第7話「レベルの壁」
九日目から、戦い方を変えた。
正面から叩き合うのをやめた。隠密スキルを使って気配を消し、魔物の動きをひたすら観察する。どこに重心があるか。どの方向に逃げやすいか。攻撃の前にどんな予備動作があるか——全部をレコードに記録してから、最小限の動きで仕留める。
効率が上がった。
以前は一体に五分以上かかっていたのが、今では一分もかからない場合がある。体力の消耗も減った。その分、一日に相手できる魔物の数が増えた。
経験値が積み上がっていく感覚がある。
それだけじゃない。戦い方が変わったことで、見えてくるものが増えた。魔物にはそれぞれ癖がある。赤トカゲは攻撃前に必ず舌を出す。毛玉は恐怖を感じると丸まる。その癖を先読みして動けば、労力が格段に減る。
観察して、記録して、再現する。
俺の戦い方が、少しずつ形になってきた。
* * *
十日目の昼過ぎ、いつもより奥の区域に踏み込んだ。
そこには、今まで見たことのない種類の魔物がいた。
猿に似た体型で、二足歩行をしている。体の表面は灰色で、腕が異様に長い。木から木へと飛び移りながら移動していて、動きが速い。地上より立体的な戦いを得意としているのがわかった。
「面白い」
思わず口角が上がった。
隠密を使って木の陰に潜む。猿に似た魔物——勝手に「長腕」と名付けた——が、木の枝に吊り下がりながらこちらの気配を探っている。鼻がいいのか、首をくるくると回して周囲を確認していた。
俺は息を止めた。
三十秒、一分——長腕が業を煮やしたように枝から飛び降りて、地面に着地した。その瞬間に動いた。
地面では俺の方が速い。棍を振るって足元を払う。長腕がバランスを崩したところに、追撃を叩き込んだ。
あっけなく終わった。
「地上に降りたら弱いな」
木の上にいる間はどうにもならないが、地上に引きずり下ろせれば話は早い。レコードが戦闘の一部始終を記録していく。次は罠で誘導する。木の上から降りざるを得ない状況を作れれば、もっと効率よく仕留められる。
二体目は罠を使った。獣道の途中に仕掛けておいたスネアに足を取られた長腕を、木の上から棍で叩き落として仕留めた。三体目は完全に一分以内で終わった。
「慣れてきたな」
レコードに動きのパターンが記録されていく。木の上にいる間は手が出しにくいが、地上に引きずり下ろせばどうということはない。次からは罠で地上に誘導すれば、もっと楽に仕留められる。
解体して、肉を確認した。
赤みが強くて、筋繊維が細かい。触れた瞬間のレコードが告げる——加熱すると引き締まるが、弾力があって噛み応えがある。新しい食材だ。
「今夜はこれを焼いてみよう」
* * *
夕方、拠点に戻ってステータスを開いた。
開いた瞬間、数字が変わっていた。
【ステータス】
名前 :神崎ルイ
年齢 :17歳
レベル:7
経験値:120/700
称号 :転生者
【ユニークスキル】
記録
【スキル】
棍術:Lv.4
解体:Lv.3
採取:Lv.2
罠設置:Lv.2
野営:Lv.2
調理:Lv.2
隠密:Lv.2
観察:Lv.1
レベルが7になっていた。
体が一瞬、熱くなった。レベルが上がった瞬間の感覚だ。初めて気づいたが、数字が変わるたびに体の芯から力が広がる感じがある。疲れが薄れて、動きが軽くなる。これがレベルアップの恩恵らしかった。
観察スキルが新たにインストールされている。戦う前にひたすら魔物を観察し続けた結果だろう。棍術もレベルが4に上がっていた。
観察スキルの説明文を開く。
『対象の行動パターン・弱点・癖を短時間で把握する技術。レベルが上がるほど、より短い観察時間で正確な情報を得られるようになる』
「レコードと組み合わせると、えげつないことになりそうだな」
独り言を言いながら、長腕の肉を石の上に乗せた。
じりじりと焼ける音がする。予想通り、赤みが強い肉で、焼くと引き締まって表面がぱりっとなった。かじると、弾力があって噛み応えがいい。赤トカゲの淡白な旨味とも、毛玉の脂とも違う——獣っぽい力強さがあった。
「これはこれで旨い」
三種類の肉の特徴が頭の中で整理されていく。赤トカゲは淡白でさっぱり。毛玉は脂が乗って濃厚。長腕は噛み応えがあって力強い。組み合わせ方次第で、もっといろんな味が作れる。
試しに三種類を一緒に石の上で焼いてみた。それぞれの脂と旨味が混ざり合って、単体で食べるより複雑な味になった。赤トカゲの淡白さが毛玉の脂をまとって深みが増し、長腕の噛み応えがアクセントになる。
「組み合わせると化けるな」
夢中で食べていたら、気づいたら全部なくなっていた。
塩さえあれば——という思いが、また頭をよぎった。
「次のレベルを上げたら、そろそろ街へ向かうか」
黒い巨大トカゲのことが頭にある。今の実力では届かない。でも、街で情報を集めれば、あいつの弱点や正体がわかるかもしれない。それに、調味料も手に入る。塩だけじゃない。醤油に近いものでも、油でも、香辛料でも——何かあれば今の料理が格段に跳ね上がる。
旨い飯と、強い敵。どちらを先に求めるかと言われれば——どっちも同じくらい大事だ。
焚き火が静かに燃えている。
肉の最後の一切れを口に入れながら、俺は静かに次の手を考えていた。レベル10まであと少し。そこまで上がれば、黒いトカゲとも戦える気がした。根拠は薄いが、今はそれで十分だった。




