「サンプル:ディスカッション」
診療内科医より。暫しの急患を取るよう勧められた。
故にであろうか、ふと───誰かと語らい、思索の巡らせたくなったのである。これはそんな、話なのだ……。
暇潰しの産物である。故に、続くかどうかは作者にも分からない!
私はイタリアの玄関口――フィウミチーノ空港に降り立った。≪イタリアの地に、我れ在り!!≫
そんな小粋な冗談を胸中で転がしながら。私は深く息を吸い込み、異国の空気を肺いっぱいに取り込んだ。長き旅路の果てに辿り着いた娑婆の空気は、どこか潮の香りを帯びているようにも思えた……。
イタリアといえば、幾多の歴史遺産に彩られた国である。その威容は数多の名作小説に刻まれ、物語の情景──、あるいは歴史の残響───、幾度となく読者の前に現れてきた。
例えばば、デル・モンテ城。あるいはサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会とドメニコ会修道院。そして、バジリカータ州に佇むマテーラの洞窟住居群。
そのいずれもが、イタリアの歴史と文化を今に伝える名高き遺産である。それらの歴史遺産や物語に感化され、私はついにこの地へとやって来たのであった。
《Fratelli di Roma! Ci siamo destati dal lungo sonno!》――などと、誰に向けるでもない演説を脳内でぶち上げながら。
先ずは手始めに、ピサのドゥオモ広場に聳える「ピサの斜塔」――その御姿を一目拝見せんものと、私は空港出口のタクシー乗り場へと歩みを進める。
「Ehi! Un taxi, per favore!」私は片手を高く掲げ、通りを行く車列へ声を張り上げた。
――――――。
何とも呑気な様子で、白い乗用車が一台こちらへ流れて来る。その屋根には、「TAXI」と書かれた行灯が、まるで帽子の様にちょこんと載っている。
タクシーは私の目の前で滑るように停車した。中では運転手が運転席の窓を下ろし、怪訝そうな、それでいて人懐こい眼差しをこちらへ向ける。そして、ひと言尋ねてきた。
「"Un asiatico, eh? Che ci fai da queste parti?……Non sarà mica che vuoi fare di nuovo un'alleanza con noi?」私はその一言に舌を巻いた。成る程、なかなか気の利いた冗談ではないか……。
ならば此方も応じねばなるまい。そう思いながら、私は軽妙な調子で返答した。「La pizza è sacra per me! Vorrei andare in Piazza del Duomo」僕が行き先を口にした瞬間、運転手は目を見開いた。まるで予想だにしない答えを聞かされたかのように。
「Cosa!? Sei stupido o cosa? Prendi il treno ad alta velocità!」運転手の言う事は尤もだった。「Ma dai! Che gusto c'è in un lungo viaggio senza un road trip?」どうやら私は、念願のイタリアの地を踏んだ興奮から、距離という概念を少々見失っていたようである。
「Ehi, ehi... sono circa 590-820 euro di sola andata, sai?Te lo puoi permettere?」、「Non importa! Anche solo l'andata va bene. Fammi salire e portami lì!」僕は懐から、生身の八百二十ユーロを取り出した───それを運転手の手に握らせた。
運転手は札束と僕の顔とを交互に見比べ……「Accidenti! Sei tutto matto! Non ti mettere a urlare 'Banzai!' e a lanciarti all'attacco, eh?」運転手は半ば呆れ、半ば観念したように首を振った。
───それでも商売は商売である。
彼は渋々と僕を後部座席へ乗せると、徐にメーターを起動し、車を走らせた。斯くして、四時間ほどに及ぶ長き旅路の幕が上がった……。




