第48話「走る鳥と、卵」
朝に宿を出た。
街道はまだ続いている。轍の跡が深い。昨日より空気が冷たい。北に向かっているのが肌でわかった。
歩き始めて一時間ほどで、道が緩やかに登り始めた。丘の手前に林が広がっている。針葉樹が混じり始めた。南では見なかった木だ。
「今日も歩くだけっすかね」とマリネが言った。
「どうだろうな。この辺は魔物が出ると宿の主人が言っていた」とライルが言った。
「どんな魔物っすか」
「詳しくは聞かなかった。走り回るやつだとは言っていたが」
ルイは林の方を見た。草が揺れている。風ではない。
「いるな」と言った。
* * *
林の縁から出てきたのは、鳥だった。
大きい。マリネの腰くらいまである。翼は小さく、飛べないのがわかる。足が長くて太い。首が細長く、頭が小さい。色は灰褐色で、喉の辺りだけ白い。
一体ではなかった。続いてもう二体、林の中から姿を現した。
三体が横並びになって、こちらを見ている。
「でかいっすね」とマリネが言った。声が少し上ずっていた。
「タルビだ」とルイは言った。「足が速い。正面から追いかけるな」
「食えるっすか」
「食える。肉が多い」
マリネが「よし」と言った。短剣を抜いた。
タルビの一体が動いた。
速かった。
地面を蹴る音が聞こえたと思った瞬間には、もうマリネとの距離が半分になっていた。マリネが短剣を構えたまま固まった。
「横に」とルイは言った。
間に合わなかった。
タルビの肩口がマリネの腹に入った。大きな衝撃ではないが、マリネがよろけて片膝をついた。
「っ、痛い」
ルイは棒を構えた。マリネに向かっていたタルビの首元を横から打った。鈍い音がした。タルビが体勢を崩して数歩よろめく。
残り二体がこちらに向いた。
「ライル、右を頼む」とルイは言った。
「わかった」
ライルが魔法を展開しながら右のタルビに向かった。ルイは左のタルビと、よろめいているタルビの二体を見た。
距離を詰めてくる。足が速い分、間合いを取り続けるのが正解だ。
左のタルビが突進してきた。ルイは半歩右に動いて躱し、首の後ろを棒で打ち下ろした。タルビが地面に頭を打ち付ける。すぐに立ち上がろうとした。脚が速いだけで打たれ強くはない。もう一度、同じところを打った。動きが止まった。
よろめいていた一体が態勢を立て直して突進してくる。今度は棒の先端に土魔法で刃を形成した。石の刃が槍の形に固まった。突き出す。タルビの肩に刺さった。深くはないが、動きが鈍った。そのまま首を打つ。倒れた。
ライルの方を見た。右のタルビが魔法を受けて動きを止めていた。ライルが剣で仕留めた。
静かになった。
* * *
「立てるか」とルイはマリネに言った。
「立てるっす。情けない」とマリネが言った。膝についた土を払いながら立ち上がった。腹を押さえている。「突進が速すぎて体が動かなかったっす」
「慣れていないからだ。初めて見る動きには体が遅れる」
「わかってるっすけど、わかってるだけじゃ動けないっすね」
「そういうことだ」とルイは言った。「今日の解体が終わったら少し稽古をつける」
マリネが「ほんとっすか」と顔を上げた。
「棒術ベースで教える。短剣でも応用できる部分はある」
「やるっす」
ライルが「俺も見ていいか」と言った。
「構わない」
* * *
解体を始めた。
タルビは肉が多い。胸と腿が特に。羽を取り除いて皮を剥ぐと、想像より白い肉が出てきた。脂の層が薄い。加熱しても縮みにくいタイプだ。
マリネが手伝いながら血を処理していた。手のひらに少し水を出して、切り口を洗い流している。
ライルがそれを見た。
「それ、魔法だぞ」と言った。
マリネが手を止めた。「これしかできないんすけど」
「それで十分だ。鍛えられる」
マリネが「鍛えられるんすか、これ」と少し驚いた顔をした。
「水を出す量を増やすことから始める。制御ができれば使い道は広い」とライルは言った。「なんで言わなかった」
「聞かれなかったっすし、これしかできないから魔法って感じがしなくて」
ルイは解体の手を止めずに言った。「知ってたぞ。ただ、使い方がわかっていなかっただけだろうと思っていた」
ライルがこちらを見た。「言えよ」
「お前が気づくと思っていた」
「気づかなかった」
「そうか」
ライルが「そうかじゃない」と言った。マリネが少し笑った。
* * *
解体が一段落して、林の縁を確認していたときだった。
草の奥に、白いものが見えた。
近づいた。丸い。大きい。タルビの巣だった。卵が四つ、枯れ草と羽で囲まれて置かれていた。
「卵だ」とルイは言った。
マリネが駆け寄ってきた。「でかいっすね。鶏卵の倍はありそうっす」
「タルビの卵だろう。割れていない。全部使える」
一つ手に取った。重い。殻が厚い。温度はまだ残っている。産まれて間もない。
割ってみた。黄身が濃い。色が深い黄色だ。
「匂いを嗅いでみろ」とマリネに言った。
マリネが鼻を近づけた。「濃いっすね。こってりした匂いがする」
「これは使える」とルイは言った。
「何に使うんすか」
「明日考える」
マリネが「もう決まってそうな顔してるっすよ」と言った。
ルイは答えなかった。
卵を布に包んで荷物に入れた。タルビの肉を処理して、血抜きを終えた。陽はまだ高い。今日中に次の野営地まで進める。
歩き始めながら、頭の中で組み立てていた。
タルビの肉と、この卵。
合わせ方は一つしかない。




