第41話「沖の島、依頼」
依頼が来たのは翌朝だった。
ギルドの依頼板ではなく、直接話が来た。受付の男が「港の船頭が冒険者を探している」と言った。
船頭は港の端にいた。
五十がらみの男だ。日焼けで皮膚が厚くなっている。手が大きい。長年、船を操ってきた人間の体だ。
「沖の島に魔物が出た」と船頭は言った。「島に漁師が二人いる。助けに行きたいが、俺には戦えない」
「島までどのくらいかかるんだ」
「帆を使えば半刻。今日は風がいいからな」
「魔物の種類はわかるのか」
「わからん。漁師が旗を上げた。それだけだ」
俺はライルを見た。ライルが頷いた。
「行くぞ」
* * *
「船っすよ」とマリネが言った。港で荷物を確認しながら言った。テンションが上がっていた。
「見ればわかる」
「あたし、船は得意っす。陸の依頼と違って海はあたしのホームっすよ」
「頼りにする」
「本当っすか」
「さっき言った」
「言ってくれるのが珍しくて」
ライルが「素直に喜んでおけ」とマリネに言った。
「喜んでますよ。ルイさんが頼りにするって言うの、珍しいんすよ」
「俺のときはどうだ」とライルが言った。
「ライルさんはいつも頼りにしてるじゃないっすか」
「ルイはしてないのか」
「してます」と俺は言った。「言ってないだけだ」
ライルが「言えよ」と言った。
「機会があれば」
マリネが笑った。ライルも少し笑った。
* * *
船は中型だった。
帆が一枚。甲板が広い。荷物置き場と、舵を操る場所がある。船頭が操る。俺たちは甲板に立った。
船が出た。
風を受けて帆が膨らんだ。船が動いた。
海面が近い。波が甲板の端を叩く。水しぶきがかかった。塩気が顔に当たる。
足元が揺れる。
思ったより揺れる。
「結構、揺れるな」とライルが言った。顔が少し青い。
「大丈夫っすか」とマリネが言った。
「大丈夫だ」とライルが言った。大丈夫そうには見えなかった。
「船酔いすると甲板の端を見ると楽っすよ。水平線を目で追ってると安定します」
「試してみるわ」
ライルが甲板の端に移動した。
俺は揺れをそのまま受けていた。足の力を抜いて、揺れに合わせて体の重心をずらす。前世で一度、荒れた海の船に乗ったことがあった。レコードに残っている。体が覚えていた。
「ルイさん、慣れてるっすね」とマリネが言った。
「少しな」
「船に乗ったことあるんすか」
「昔、一度だけ」
「どこっすか」
「遠い場所だ」
マリネが「そうっすか」と言った。深くは聞かなかった。
海が広かった。
陸から離れると、周囲が全部水になる。空と海だけになる。ドラスで見たダンジョンの奥とは違う広さだ。天井がない。どこまでも続く。
レコードが働いていた。波の音、塩の匂い、甲板の揺れ、風の強さ。全部入れておく。
「何か考えてるっすか」とマリネが言った。
「記録している」
「何を」
「今、感じていること全部だ」
マリネが海を見た。「これを記録するんすか」
「ああ」
「どんなふうに記憶するんすか」
「そのまま。全部そのまま」
マリネがしばらく海を見ていた。「あたしには無理っすね。忘れちゃうから」
「忘れてもいい。また来ればいい」
「ルイさんって、また来ればいいってよく言いますよね」
「来られる限り、また来ればいい。来られなかったとき後悔しても遅い」
マリネが「なんか、いい言葉っすね」と言った。
「そうか」
「格言みたいっす」
「格言じゃない。飯の話だ」
「飯の話っすか」
「うまい飯屋には何度でも行けばいい。行けなくなってから惜しんでも遅い」
「……飯の話っすね、確かに」
マリネが笑った。
* * *
島が見えてきた。
小さな島だ。岩が多い。緑が少ない。浜が一か所ある。漁師の小屋が一軒見えた。
船頭が「旗が見えるか」と言った。
浜に旗が立っていた。赤い旗だ。それとは別に、小屋の方向から煙が上がっていた。
「火を使っている」とライルが言った。顔色が少し戻っていた。「漁師たちはまだ無事だな」
「小屋に籠もっているか」と俺は言った。
「魔物に追われて逃げ込んだんだろう」
「島はどのくらいの広さっすか」とマリネが船頭に聞いた。
「歩いて半刻もあれば一周できる。大した広さじゃない」
「島の中にいる魔物なら、逃げ場がないぞ」とライルが言った。
「だから旗を上げた」
船が浜に近づいた。
俺は索敵を使った。
島全体に意識を広げた。気配を探る。小屋の中に人間が二人。それとは別に、島の内側に何かいる。複数だ。
「四体いる」と俺は言った。「小屋から島の中心方向に散らばっている」
「どんな魔物だ」とライルが言った。
「わからない。気配が読めない種類だ。陸の魔物とは動き方が違う」
「海の魔物が島に上がったのかもしれないっすね」とマリネが言った。
「上陸する種類がいるのか」
「いますよ。甲殻類の魔物で、岩場に巣を作るやつっす。群れで動いて、挟む力が強い。素早くはないっすけど、正面からぶつかると危ないっす」
「弱点は」
「背中の甲殻が薄い。ひっくり返すか、後ろから攻めるのが基本っすよ」
俺はライルを見た。ライルが頷いた。
マリネが「あたしは遠距離で引きつけます。足元を狙えば転ばせやすいっす」と言った。
「わかった。それで行く」
船が浜に着いた。
砂浜に降りた。波の音が近い。岩の隙間から何かの気配がした。
「来るぞ」とライルが言った。
「来たっす」とマリネが言った。
岩陰から甲殻の魔物が姿を現した。大きな爪を持っていた。確かに素早くはない。ただ、岩場での動きは安定していた。地の利がある。
「ライル、右から二体を頼む。俺は左から行く」
「わかった」
「マリネは後ろの二体を引きつけてくれ。足元を狙え」
「任せてっす」
戦闘が始まった。
波の音の中で、甲殻が砂を踏む音がした。




