第50話「道中の厄介事」
街道に戻って半日ほど歩いたところで、前方が騒がしくなった。
人の声だ。怒鳴り声と、金属の音が混じっている。
「揉め事っすか」とマリネが言った。
「盗賊だろう。荷馬車が止まっている」とルイは言った。
丘の向こうに幌付きの荷馬車が二台見えた。馬が怯えて足踏みしている。周囲に五、六人の男が立っていた。荷馬車を囲むような配置だ。御者台に座っていた男が引きずり降ろされていた。
荷馬車の脇に、数人が立っている。囲まれている側だ。うち一人が槍を構えていた。盗賊の一人が距離を取りながら様子を見ている。
「加勢するか」とライルが言った。
「する」とルイは言った。すでに歩く速度を上げていた。
* * *
近づいたところで、全体が見えた。
囲まれているのは六人だ。恰幅のいい男が一人、荷馬車の陰に下がっている。残りの五人が盗賊と向き合っていた。槍を構えているのはその中の一人で、四十代くらいの男だ。落ち着いた構えをしている。素人ではない。
盗賊は七人。得物はまちまちだ。剣、棍棒、短弓を持っているものもいる。
短弓が厄介だ。
「俺は弓持ちを先に潰す。二人は左から入れ」とルイは言った。
「わかった」とライルが言った。
ルイは隠密を展開した。気配を落として右から回り込む。短弓を持った男が二人いた。一人は荷馬車の後ろに隠れようとしている。もう一人は前に出て、槍の男に狙いをつけていた。
先に前の一人に近づいた。気づかれる前に棒で肘を打った。弓を持つ腕の関節だ。男が声を上げて弓を落とした。振り返る前に首の後ろを打って昏倒させた。
もう一人が気づいて矢を番えた。距離がない。棒の先端に土魔法で石の刃を形成した。槍の形に固まる。突き出した。男の弓ごと刃が弾いた。男が後退したところに棒の柄で腹を打った。倒れた。
残りの盗賊が混乱した。仲間が二人、音もなく倒れた。どこから来たかわからない。その隙にライルとマリネが左から入った。ライルが魔法で二人を縛り上げた。マリネが残りの一人に向かった。
最後の二人が逃げた。
槍の男が追おうとした。
「いい」とルイは言った。「逃げた奴を追うより、縛り上げた奴を押さえておく方が先だ」
槍の男がこちらを見た。一瞬間があった。「そうだな」と言って槍を収めた。
* * *
荷馬車の陰にいた恰幅のいい男が出てきた。五十代くらいだ。体の割に動きが軽い。よく日に焼けた顔に、人の好さそうな笑みを浮かべていた。ただし目が笑っていない。値踏みしている目だ。
「助かった。ガルド・ベネスという。王都で商いをしている」と男は言った。
「神崎ルイ。冒険者だ」
「冒険者か。このあたりを旅しているのか」
「王都に向かっている」
ガルドが「そうか」と言って、もう一度こちらをじっくり見た。「若いな。しかし手際がいい。あの弓持ちを片付けるのに一呼吸もかからなかった」
「たまたまだ」
「たまたまにしては動きに無駄がない」とガルドは言った。笑みはそのままだが、声の質が変わっていた。商売の話をするときの目になっていた。「王都に着いたら店に寄れ。悪いようにはしない」
ルイは答える前に、槍の男の方を見た。
男は部下たちに指示を出しながら、縛り上げた盗賊を確認していた。動きに無駄がない。指示が短い。部下が迷わず動く。
ルイは記録を起動した。
男の動きを目で追った。槍の持ち方、重心の置き方、足の運び。指示を出しながらも周囲への警戒を切らしていない。視野が広い。体に染みついた動きだ。長年かけて作られた型だ。
渡り鴉のメンバーも記録した。短剣使いの男が縛り上げた盗賊を処理している。動きが小さくて速い。盾を持った男が外側の警戒に回っている。重心が低い。魔法使いらしき女が馬を落ち着かせている。片手剣の男が御者台の確認をしていた。全員、役割が自然に分かれている。
ガルドが「あいつはグラン・セイルという。渡り鴉のリーダーだ。長い付き合いでな、護衛はいつも頼んでいる」と言った。
「Bランクか」
「個人の実力はAランク相当と言われているが、本人が望まない」とガルドは言った。「まあ、そういう男だ」
グランがこちらに歩いてきた。四十代くらいだ。顔に古い傷がある。体格は大きくないが、近づいてくるだけで空気が変わる感じがした。
「助かった」とグランは言った。声が低い。「ガルドの護衛だけでは手が足りなかった」
「たまたま通りかかっただけだ」
グランがルイの棒を見た。「棒使いか。珍しい」
「使いやすい」
「そうだな」とグランは言った。少し間があった。「筋がいい」
それだけ言って、部下の方に戻った。
ライルが隣に来た。「あの人、何者だ」と小声で言った。
「強い人だ」とルイは言った。
* * *
後片付けが終わってから、ガルドが食事に誘った。荷馬車の荷の中から食材を出して、野営の準備を始めた。渡り鴉のメンバーが手際よく火を起こした。
食事をしながら、ガルドが話した。
「王都周辺で魔物が増えている。原因はわかっていないが、ここ二、三ヶ月で街道の治安が悪くなった。魔物が増えると人の動きが滞る。人が動かなければ物が動かない。商売にならん」
「王都の中はどうだ」とライルが聞いた。
「中は今のところ問題ない。ただ近郊の村がいくつか困っている。冒険者の需要は高い。腕があれば仕事には困らんだろう」
ルイはスープを飲みながら、ガルドの話を聞いていた。半分は別のことを考えていた。食材の話がまだ出ていない。
「市場はどうだ」とルイは聞いた。
ガルドが少し目を細めた。「市場か。何が聞きたい」
「珍しい食材や調味料が集まると聞いた」
「ほう」とガルドは言った。今度は完全に商売の目になった。「食材に興味があるのか」
「ある」
「どんなものを探している」
「発酵系の調味料だ。味噌に近いもの、醤油に近いもの。そういったものがあれば」
ガルドが少し黙った。それから「ダルモとクロタレのことを言っているのか」と言った。
ルイは手を止めた。「それはどこで手に入る」
「王都の問屋街に一軒だけ扱っている店がある。俺の古い取引先だ。ただし量が少ない。いつでも買えるわけじゃない」とガルドは言った。「なぜそれを知っている。王都に来たことがあるのか」
「ない。ただ、似たものを知っている」
ガルドが「似たもの、か」と繰り返した。しばらくルイを見ていた。「お前、ただ者じゃないな」
ルイは答えなかった。
ライルがマリネに小声で「食材の話だけこうなるんだよな」と言った。マリネが「わかるっす」と返した。
ルイは二人の声が聞こえていたが、無視した。
頭の中では別のことを考えていた。ダルモとクロタレ。名前が違うだけで、製法は近いはずだ。荷物の中の壺がある。材料さえ揃えば、作れるかもしれない。王都に行けば素材の目処もつく。
焚き火の向こうで、グランが静かに座っていた。食事をしながら、何も言わなかった。ルイと目が合った。グランが小さく頷いた。
ルイも頷いた。
ライルとマリネがその様子を見ていた。
「なんか通じ合ってるっすね」とマリネが言った。
「あの二人はそういうもんだろう」とライルが言った。
食事が終わった頃、ガルドが「王都に着いたら必ず店に寄れ。ダルモとクロタレの仕入れ先を教えてやる」と言った。
「行く」とルイは言った。即答だった。
ライルが「珍しく即答したな」と言った。
「当然だ」
マリネが「食材の話だとほんとに別人っすよね」と言った。
ルイは答えなかった。焚き火を見ながら、王都のことを考えていた。




