に存在すること自体が異様なほどにおかしく思えた。
「話せるか?」と少女に聞いた。
少女は口をパクパクさせた。磁石仕掛けの魚釣りのオモチャのように。
話したいけど話せないようだった。
「首を縦に振るか横に振るかで意思疎通できるか?」
彼女は猛烈に首を縦に振る。髪がぶんぶんと揺れ動く。
「年齢は15?」首を縦に振る。
「話したいけど話せない?」首を縦に振る。
「誰かに追われてる?」首を斜めに傾ける。
「なぜ走ってたか分からないのか?」首を縦に振る。
警官たちは顔を見合わせた。こりゃ重症だって誰もが思った。
そのあといくつか質問をしたが、ほとんど進展はなかった。
分かったのは、なぜ走っていたか分からないこと・なぜ話せないか分からないこと・自分の名前が分からないこと・年齢は15であること、くらいだった。
とりあえず、もう遅いから、彼女を交番で寝かせることにした。
一応、署には連絡だけ入れておいた。
翌朝、私は彼女を起こしにいった。
「おい。おきてくれ!」
一発では起きない。
「もしもし!!起きてくれ。頼むからさぁ。」
まだ起きない
「早く起きてくれ、俺はお前の召使いでも目覚まし時計でもねぇんだ」
起きない。
最近の子供は、よく寝るのか?
いや、そんなこと聞いたことがない。
その時になってようやく、彼女からは眠っているような気配がしないことに気づく。
まさかと思い、呼吸音を確認する。
そう。彼女はすでに死んでいた。
彼女の寝顔は、とてつもなく穏やかだった。
そう、この事件は、この少女の死から始まったんだ。




