第8話「森の主との決着」
十一日目の朝、俺は決めた。
今日、黒いトカゲを倒す。
レベルは8になっていた。昨日の夜、経験値がちょうど上限に達したのを確認した。スキルも増えた。戦い方も変わった。六日前に初めて見たときとは、俺自身が別人のように違う。
それでも勝てる保証はない。
でも、やってみなければわからない。それに——あいつの肉が食いたかった。
* * *
森の奥へ向かった。
隠密スキルを最大限に使って、気配を殺しながら進む。地面の凹みと、折れた枝の方向を辿る。六日前に記録した足跡のパターンがレコードに残っている。あいつはこの森に縄張りを持っていて、ある程度決まったルートを巡回しているはずだ。
一時間ほど歩いたとき、地面の振動を感じた。
遠い。でも確かに、あの重さだ。
俺は足を止めて、木の陰に身を潜めた。観察スキルが動き始める。音の方向、振動の間隔、近づいてくる速度——全部がレコードに記録されていく。
やがて、木々の向こうに黒い影が見えた。
* * *
巨大なトカゲは、川沿いを歩いていた。
水を飲みに来たのか、川岸に顔を近づけてゆっくりと飲んでいる。無防備に見えたが、俺は動かなかった。観察スキルが告げる——油断するな。飲みながらでも、耳と鼻は動いている。
五分、十分——じっと観察し続けた。
六日前に記録した情報と照らし合わせながら、弱点を絞り込む。鱗の薄い箇所は腹部と顎の下。腹部は地面に近くて狙いにくい。顎の下は、頭を上げた瞬間だけ露出する。
その瞬間を狙う。
問題は、どうやってあの頭を上げさせるか、だ。
六日間、ずっとこのことを考えていた。正面から挑んでも、あの鱗の硬さでは棍が弾かれる。罠は体重に耐えられない。近づけば気づかれる。でも、遠くから誘導することはできる。
俺は静かに石を一つ拾い上げた。そして、川の対岸に向かって思い切り投げた。
石が対岸の茂みに当たって、がさりと音を立てた。
黒いトカゲの頭が、音の方向へ向いた。同時に、顎の下が露出した。
俺は走った。
全力で地面を蹴って、棍を構えながら間合いを詰める。黒いトカゲが異変に気づいて振り返ろうとした——その一瞬前に、棍の先端を顎の下に叩き込んだ。
鈍い衝撃が腕に伝わった。
通った。
鱗の薄い部分だ。完全に防がれていない。黒いトカゲが激しく頭を振った。俺は吹き飛ばされて、木の幹に背中を叩きつけた。息が詰まる。でも、立ち上がった。
金色の目が、俺を捉えた。
今度は逃げなかった。
* * *
戦いは長かった。
黒いトカゲの動きは、想像より速かった。巨体に似合わない素早さで突進してくる。一発もらったら終わりだ。俺はひたすら回避しながら、隙を見て顎の下を狙い続けた。
三度、四度——棍が顎の下を捉えるたびに、黒いトカゲの動きが鈍くなっていく。レコードが蓄積されるほど、動きの予測精度が上がっていく。突進の前に必ず右前足に重心が移る。尻尾を振るう前に肩が下がる。全部が見えてきた。
十五分が経ったころ、黒いトカゲの動きが目に見えて遅くなった。
今だ。
突進してきた瞬間に横へ躱して、すれ違いざまに顎の下へ全体重を乗せた一撃を叩き込んだ。
黒いトカゲがよろめいた。前足が折れるように地面につく。頭が下がって、顎の下がさらに露出した。
俺は棍を両手で持ち直して、全力で打ち込んだ。
一度。二度。三度。
四度目で、黒いトカゲはその場に崩れ落ちた。
しばらく動いていたが、やがて完全に静止した。
「……倒した」
息が上がっていた。全身が汗まみれで、腕が震えている。背中に木の幹に叩きつけられたときの痛みがじんじんと残っていた。
川岸にへたり込んで、水を飲んだ。冷たい水が、火照った体に染み込んでいく。
しばらくそのまま動けなかった。
十一日間、この森で戦い続けた。最初は小型の魔物一体に手こずっていた俺が、この森で一番でかい魔物を倒した。感慨があるかと言われれば——正直、それより空腹だった。
でも、立っているのは俺だった。
* * *
ステータスを開いた。
【ステータス】
名前 :神崎ルイ
年齢 :17歳
レベル:10
経験値:0/1000
称号 :転生者・森の征服者
【ユニークスキル】
記録
【スキル】
棍術:Lv.5
解体:Lv.3
採取:Lv.2
罠設置:Lv.2
野営:Lv.2
調理:Lv.2
隠密:Lv.3
観察:Lv.2
レベルが一気に10になっていた。
称号が増えている。「森の征服者」——大げさな名前だが、悪くない。棍術もLv.5だ。
でも今は、それより気になることがある。
目の前に横たわる、巨大な黒いトカゲだ。
「さて、解体するか」
腕の震えが収まるのを待ってから、立ち上がった。
これだけの大きさだ。肉の量は今まで相手にしてきた魔物とは比べ物にならない。骨も大きい。今夜は時間をかけて、今まで作ったことのない料理を作る。
解体を始めると、触れた瞬間にレコードが大量の情報を送り込んできた。筋肉の層の厚さ、部位ごとの肉質の違い、骨の密度——全部が記録されていく。腹部の肉は柔らかく、背中側は筋肉質で噛み応えがある。骨の中には黄色い骨髄がたっぷりと詰まっていた。
「これは、長時間煮込むやつだな」
独り言を言いながら、丁寧に部位を分けていく。
日が傾いてきた。今夜は早めに火を起こさないといけない。骨からちゃんと出汁を取るには、時間が必要だ。
疲れはある。痛みもある。
でも、今夜の飯が楽しみで、足が自然と速くなった。




