マルト王子は婚約破棄を叫ぶ
放課後、マルト王子は学園行事で使うステージの下見のために講堂の鍵を借りた。生徒会のメンバーで手分けして見て回る。
「殿下、照明に使う78番のフィルムが不足しておりますが」
「では手配してもらえるか、ミライザ。他に足りないものがあれば、合わせて頼みたい」
「わかりました、まとめて手配いたしますわ」
王子の婚約者、公爵令嬢のミライザも生徒会役員として動いていた。彼女が作業に戻る後ろ姿を数秒見つめて、王子は音響機材の確認に向かう。
下見は順調で、今日の作業は無事に終わった。
王子は、見落としがないかもう一度チェックして鍵を返す、と言って他の生徒会メンバーを先に帰した。
そして誰もいなくなったステージに立つと、唐突な行動に出た。
「すーはー、すーっ……君とは婚約破棄だーーー!!」
無人の講堂に反響する、マルト王子の叫び声。
実は講堂脇の非常口から王子を見ていたミライザは、はっとした。
(マルト様、見事な肺活量ですわ。随分ストレスが溜まっていたのかしら。隣国で流行りに流行った小説の、あの台詞を叫ばれるなんて……!)
何かお手伝いできることはあるかしら?と思って残っていたのだが、目の前でまさかの展開である。
(台詞のチョイスに深い意味はないのでしょうけど……この事は、私の胸の内に留めておきましょう)
その時、ガラッ、とスライド式の講堂の正面扉が開かれ、そこにいた人物とマルト王子は目が合う。
ミライザの父、ヴァルフ公爵が眼光鋭く王子を見ていた。
「殿下のお言葉、しかと承った」
公爵はそれだけ言って踵を返した。その後には学園長と護衛達が続く。
令嬢の胸に秘められるはずだった言葉は、その父にダイレクトに伝わってしまっていた。
「ま、待ってくれ公爵!誤解だ!」
たまたま学園の視察に訪れていた婚約者の父親に聞かれてしまうとはマヌ……いや間が悪い。
マルト王子本人に婚約をどうこうの意図はない。小説にあった衝撃的でファンタジックな言葉を、ただ叫んでみたくなっただけなのだ。
王子が我に返って公爵を追いかけ、講堂を出ていくのをミライザは見ていた。
(まあ、秘密の発声を聞かれてしまいましたわね。普段の態度から、本気のお言葉でないのはわかってらっしゃるでしょうけど……後でお父様にフォローいたしませんと)
ミライザはふとステージを見上げた。
(いま、ここには私一人だけ。
ということは……)
扉の外を見回す。近くに誰もいないのを確認して、ミライザは講堂のステージに足早に向かった。先ほどまで王子がいた場所に立つ。
(マルト様のストレス発散法、私も試してみてもいいかしら?)
「すーはー、すーっ…………マルト様、好きです!」
(まあ、気持ちいいわ。もう一度……)
「マルト様、大好きですわー!!」
(胸がすぅっとする)
「愛してま……っ……」
(これはさすがに恥ずかしいですわね////)
ガタッ! 音に驚いて顔を上げると目が合う。
(えっ、マルト様!いつの間に戻っていたの……!?)
「っ……ぅ……え……」
動揺で意味のわからない音が口からもれる。
そんなミライザに対して
王子は、背筋を伸ばし深呼吸すると、
「ミライザ、俺もっ、愛してるーーーー!!!」
最大音量の告白が鼓膜を突き抜けた……!
(あ……私、顔が熱い、ですわ)
ミライザは両手で顔を隠す。
ステージの前まで来た王子を指の隙間からちらりと覗くと、王子も片手で顔を覆いながらミライザを見ていた。二人は目を合わせては、気恥ずかしくなってそらすのを繰り返した。
それを講堂の外から見られていたと知るのは、しばらく後のこと。
13歳の王子と婚約者には陰から守る護衛達が常についていた。大人達は二人の様子を微笑ましく見ている。
「マルト殿下には後で不用意な発言をなさらぬよう、陛下からご注意いただかねば、な」
公爵だけは額に青筋をくっきり立てて呟いていた。
その夜、マルト王子は般若の形相の王と王妃、兄王子に叱られたがミライザとの婚約は継続することになり、胸を撫で下ろしたという。
その夜、公爵邸
「……ミライザ、講堂で私的なことを叫ぶのは控えなさい」
「……っ!ぅお……な!?」
(えっ!お父様、なぜそれを!?)
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