第49話「親子にする」
野営地は林を抜けた先の、風が遮られる窪地だった。
焚き火を起こして、荷物を下ろした。マリネが水を汲んでくる間に、ルイはタルビの肉を取り出した。昨日血抜きを終えた胸肉と腿肉だ。状態はいい。
「何作るんすか」とマリネが戻りながら言った。
「親子丼だ」とルイは言った。
マリネが首を傾けた。「おやこどん?」
「ああ」
「何それっすか」
「食えばわかる」
ライルが「説明くらいしてやれ」と言った。
「肉と卵を合わせる料理だ。それ以上説明するより食った方が早い」
マリネが「肉と卵を合わせる、か」と繰り返した。「タルビの肉とタルビの卵だから、親子ってことっすか」
「そういうことだ」
マリネが「それはちょっと複雑な気持ちっすね」と言った。
ルイは答えずに火の調整を始めた。
* * *
まず出汁を取った。
タルビの骨を割って、水に入れて火にかける。アクを丁寧に取りながら、ゆっくり煮出した。荷物の中から乾燥させたハーブと、ヴェルサで仕入れておいた塩を出した。味を調えながら、スープの色が透き通ってくるのを待つ。
「いい匂いっすね」とマリネが言った。焚き火の傍に座って、鍋を覗いている。
「骨から出ている。タルビは脂が少ない分、旨みが骨に集中している」
「骨からこんなに出るんすね」
「肉だけ見ていると損をする。骨も内臓も使い方がある」
出汁が整ったところで、胸肉を薄く切った。繊維に沿って切ると、加熱したときに縮みにくい。腿肉は少し厚めにした。食感を変えるためだ。
肉を出汁に入れた。火は中火より少し弱い。タルビの肉は火を入れすぎると硬くなる。色が変わるギリギリで止める。
「卵はいつ入れるんすか」とマリネが聞いた。
「肉に火が通ってから。溶いておいてくれ」
マリネが卵を割った。殻が厚い分、力がいる。黄身が崩れて白身と混ざった。色が深い。
「よく混ぜるな。黄身と白身が均一になるまで」
「こうっすか」
「もう少し。箸を立てて細かく動かす方がいい」
マリネがやり直した。今度はうまく混ざった。
肉の色が変わった。火を少し落とす。溶き卵を回しかけた。端から固まり始める。中央がまだ半熟のうちに火を止めた。
余熱で卵が仕上がる。蓋をして少し待った。
* * *
飯の代わりに、宿場で買っておいたパンを薄く切って器に敷いた。本来は飯の上にかけるものだが、ないものは仕方がない。出汁ごとかけた。
三人分、器に盛った。
マリネが一口食った。
黙った。
もう一口食った。
「なんすかこれ」と言った。声が少し変だった。
「どうした」
「旨すぎて変な声出そうっす」
ライルが「大げさだろう」と言いながら自分の器を見た。卵がふわりと固まって、肉と絡まっている。出汁が染みている。一口食って、少し間を置いた。「……旨いな」
「だろう」
「大げさじゃなかったっす」とマリネが言った。
「卵が出汁を含んでいる。タルビの骨から取った出汁だから、肉との相性がいい。同じ素材から取っているからだ」
「だから親子なんすね」とマリネが言った。「名前の意味がわかったっす」
「本来の意味は少し違うが、まあそういうことにしておいていい」
マリネが「本来の意味って何っすか」と聞いた。
「気にするな」
ライルが「また始まった」と言った。
* * *
食い終えてから、焼き鳥にかかった。
腿肉を一口大に切って、細い木の枝に刺した。火の上で転がしながら焼く。脂は少ないが、皮がある部分は火が当たると香ばしい匂いが立ち上がった。
「これは何っすか」とマリネが聞いた。
「焼き鳥だ」
「さっきと打って変わってシンプルっすね」
「シンプルが旨い場合もある」
塩を振ったものを先に仕上げた。マリネに渡した。かじった。
「旨いっす。でもさっきのがあるから比べてしまうっすね」
「それは仕方がない。順番の問題だ」
次にタレを作った。荷物の中から小さな瓶を取り出した。ヴェルサで手に入れた甘みのある醸造酢と、蜂蜜に近い甘味料だ。鍋で少し煮詰めた。とろみが出てきたところで肉を絡めた。
ライルが「さっきと同じ肉か」と言った。
「同じだ」
「全然違う」
「タレの力だ。甘みと酸味が脂の少なさを補う」
マリネが塩のものとタレのものを交互に食べた。「どっちが好きか聞かれたら困るっすね」
「好みの問題だ。どちらが正解ということはない」
「ルイさんはどっちっすか」
ルイは少し考えた。「タレだ。ただし、塩で素材を確認してからタレで食う順番が好きだ」
「それ両方食えってことっすね」
「そういうことだ」
マリネが「うまいこと言うっすね」と言った。ライルが小さく笑った。
* * *
食事が終わって、片付けをしていたときだった。
マリネが残った卵を一つ手に取った。「これ、このまま焼いたらどうなるっすか」
「やってみろ」とルイは言った。
マリネが平たい石を火の近くに置いて、温めた。卵を割って乗せた。端から白身が固まっていく。黄身が丸いまま残っている。
しばらくして、マリネが食べた。
何も言わなかった。ただ、目が少し丸くなった。
「どうだ」とルイは聞いた。
「卵ってこんなに旨いんすね」とマリネは言った。「何も足してないのに」
「素材がいい。それだけだ」
「タルビの卵、もっと取っておけばよかったっす」
「次に会ったときに取ればいい」
マリネが「次も倒せますかね」と言った。今度は少し真剣な顔だった。
「倒せる。さっきよりうまく動ける。それが稽古だ」
マリネが「そうっすね」と言って、空になった器を洗い始めた。
火が落ち着いてきた。風が出てきた。北からの風で、冷たい。
ルイは焚き火の傍で、次の行程を頭の中で整理した。王都まではまだ距離がある。道中に何があるかはわからない。ただ、食材は増えていく。それは確かだ。
壺のことを思った。ダルモとクロタレ。宿場の食堂の煮込みに使われていた発酵の匂いに、似たものを感じた。王都に近づけば、情報も入ってくるはずだ。
焚き火が静かに燃えている。
今夜はよく眠れそうだった。




