第9話「旨い飯には旨い素材を」
火を起こしたのは、日が沈む少し前だった。
黒いトカゲの解体に三時間かかった。これだけの大きさだ、仕方ない。部位ごとに丁寧に分けて、使えそうな骨を全部確保した。骨髄が詰まった太い骨が十本以上取れた。
解体しながら、レコードがひたすら情報を記録し続けていた。部位ごとの肉質の違い、筋肉の走り方、脂の分布——全部が頭の中に蓄積されていく。どの部位をどう調理するのが最適か、解体しながら自然とわかってきた。
背中側は筋肉質で長時間煮込むと柔らかくなる。腹側は脂が多くて焼くと旨い。首の付け根の肉は小ぶりだが、旨味が凝縮されていた。触れた瞬間に広がる情報が、今夜の献立を組み立てていく。
川で肉と骨を洗う。水が赤く濁って、流れていく。
今夜作るものは、もう決めていた。
骨のスープだ。
* * *
まず骨を火にかけた。
川から汲んだ水を岩の窪みに入れて、太い骨を数本沈める。強火で沸かして、灰汁を丁寧に取り除く。灰汁、という概念をこの世界で実践するのは初めてだったが、レコードに料理動画の記憶が残っていた。手が自然と動いた。
骨が煮えてくると、白く濁った液体が滲み出してきた。
「出てる、出てる」
独り言を言いながら、火加減を調整する。強すぎると雑味が出る。弱すぎると旨味が抽出されない。ちょうどいい火加減を維持しながら、ひたすら待った。
三十分ほどで、骨の周りから白い泡が出なくなった。スープの色が薄い白から、じわじわと乳白色に変わっていく。
その間に、肉の下処理をした。
背中側の筋肉質な部位を、厚めに切る。表面だけ強火で焼いて、旨味を閉じ込める。焼き色がついた瞬間の香りが、腹の虫を盛大に刺激した。それを骨のスープに加えた。
橙色のキノコも手でちぎって入れる。昨日の夕方に採取しておいたものだ。これで出汁が二重になる。
ネギに似た葉物も根元から加えた。
岩の窪みの中で、全部が一緒に煮えていく。湯気が立って、焚き火の明かりに照らされながら、白い蒸気が夜の森に広がった。
* * *
一時間が経ったころ、匂いが変わった。
最初は骨の生臭さが混じっていた。それが消えて、代わりに濃厚な旨味の香りが立ち上ってきた。白く濁っていたスープが、深みのある琥珀色に変わっている。
木の枝でスープを一口すくって飲んだ。
「……」
声が出なかった。
濃い。今まで飲んだどのスープより、何倍も濃い。骨髄から溶け出した脂とコラーゲンが、スープ全体に広がっている。キノコの出汁と混ざって、複雑な旨味の層ができている。後味が長く続いて、飲み込んだ後も口の中に残った。
二口目を飲んだ。じわりと体が温まる。疲れた体の芯に、旨味が染み込んでいく感じがした。
塩が、欲しかった。
今まで何度も思ってきたことだが、今夜は切実だった。このスープに塩が入れば——想像するだけで頭が痛くなるくらい旨くなるはずだ。塩だけじゃない。醤油があれば。ニンニクがあれば。胡椒があれば。それだけで、このスープは完璧な一杯になる。
「絶対に街で塩を買う」
固く誓いながら、肉をスープに絡めて食べた。
長時間煮込んだ背中の肉は、最初の硬さが嘘のように柔らかくなっていた。繊維がほぐれて、スープの旨味を吸い込んでいる。嚙むたびに肉汁とスープが混ざって、口の中で爆発するような旨さだった。
「旨い」
今度は静かじゃなかった。思わず大きな声が出た。
森に声が響いて、鳥が飛び立った。
どうでもよかった。それくらい旨かった。
食べ続けた。スープを飲んで、肉を食べて、またスープを飲む。岩の窪みが空になるまで、手が止まらなかった。
食べ終わって、焚き火を眺めた。
腹がはち切れそうだった。いや、実際にはち切れる寸前だったかもしれない。それでも、後悔はなかった。
黒いトカゲを初めて見た日のことを思い出した。あの巨体を前にして、勝てないと判断して退いた。六日間、毎日レベルを上げながら、ずっとあいつのことを考えていた。倒したら食う——その一点だけを動機に戦い続けた。
結果として、今夜こうして飯を食っている。
「悪くない動機だったな」
独り言が、夜の森に溶けていった。
* * *
ステータスを開いた。
【ステータス】
名前 :神崎ルイ
年齢 :17歳
レベル:10
経験値:80/1000
称号 :転生者・森の征服者
【ユニークスキル】
記録
【スキル】
棍術:Lv.5
解体:Lv.4
採取:Lv.2
罠設置:Lv.2
野営:Lv.2
調理:Lv.3
隠密:Lv.3
観察:Lv.2
調理スキルがLv.3になっていた。
今夜の料理が評価されたのか、それとも積み重ねの結果なのか。どちらでもよかった。数字より、今夜食べたものの方がずっと重要だった。
解体もLv.4に上がっている。黒いトカゲの解体が効いたらしい。
目を閉じると、すぐに眠気が来た。
今夜は良く眠れそうだった。




