第3話「森の飯は続く」
三日が経った。
森での生活が、少しずつ形になってきた。
朝は川で顔を洗って水を飲む。魚を二、三匹捕まえて焼く。午前中は森の奥へ踏み込んで食材を探しながら魔物と戦う。昼は適当な場所で休んで、持ち歩いている木の実や干し肉をかじる。夕方に戻って焚き火を起こし、その日に手に入れた素材で飯を作る。食って、寝る。
シンプルだが、悪くない。
むしろ、充実していた。
二日目に小型の魔物を三体仕留めた。一体目は手こずったが、二体目からはレコードに記録した動きのおかげで楽になった。三体目に至っては、ほとんど考える間もなく体が動いていた。経験が積み重なるのを、肌で感じている。
戦闘だけじゃない。飯の作り方も、毎日少しずつうまくなっている。同じ食材でも、火加減や切り方を変えるだけで味が変わる。そのたびにレコードが記録して、次に活かせる。料理人が何年もかけて磨く感覚を、俺は数日で積み上げつつあった。
反則じみた能力だとは思う。でも、使えるものは使う。それだけだ。
* * *
その日の収穫は、今までで一番よかった。
森の中ほどにある湿地帯で、見慣れない葉物を見つけた。幅広の葉が地面に広がっていて、根元に白い茎が束になって生えている。手に取った瞬間、レコードが動いた。
清涼感のある香り。加熱すると甘みが増す。生でも食べられるが、さっと火を通した方が旨い——情報が流れ込んでくる。
「ネギに近い何かか」
束ごと引き抜いて、袋に詰めた。
さらに奥へ進むと、岩の隙間に茶色いキノコが群生していた。傘が肉厚で、柄が太い。触れた瞬間に広がる情報は、濃厚な旨味と豊かな香りを告げていた。
「これは当たりだ」
思わず声が出た。
椎茸に似た何かだ。いや、もっと香りが強い。火にかけたときに染み出す出汁の量が、椎茸の比じゃない——レコードがそう告げている。
丁寧に採取して、袋に入れる。
帰り道、川岸で平たい石を見つけた。表面が滑らかで、熱を均一に通しそうな形だ。鉄板代わりになる。これも持って帰ることにした。
* * *
夕方、焚き火の前に座って、今日の食材を並べた。
魔物の肉。ネギに似た葉物。肉厚のキノコ。川魚が二匹。それから昨日見つけた赤い木の実——加熱すると酸味が飛んで甘みだけが残ると、レコードが教えてくれている。
「どう組み合わせるか」
考えながら、石を火にかけて温める。
まず魔物の肉を薄く切った。昨日より手際がいい。解体のやり方がスキルとして定着しつつあるのを感じる。薄切りにした肉を温めた石の上に乗せると、じりじりと焼ける音がした。
そこにネギに似た葉物を加える。
途端に、甘い香りが広がった。
「いい匂いだ」
肉の脂でネギが炒められていく。香りが立って、腹の虫が盛大に鳴いた。キノコも石の上に並べる。表面に焼き色がついたころ、キノコからじわりと液体が滲み出てきた。
透明な出汁だ。
それが肉とネギに絡んで、石の上で小さく沸いた。
「……これは」
思った以上だった。
汁気がなくなる前に火から下ろして、かじりつく。
肉の旨味、ネギの甘み、キノコの出汁——三つが混ざり合って、口の中で予想の上を行く味になっていた。塩がない。調味料もない。それでも、素材だけでここまでの味が出るのか。
二口、三口と食い進める手が止まらない。
木の実も一緒に石の上で炙ってみた。表面がぷくりと膨らんで、弾けた瞬間に甘い香りが漂う。かじると、果肉がとろりと溶けた。酸味が飛んで、蜂蜜のような濃い甘さだけが残っている。
肉を一切れ食べて、木の実を一粒。また肉を食べて、キノコを一切れ。
気づいたら、石の上が空になっていた。
「旨い」
今度は静かに、でも確かにそう思った。
この世界の食材は、元の世界のものより野性味があって、旨味が濃い。手を加えれば加えるほど、化ける予感がある。塩と、せめて基本的な調味料さえあれば——そう考えると、早く街へ行きたい気持ちが少しだけ芽生えた。
でも今はまだ早い。
弱いまま街へ出ても、何もできない。
* * *
食後、ステータスを開いた。
【ステータス】
名前 :神崎ルイ
年齢 :17歳
レベル:3
経験値:30/300
称号 :転生者
【ユニークスキル】
記録
【スキル】
棍術:Lv.2
解体:Lv.1
採取:Lv.1
スキルが増えていた。
解体と採取。どちらも気づかないうちにインストールされていたらしい。棍術はレベルが上がっている。毎日魔物と戦っているおかげだろう。
「料理スキルはないのか」
スキル欄をざっと確認したが、それらしいものはない。レコードで食材の情報を得て、自分の頭で考えて作る——今のやり方で十分ということかもしれない。あるいは、まだ条件が足りないのか。
どちらでもよかった。旨い飯が作れるなら、スキルの名前なんてどうでもいい。
焚き火がぱちぱちと音を立てている。
夜の森は静かだった。遠くで何かの鳴き声がする。魔物のものかもしれないが、今夜は遠い。
木の実を一粒口に放り込んだ。甘い。
「明日は、もう少し奥へ行ってみよう」
強い魔物がいるほど、経験値も増える。レコードに記録できる動きも増える。それに——強い魔物ほど、旨い肉を持っているかもしれない。
どちらの理由が本当の動機かと問われれば、正直どっちでもよかった。
腹が膨れて、スキルが増えて、明日も飯が食える。
それで十分だった。
焚き火の火が小さくなってきた。薪を一本くべると、ぱっと炎が大きくなる。赤い光が木々を照らして、夜の森に暖かい色が広がった。
目を閉じる前に、今日食べたものをもう一度頭の中で反芻した。肉とネギとキノコの組み合わせ。次は火加減を変えてみよう。それから、あの木の実を最初から一緒に炒めたらどうなるか。
考えていると、自然と口元が緩んだ。
明日が楽しみだった。




