第38話「ギルドと依頼と、魔法の話」
ヴェルサのギルドは、港から坂を上がった場所にあった。
建物は白壁だ。この街の建物は全部白い。扉が木製で、上に錨の彫刻がある。海の街らしかった。
中に入ると、ドラスのギルドとは少し雰囲気が違った。冒険者の数は同じくらいだが、海に関係した装備をしている者が多い。防水加工された外套。鉤爪のついたベルト。縄を腰に巻いている者もいる。依頼板に並んでいる紙も、陸の街とは違う内容が混じっていた。
受付に行った。
「パーティ登録と、依頼の確認をしたい」
受付の男が顔を上げた。「ランクは」
「二人ともDだ。もう一人はGだが、同行者として登録したい」
マリネが「よろしくおねがいします」と言った。緊張した声だった。
手続きは早かった。
* * *
依頼板を見た。
陸の依頼は護衛と調査が多い。海の依頼は、船の護衛、沖の小島への物資輸送、魔物の調査と駆除。ドラスにはなかった種類だ。
「海の依頼は初めてだな」とライルが言った。
「ああ」
「船に乗るのか、それ」
「乗る」
「お前、船に乗ったことあるか」
「ない」
「俺もないな」
二人で依頼板を見ていた。マリネが「あたしはありますよ」と言った。
「何度くらいだ」とライルが聞いた。
「漁師の娘なんで、数え切れないほどっす。船の扱いなら任せてください」
「頼りになるな」とライルが言った。
「でしょっ」とマリネが言った。少し嬉しそうだった。
俺は依頼の一枚を取った。
「これにする」
「どれっすか」とマリネが覗き込んだ。「港周辺の魔物調査か、ガルタ街道の護衛と一緒に来てるやつ、どっちっすか」
「街道だ」
「陸ですね」
「今日は陸でいい。まず動き方を見る」
ライルが「初日から飛ばさないのか」と言った。
「飛ばす理由がない。マリネの動きを見ていない」
マリネが「テストっすか」と言った。
「確認だ」
「同じっすよ」
「テストは合否がある。確認はそれを見るだけだ」
マリネが少し考えた顔をした。「なんか、優しいっすね」
「そうか」
「そういう言い方、普通しないっすよ」
「普通かどうかは知らない」
* * *
街道の護衛依頼だった。
ヴェルサから東へ一里ほどの農村まで、行商人の荷を護送する。魔物が出るという報告が一件あった。危険度は低い。三人で十分な依頼だ。
街道は乾いていた。ドラスからヴェルサに来た道と似ている。ただ、風に塩気が混じっている点が違う。海に近い空気だ。
行商人は中年の男だった。荷馬車一台に布と陶器を積んでいる。口数が少なかった。俺と似たタイプだ。
一里ほど歩いた頃だった。
街道脇の茂みが揺れた。
索敵が反応した。複数いる。小型だ。危険度は低いが数が多い。
「右の茂みに三、左に二」と俺は言った。
「わかった」とライルが即座に言った。
「っ、どっちに」とマリネが短剣を抜いた。
「右を先にやる。左の二体は後だ。荷馬車から離れるな」
「わかったっす」
茂みから出てきた。小型の魔物だ。猫くらいの大きさで、全身が緑がかった鱗に覆われている。牙がある。群れで動く種類らしい。
ライルが先に動いた。右側の三体に向けて火球を放った。小さな火球を三つ、それぞれに当てた。一撃で仕留めるのではなく、怯ませるための火だ。魔物が動きを止めた。
そこに俺が踏み込んだ。
棒を振った。一体目。二体目。動きを止められた魔物は速くない。三体目は逃げようとした。
俺は右手を上げた。
火を出した。
小さな火球だ。ライルが出すものより一回り小さい。でも当たった。三体目が止まった。棒で仕留めた。
振り返った。左の二体はマリネが対処していた。
一体はナイフが刺さっていた。もう一体は逃げていた。マリネが追いかけようとしていた。
「逃げたのは放せ」
「でも」
「依頼の範囲から外れる。荷馬車を離れるな」
マリネが足を止めた。「……わかったっす」
行商人の男が何も言わなかった。荷馬車の上で黙って見ていた。
* * *
依頼が終わって、農村から戻る道だった。
「ルイさん」とマリネが言った。
「何だ」
「さっき、魔法使いましたよね」
「ああ」
「魔法使えるんすか」
「使えるな」
「どこで習ったんすか」
少し間を置いた。
「見て覚えた」
マリネが首を傾げた。「見てた、って」
「ライルが使っているのを見ていた。それで使えるようになった」
マリネが固まった。
ライルが「俺も最初そう言われたとき、同じ顔をした」と言った。
「え、でも魔法って、術式を覚えて、魔力の流し方を練習して、才能がないと使えないもんじゃないんすか」
「普通はそうだ」とライルが言った。
「でもルイさんは見てただけで使えるようになったんすか」
「そういうことになる」
「それって普通じゃないですよね」
「普通じゃない」とライルが言った。「俺もそう思う。今でもそう思ってる。でもそういうやつなんだ」
マリネが俺を見た。
「ルイさんって、一体何者なんすか」
「冒険者だ」
「それだけっすか」
「腹が減る人間だ」
ライルが「それも間違いではない」と言った。
マリネがしばらく黙っていた。それから「すごいっすよルイさん」と言った。
「そうか」
「本当にすごいっす」
「わかった」
「わかったって言うだけっすか」
「他に何と言うんだ」
マリネが「照れてるとか、嬉しいとか」と言った。
「照れてはいない」
「嬉しくはないんすか」
「悪い気はしないな」
マリネが「難しい人っすね」と言った。ライルが「慣れる」と言った。
* * *
街に戻った頃には夕方になっていた。
ギルドで報告を済ませた。受付の男が「お疲れ様でした」と言った。報酬は銀貨二枚だった。
「少ないな」とマリネが言った。
「依頼の難度に合っている」
「でも三人でっすよ」
「三人で受けたのはこちらの都合だ。依頼の報酬は変わらない」
「効率悪くないっすか」
「今日は確認の日だと言った」
マリネが「ああ」と言った。「あたしの確認っすか」
「ああ」
「どうでしたか」
俺は少し考えた。
「逃げた魔物を追おうとした。それは直した方がいい」
「はい」
「それ以外は悪くなかった」
マリネが「悪くなかった」と繰り返した。少し嬉しそうな顔だった。
「普通に褒めてくれればいいじゃないっすか」とマリネが言った。
「悪くないは褒めだ」
「そうっすか」
「俺が普通を褒めることはない。悪くないは十分な評価だ」
マリネが「ライルさん、これってどういう意味ですか」とライルに聞いた。
「褒めてる」とライルが言った。「こいつなりに」
「……なんか複雑っすね」
三人で坂を下りた。港が見えた。夕日が海を橙に染めていた。
いい一日だった。俺はそう思ったが、口には出さなかった。
「腹が減った」と俺は言った。
「それが感想っすか」とマリネが言った。
「それが感想だ」
ライルが笑った。マリネも笑った。
三人で飯を食いに行った。




