第4話「罠と知恵」
五日目の朝、俺は少し考えた。
毎日魔物と正面から戦っている。それは悪くない。レコードが動きを記録して、棍術のスキルレベルが上がって、確実に強くなっている。でも、効率が悪い。
一対一ならいい。問題は、複数に囲まれたときだ。
昨日がそうだった。
トカゲに似た魔物が三体、同時に現れた。赤みがかった鱗に、細長い体。動きが速くて、舌をちろちろさせながら低く構えてくる。一体なら余裕が出てきたが、三体は話が違った。
一体を相手にしている隙に、別の一体に横から噛みつかれた。皮膚は破れなかったが、痣になるくらいの衝撃はあった。最終的には全部仕留めたが、危ない場面が何度かあった。
腕に残った痣を見る。青黒く変色していて、触ると鈍い痛みがある。
正面からの力技だけでは、いずれ限界が来る。数が増えたとき、あるいは自分より格段に速い相手と戦うとき。今のやり方では対応できない局面が必ず来る。
だから、罠だ。
* * *
レコードには、罠の作り方が記録されていた。
サバイバル動画を何本か見たことがある。木の枝と蔓を使った落とし穴。細い縄を使ったスネア。倒木を利用したトラップ。うろ覚えだったが、レコードに記録された情報は完全だ。見たときの映像、解説の声、手順の細かい動作——全部が頭の中にある。
「やってみるか」
まず材料を集めた。
しなやかで丈夫な蔓草。適度な太さの枝。それから、魔物がよく通る獣道——三日間歩き回った結果、森の中でいくつかのルートが見えてきていた。魔物は意外と同じ道を使う。足跡と、草の踏み荒らされ方でわかる。
獣道の脇に、スネアを仕掛けた。
蔓草を輪にして、枝でテンションをかける。地面すれすれに設置して、踏んだ瞬間に足首を締め上げる仕組みだ。動画で見たものを忠実に再現した。
最初の一個は形が歪んだ。蔓の張り方が甘くて、これでは魔物の力で簡単に切れてしまう。やり直す。二個目は少しましになった。三個目になると、手がようやくコツを掴んできた。
レコードが動いているのを感じる。一個ごとに改善点が記録されて、次に活かされていく。これが積み重なればスキルになる——直感的にそうわかった。
二時間かけて三箇所に設置する。
「あとは待つだけだ」
近くの木に登って、下を見渡せる位置に陣取った。枝の上は意外と安定していて、身を隠しやすい。これもレコードで木登りの要領を体が覚えているからだろう。
昼飯を食いながら待った。昨日の残り肉と、木の実だ。
* * *
三時間ほど経ったころ、獣道に動きがあった。
昨日と同じ、赤いトカゲだ。今度は二体で並んで歩いてくる。
一体目がスネアを踏んだ。
ぴんと蔓が張って、足首が締まる。トカゲが体を捻って暴れたが、蔓は切れなかった。もう一体が仲間の周りをうろうろしている。
俺は木から飛び降りた。
動けない一体を先に仕留めて、もう一体に向き直る。正面から向き合うのは慣れてきた。一対一なら、もう怖くない。
数合打ち合って、急所を打ち込んだ。
二体とも仕留めるまで、五分もかからなかった。
「楽だな」
呟いて、罠を回収する。蔓草は再利用できる。丁寧に外して、また巻き直した。
残り二箇所の罠も確認しに行くと、一箇所に別の魔物がかかっていた。
毛むくじゃらの、丸っこい体。大きさは小型犬くらいで、黒い目がつぶらだ。足をスネアに取られて、じたばたしている。
「……食えるか?」
触れた瞬間、レコードが動いた。
柔らかな肉質。脂の乗り方が均一で、加熱すると溶ける。旨味成分が豊富——。
「食える」
即断した。
仕留めて解体する。毛皮も丁寧に剥いだ。防寒具や荷物入れに使えそうだ。これもレコードに記録しておく。
帰り道、ステータスを開いた。
【ステータス】
名前 :神崎ルイ
年齢 :17歳
レベル:4
経験値:80/400
称号 :転生者
【ユニークスキル】
記録
【スキル】
棍術:Lv.2
解体:Lv.2
採取:Lv.1
罠設置:Lv.1
罠設置がインストールされていた。
解体もレベルが上がっている。毎日繰り返しているおかげだろう。スキルは使えば使うほど伸びる——そのシンプルな仕組みが、今の俺には都合がいい。
「次は落とし穴も試してみるか」
独り言を言いながら、今夜の飯の算段を立てた。
赤トカゲは昨日も食ったが、今日は丸っこい毛むくじゃら——勝手に「毛玉」と呼んでいる——が手に入った。脂の乗りが全然違う。
二種類の肉を組み合わせたら、どうなるか。
赤トカゲの淡白な旨味と、毛玉の濃厚な脂。交互に焼いて、石の上で混ぜながら食う。それだけで、昨日より旨くなる気がした。
実際、その通りだった。
焼いた毛玉の脂が石の上に広がって、そこに赤トカゲの薄切り肉を落とす。じゅっという音とともに、今まで嗅いだことのない香りが立ち上った。脂の甘みと、肉の旨味が混ざり合う匂いだ。
かじりついた瞬間、思わず動きが止まった。
旨い。
今までとは段違いだった。脂が肉に絡んで、舌の上でとろける。嚙むたびに旨味が滲み出てくる。塩がなくても、この組み合わせだけで十分すぎる味が出ていた。
「毛玉、優秀だな」
独り言を言いながら、また一切れ口に運んだ。
足取りが自然と軽くなった。
強くなることと、旨い飯を食うこと。
俺にとって、この二つは切り離せないものになっていた。




