第51話「槍と棒と、ひき肉と」
ガルドたちと別れて、また三人になった。
街道は続いている。空が少し曇っていた。風が冷たい。北に向かっているのが体でわかる。
しばらく無言で歩いていた。マリネが口を開いた。
「グランさんの槍、かっこよかったっすね」
「そうだな」とライルが言った。「無駄がなかった。ああいう使い方は習ったものじゃなくて、積み上げたものだ」
「ルイさんの棒と似てるっすか」
「似てない」とライルは言った。「槍は間合いが命だ。棒とは根本が違う。ただ、重心の使い方に通じるものはある」
「ルイさんはどう思うっすか」
ルイは少し前を歩いていた。マリネの声が聞こえていた。
答えなかった。
道の脇に、手頃な太さの流木が落ちていた。ルイは立ち止まって、それを拾った。自分の棒と並べて長さを確認した。少し短い。それでいい。
「ルイさん?」
棒の先端に手をかざした。土魔法を流した。先端の形が変わっていく。石が集まって、圧縮されて、薄く尖った刃の形になった。根元で固定される。刃渡りは短めだ。槍というより、穂先だけを模したものだ。
構えた。
グランの動きを頭の中で展開した。記録に刻んだ動きだ。重心の置き方、踏み込みの角度、突きの軌道。体に落とし込みながら、ゆっくり再現した。
突いた。
次に薙いだ。穂先が空気を切る感触があった。棒の長さと穂先の重みのバランスを確認しながら、もう一度突いた。
使えるな、と思った。
振り返った。
ライルとマリネが立ち止まって、こちらを見ていた。
「お前今覚えたのか」とライルが言った。
「覚えていたものを確認した」
「昨日まで使ってなかっただろう」
「使う必要がなかった」
マリネが「え、今できるようになったんすか?」と言った。目が丸い。
「できるようになったというより、使えると判断した」
「違いがわからないっす」
「まあいい」とルイは言った。穂先を解いた。石が崩れて土に戻った。「行こうか。この先に獣の気配がある」
ライルが「待て待て」と言った。「もう少し説明しろ」
「歩きながら話す」
* * *
獣の気配は本物だった。
街道から少し外れた茂みの向こうに、グラスボア系の魔物がいた。猪に近い体型だが、背中に草が生えたような緑がかった毛並みをしている。体重は相当ある。牙が太い。
「でかいっすね」とマリネが言った。
「肉が多い」とルイは言った。
「そっちか」
「そっちだ」
グラスボアが気づいた。鼻を鳴らして、こちらに向いた。
ルイは棒の先端に穂先を形成した。今度は少し長めに作った。グランの動きを再度展開する。重心を落とす。踏み込みの角度を決める。
グラスボアが突進してきた。
半歩左に動いた。突進の軌道から外れながら、穂先を首の付け根に向けて突き込んだ。深く入った。グラスボアが速度を落とさずに通り過ぎた。穂先が抜ける。
グラスボアが止まろうとして足をもつれさせた。振り返る前に、ルイは棒の反対側で後脚を払った。体勢が崩れた。もう一度、首の付け根に穂先を入れた。
倒れた。
ライルが「あっさりしてるな」と言った。
「急所がわかれば早い」
「グランの槍術を使ったのか」
「動きを参考にした。全部同じではない。棒と槍では長さが違う。その分を調整した」
マリネが「それを昨日一日で?」と言った。
「見ていた時間は短い。ただ記録には残っている」
マリネが「記録ってルイさんのユニークスキルっすよね」と言った。「すごいっすね、改めて」
「便利なだけだ。使い方次第だ」
* * *
血抜きから始めた。
グラスボアは大きい。内臓の処理に時間がかかる。マリネが水魔法で血を流しながら手伝った。ライルが外側の警戒に回った。
解体しながら、肉の状態を確認した。背中側の肉が厚い。脂の層が適度にある。赤身と脂のバランスがいい。
「この肉はひき肉にする」とルイは言った。
「ひき肉?」とマリネが言った。「細かくするってことっすか」
「ただ細かくするだけじゃない。繊維を断ち切って、均一にする。そうすることで食感と味の出方が変わる」
「手で刻むんすか」
「風魔法を使う」
マリネが「風魔法で?」と首を傾けた。
ルイは解体を終えた赤身の塊を取り出した。脂の部分も一定量残した。比率を確認する。赤身七、脂三くらいだ。
両手を肉の上にかざした。風魔法を展開する。ただ風を出すのではなく、極めて細かく、高速で回転させる。刃のない刃だ。肉の繊維に沿って、細かく切り刻んでいく。
音がした。低く、細かい振動音だ。
肉の表面が変わっていく。繊維が断ち切られて、均一な質感になっていく。
少し時間がかかった。止めた。
手のひらに乗せた。ひき肉になっていた。
「すごいっす」とマリネが言った。「これ魔法でやったんすか」
「風を細かく回転させた。刃物と同じ原理だ。調理に応用できると思っていたが、試したのは今日が初めてだ」
「ちゃんとできてるじゃないっすか」
「まあな」
* * *
野営の準備を整えてから、調理にかかった。
ひき肉に塩と、荷物の中のハーブを混ぜた。よく捏ねる。粘りが出てくるまで。
「何を作るんすか」とマリネが聞いた。
「ハンバーグだ」
「また知らない名前っすね」
「肉を成形して焼いたものだ。中がふわりとして、外が香ばしくなる」
「ふわり、っすか。ひき肉がふわりになるんすか」
「捏ね方と火加減次第だ」
土魔法で平たい石を成形した。火の上に置いて、十分に温めた。即席の鉄板代わりだ。油を引いた。荷物の中の木の実から取った油だ。
ひき肉を手で丸く成形した。厚みを均一にする。中央を少し凹ませた。加熱したときに膨らむ分だ。
石の上に乗せた。
じゅうという音がした。いい音だ。
表面が固まり始める。裏返すタイミングを見た。端が焼けて、側面に火が入り始めたところで返した。中央の凹みが膨らんでいた。
「膨らんでるっす」とマリネが言った。
「熱で空気が動く。だから凹ませておく」
「計算してたんすか」
「当然だ」
火を少し落とした。蓋の代わりに平たい石を上に乗せた。蒸らす。中まで均一に火を入れるためだ。少し待った。
石を外した。表面を指で軽く押した。弾力がある。中まで火が通っている。
三つ仕上げた。
器に乗せた。油で出た肉汁に水を少し足して、ハーブを加えて煮詰めた。ソースだ。上からかけた。
「食え」とルイは言った。
* * *
マリネが一口切った。断面が見えた。中がうっすら赤みがかっている。ぎりぎりの火入れだ。口に入れた。
少し間があった。
「なんすかこれ」と言った。声が低かった。
「どうした」
「肉なんすけど、肉じゃないみたいっす。ふわっとしてて、でも旨みはしっかりあって」
「ひき肉にしたことで繊維がなくなった。だから食感が変わる」
「これがハンバーグっすか」
「そうだ」
マリネがもう一口食った。黙った。今度は何も言わなかった。ただ食い続けた。
ライルが「旨いな」と言った。「肉を細かくするだけでここまで変わるのか」
「細かくして、捏ねて、成形して、焼く。工程がある。どれか一つ欠けても変わる」
「丁寧に作ったんだな」
「当然だ」
三人で食った。ソースが肉汁の旨みを引き出していた。ハーブの香りが鼻を抜けた。火の加減は悪くなかった。石の蓄熱が均一に働いた。土魔法で成形した石だから、厚みを自分で調整できた。それが効いた。
食い終えてから、マリネが「また名前のわからない料理が増えたっすね」と言った。
「覚えなくていい。旨ければそれでいい」
「でも誰かに話したくなるっすよ、これ」
「話せばいい。ハンバーグと言えばいい」
「伝わらないっすよ」とマリネは言った。「ハンバーグってなんですかってなるっす」
「食わせればわかる」
ライルが「それがこいつの流儀だ」とマリネに言った。「言葉より先に食わせる」
「それはそれで好きっすけどね」とマリネが言った。
焚き火が静かに燃えていた。
風が出てきた。北からだ。冷たい。でも今夜は腹が満ちている。それで十分だった。
王都まで、もう少しだ。




