缶
三題噺もどき―はっぴゃくはちじゅうきゅう。
賑やかな空気が教室を満たしている。
外は生憎の天気で、少し前まで雨が降っていた。
それらしい宣言があったのかは知らないが、さすがにこう何日も雨が続けば梅雨入りしているはずだろう。
「……」
今朝は制服が濡れないように登校するのが大変だった。
家を出てすぐはたいして降ってもなかったが、学校に着く少し前に大雨に降られてしまった。一応と思い合羽を着ていたのが幸いして、びしょ濡れにはならなかったが……靴下とスカートはその数分程度でかなり濡れてしまった。
靴下は替えがあったからよかったが、スカートはもうどうにも。
「……」
午前中はスカートが濡れているのが気になって、授業どころではなくなりつつあった。まぁ、元から授業に集中するような人間でもないのだけど。
冷房が効いている時期だから、少々寒かったな。
「……」
昼休みになり、気づかぬうちにだいぶ乾いていた。
多分、3時間目くらいには乾いていたような気がする。
濡れていた上に冷房で冷えていたせいであまり乾いたような気がしていなかったけど。
「……」
隣ではすでに昼食を食べ終えたあの子が、スマホをいじっている。
今日はすでに教師による抜き打ち―という名の恒例の―スマホ使用チェックは終わっているので、気にすることもない。
廊下では毎日変わらず誰かが走り回っている。この時期は外にも出られないから、体育館と武道館が解放されているはずだから、そちらに行けばいいのに。
「……」
私はと言うと、唐突に甘いものが飲みたくなって、つい先ほど自販機にココアを買いに行って戻ってきたところだ。
正直温かいココアが飲みたかったが、この時期にそんなものあるわけもなく。冷たいココアを手に少し寒さを覚えながら教室に戻ってきた。
「……」
そのプルタブが開かずに苦戦中である。
昨日爪を切ったばかりだから引っかかりもないし、そうでなくても結露してしまうから濡れて滑る。いつもならこんなに苦戦しないんだけど。
「……」
もうやめようかなと思った矢先に。
「……」
「……」
スマホをいじっていたはずのあの子と目が合う。
無言で缶を差し出せば、何の苦労もなく、プシ―とプルタブを開ける。
「ありがと」
「何をしてるのかと思えば……」
「開かなかった」
無事に開いたココアを口に流し込む。
冷たく甘い液体が口内を満たし、どろりと喉を通っていく。
美味しい。
「私もなんか甘いのほし~」
「ん~チョコはある」
「ちょーだい」
机の上に置いておいた、赤い鞄を膝の上に置く。
いつもは青い保冷バッグに色々入れているのだけど、なぜか洗濯された上に乾いていなかったので今日は母が使っていたものを借りてきたのだ。
「やっぱ赤って感じじゃないよね」
「それは私もそう思う」
赤い鞄―赤い保冷バックの中からチョコを取り出す。
何種類かのチョコが小分けに入っているバラエティーパックと言うやつ。半分ほどすでに減っているのは、休憩時間に摘まんだり普通に家で食べたりしているから。
「何食べる」
「今日は~」
あの子が選んだのは、中にクランチが入ったサクザク食感が売りのチョコ。
私もついでに、チョコをひとつ食べる。黒いパッケージの甘さが控えめの方だ。
ココアが甘いから更に甘いものは食べられない。と言いつつ、いつもこの控えめの方しか食べていない。
「赤いのしか残ってないw」
「食べる?w」
「じゃぁ1個ちょうだいw」
「1個と言わず10個くらいあげますよw」
「そんなにいりません~w」
そんな、何の意味もない会話をしているとあっという間に昼休みは終わる。
あとは掃除をして、残りの授業を受けて、部活が終われば、また1日が終わる。
この当たり前の1日が、決して当たり前に続くものではないと私は知っている。
だから、どうというわけでもないんだけど。
お題:赤い鞄・制服・ココア




