第47話「街道の宿と、北の味」
街道は思ったより整っていた。
石畳こそヴェルサの門を出た時点で終わったが、轍の跡が深く刻まれた土の道がまっすぐ北へ伸びている。荷馬車が頻繁に往来しているのだろう。道幅も広い。歩くのに不自由はなかった。
出発から半日ほどで、景色が変わり始めた。
潮の匂いが薄れた。代わりに乾いた草と、どこか甘い土の匂いが混じるようになった。南とは空気が違う。肺の奥まで吸い込むと、少し冷たい。
「北に向かってる感じがしてきたっすね」とマリネが言った。
「ヴェルサは海沿いだったからな。内陸に入れば気候も変わる。もう少し進むと植生も違ってくるはずだ」とルイは言った。
「植生って、草とか木のことっすか」
「ああ。食材も変わる。それが楽しみでもある」
マリネが「そこに繋げるんすね」と笑った。
ライルが「こいつの頭の中は常に食材と繋がっているから」と言った。「慣れろ」
「もう慣れてるっすよ」
* * *
宿場町が見えてきたのは、日が傾き始めた頃だった。
小さな町だ。ヴェルサとは比べ物にならない。でも街道沿いの宿場として機能しているのか、宿が二軒、食堂が一軒、小さな市場が立っている。旅人らしき人間が何人かいた。
宿に荷物を置いてから、食堂に入った。
カウンターの奥に、がっしりした体格の女が立っていた。四十代くらいか。無愛想な顔をしていたが、客が入ってきたことには気づいている。
「三人だ。今日のおすすめを頼む」とルイは言った。
「煮込みとパンだよ。あとは焼いた根菜」と女が言った。
「それで頼む。根菜は何を使っている」
女が少し目を細めた。「ネダ芋だよ。この辺でしか取れない」
「聞いたことがないな。見せてもらえるか」
女が黙ってカウンターの下から芋を一つ出した。
手に取った。ずっしりしている。表皮は赤みがかった茶色で、形は歪だ。匂いを嗅ぐと、土の香りの奥に甘みがある。加熱すると糖が出てくる類だ。
「焼くとどうなる」とルイは聞いた。
「ほくほくになる。甘くなる。この辺の旅人はみんな好きだよ」と女が言った。今度は少し声が柔らかかった。
「楽しみだな」とルイは言った。
* * *
料理が来た。
煮込みは肉と根菜を長時間煮たものだ。スープは濁った茶色で、表面に脂が浮いている。パンは硬い。食堂のパンはたいていそうだ。
焼いたネダ芋が小皿に盛られて出てきた。
一口食った。
皮の際がわずかに焦げて、香ばしい。中はしっとりしていて、噛むと甘みがじわりと広がった。糖が十分に出ている。塩を少しかけると、甘みが一段引き立った。南の食材にはない、重みのある甘さだ。
「これは旨いな。土の甘さがある。南の芋とは全然違う」とルイは言った。
「どう違うんすか」とマリネが聞いた。口の中にネダ芋を入れながら。
「南の芋は水分が多くてあっさりしている。こっちは糖の密度が高い。煮るより焼く方が向いている食材だ。乾燥させてから粉にしても使えるかもしれない」
「粉にするんすか」
「菓子や汁物のとろみに使える。昔、そういうものを食べた記憶がある」
マリネが「昔ってどこの話っすか」と首を傾けた。
「色々あった。気にするな」
ライルが「深く聞くなよ」とマリネに言った。「こいつは時々そういうことを言う」
「そうなんすか。ちょっと気になるっすけど」
「気にしたままでいい」とルイは言った。「ネダ芋の方が今は重要だ」
マリネが「確かに旨いっすね、これ」と言って二切れ目に手を伸ばした。
煮込みのスープを一口飲んだ。肉の旨みが出ている。ハーブの使い方が南とは違う。香りが丸くて温かい。北の料理の輪郭が少し見えた気がした。
* * *
食事を終えて宿に戻った。
ライルはすぐに横になった。マリネも荷物を整理しながら半分眠そうだった。
俺は一人で荷物の中の壺を確認した。
蓋の隙間から匂いを嗅いだ。まだ変化はない。発酵が始まるには時間がかかる。今はただ待つだけだ。
壺を布でくるんで荷物の中央に戻した。
窓の外は暗かった。街道沿いの宿場に夜は早い。遠くで風が鳴っている。南の潮風とは違う、乾いた風だ。
ステータスを確認した。
ステータスオープン
名前 :神崎ルイ
年齢 :17歳
レベル:15
称号 :転生者・森の征服者・食らう者・海の狩人
【ユニークスキル】
記録
【スキル】
棒術 :Lv.7
解体 :Lv.5
採取 :Lv.3
罠設置:Lv.2
野営 :Lv.3
調理 :Lv.5
隠密 :Lv.5
観察 :Lv.4
索敵 :Lv.2
着実に上がっている。
ヴェルサで動き回った分が数字に出ていた。調理と隠密が上がっているのは実感がある。棒術も一つ上がった。それよりも、称号が増えたことの方が少し意外だった。
海の狩人。
カルタガイを仕留めたからだろう。あの魔物の肉は旨かった。首の付け根の脂が特に。もう一度食いたいと思う。
窓を閉めた。
北に行けば、また新しいものがある。ネダ芋だけでそれはわかった。王都まで何があるかはわからないが、道中で食えるものが増えていく感覚は悪くない。
それだけで、十分だった。




