第52話「ダイブホーク」
王都まであと二日ほどの距離になった。
街道の景色が変わってきた。林が深くなった。針葉樹の割合が増えて、道の両側から木が迫るような区間が続く。空が狭い。
歩きながら、ルイは上を見ていた。
「何かいるんすか」とマリネが言った。
「上に気配がある。朝からずっとついてきている」
「上って、木の上っすか」
「空だ」
マリネが空を見上げた。曇っている。雲の切れ間に青が見える。何もいないように見える。
「見えないっすけど」
「そうだな。高い」
ライルが「何の魔物だ」と言った。
「わからない。ただ、大きい。影が時々差す」
三人が警戒しながら歩いた。林が途切れて、開けた場所に出た。道の両側が草地になっている。空が広くなった。
影が落ちた。
速かった。
ルイは横に飛んだ。風圧が頭の上を通り過ぎた。地面に爪が刺さる音がした。振り返った。
大きい鷹だった。翼を広げると三メートルを超える。羽の色は暗い灰色で、腹が白い。嘴が鋭く曲がっている。目が黄色い。
ダイブホークだ、とルイは思った。名前は知らなかったが、形を見ればわかる。急降下して獲物を仕留める猛禽だ。
「でかいっす」とマリネが声を上げた。
「散れ。固まるな」とルイは言った。
* * *
ダイブホークが翼を広げて上昇した。また急降下してくる。
標的はマリネだった。
ルイは棒の先に穂先を形成しながら走った。マリネが横に転がった。ダイブホークの爪がマリネの肩をかすめた。服が裂けた。
ルイが穂先を翼の付け根に向けて突いた。浅い。羽が硬い。
ダイブホークが翼でルイを払った。予想より力があった。吹き飛ばされて地面を転がった。
「ルイさん」
「問題ない」
立ち上がった。羽で払われた腕が痺れている。それより、今の動きで翼の構造がわかった。羽が鎧のように重なっている。穂先を差し込める隙間は限られている。
ダイブホークが再び上昇した。今度はルイを狙っていた。
棒を構えた。穂先の形を変えた。槍型から、刃を横に広げた薙刀型に変えた。魔力の消費が少し増えるが、払い面積が広くなる。
急降下してきた。
正面から待ち受けた。
爪が来る直前、半歩右に動いた。完全には躱さない。爪の軌道の外側に頭だけ逃がして、翼の内側に入った。薙刀型の刃を翼の付け根に向けて横から打ち込んだ。羽の隙間に刃が入った。
ダイブホークが鳴いた。翼の動きが乱れた。高く上がれなくなった。
地面に降りてきた。まだ戦える状態だ。嘴と爪が使える。
「ライル、足を」とルイは言った。
「わかった」
ライルが魔法で地面を操作した。ダイブホークの足元の土が緩んで、足が沈んだ。一瞬動きが止まった。
その隙にルイは首の付け根に向けて穂先を突き込んだ。深く入った。ダイブホークが倒れた。
静かになった。
* * *
「マリネ、肩は」とルイは言った。
「かすっただけっす。血は出てないっす」とマリネが言った。服の破れた部分を確認している。「でも服が」
「縫えばいい」
「縫えないっすよ私」
「俺が縫う」
マリネが「縫えるんすか」と言った。
「一通りのことはできる」
ライルが「こいつは大抵のことはできる」と言った。「慣れろ」
「もう慣れてるつもりだったんすけどまだ驚くっすね」とマリネが言った。
ルイはダイブホークの状態を確認した。翼を広げると大きいが、体自体はそれほどでもない。胸肉とももの部分に肉がある。脂は少ない。ただ、色が濃い。旨みが凝縮しているタイプだ。
「食えるか」とライルが聞いた。
「食える。脂は少ないが旨みが強い。火の入れ方を丁寧にすれば硬くならない」
「また何か作るのか」
「考え中だ」
マリネが「考え中って言いながら大体決まってるやつっすよね」と言った。
ルイは答えなかった。解体を始めた。
* * *
野営に入ってから、調理にかかった。
胸肉を薄く削いだ。繊維が細かい。脂がない分、火を入れすぎると一気に硬くなる。低温でゆっくり火を入れる方がいい。
土魔法で小さな鍋型の器を成形した。水と骨を入れて出汁を取る。火魔法で温度を細かく調整した。沸騰させない。八十度前後をキープする。
「温度を保ってるっすね」とマリネが言った。焚き火の脇に座って見ている。
「沸かすと旨みが飛ぶ。低温で引き出す方がいい」
「そんな細かく調整できるんすか」
「火魔法の練度次第だ。感覚で覚えた」
出汁が取れたところで、薄切りの胸肉を入れた。温度を保ったまま、ゆっくり火を入れる。色が変わったところで引き上げた。
残った出汁に根菜を入れた。宿場で買ったネダ芋と、道中で採取した野草だ。煮詰めて塩で整えた。
胸肉を器に並べて、出汁をかけた。
「食え」とルイは言った。
マリネが一口食った。「やわらかいっす。鷹の肉ってこんなやわらかくなるんすか」
「火の入れ方次第だ。同じ食材でも変わる」
「旨みが濃いっすね。胸肉なのにこんなに出るんすか」
「ダイブホークは飛ぶための筋肉が発達している。その分、旨みが違う」
ライルが「さっきまで戦ってた相手をこう食うか」と言った。
「戦って仕留めたなら食うのが筋だ」
「まあそうだな」
三人で食った。出汁が体に染みた。夜の冷気が強くなっていた。焚き火の火が揺れた。
王都まで、あと一日と少しだ。




