第23話「ダンジョンの茸と、火のそば」
ダンジョンから戻ると、日はまだ高かった。
俺は袋の口を緩め、中を確認した。ドラムキノコが六本。シロダケが四本。どれも傷んでいない。一層で採れた量としては上々だ。
「……思ったより取れたな」
独り言が口をついて出た。
隣でライルが革鎧の留め具を外しながら、横目でちらりと見てくる。
「お前、ダンジョンで一番楽しそうにしてたの、採取のときだったよな」
「そうか」
「そうか、じゃないだろ」
ライルが呆れたように息を吐いた。俺は特に返さなかった。事実だから反論のしようがない。
宿に戻り、厨房を借りた。ドラスの宿は交易街らしく、冒険者が持ち込み素材を調理することに慣れている。宿の親父も「好きに使え」と一言だけ言って奥へ引っ込んだ。
まずドラムキノコを流水で洗う。傘の裏のひだに砂が詰まりやすい。指の腹でやさしく、でも確実に。シロダケは汚れが少なかったが、石づきだけ薄く落とした。
ナイフを入れた瞬間、香りが立った。
土と、雨上がりの森と、それよりもう少し深いところにある何か。前世で嗅いだことのある茸の香りとは微妙に違う。この世界の茸だ。同じようで、どこか違う。
「……面白い」
「何が」
「茸の香り。焼く前からもう主張してる」
ライルが椅子を引いて座り、頬杖をついた。
「食う前から語るんだな、お前は」
「食ってからじゃ遅い情報もある」
ドラムキノコを縦に四等分にする。断面がきれいに割れた。繊維が細かく、密度がある。これは火の通りにある程度時間をかけた方がいい。シロダケは薄切りにした。こちらは繊維が粗く、水分が多い。短時間で仕上げるタイプだ。
鉄鍋に獣脂を引いて火にかける。脂が溶けて広がり、鍋肌に薄く膜を張ったところでドラムキノコを投入した。
ジュ、という音が走った。
すぐに香りが変わる。生のときの土っぽさが飛んで、代わりにもっと濃い、焦げる一歩手前の旨みが鼻に来た。茸の繊維の中に閉じ込められていたものが、熱で一気に押し出されてくる感覚だ。
「いい匂いだな」
ライルが素直に言った。
「まだ序盤だ」
焼き色がついたところで塩をひとつまみ。火を少し落として、蒸らすように蓋をする。一分。二分。蓋の隙間から湯気が細く漏れ始めた。
蓋を開けると、茸がひと回り小さくなっていた。水分が抜けた分だけ、旨みが凝縮されている。ここでシロダケを加える。水分の多いこいつは、最後に短く火を通すだけでいい。
三十秒。
鍋を揺らして全体に熱を回す。
仕上げに干し香草を指でちぎって散らした。香りが飛ぶ前に皿に盛る。以上だ。
「できた」
「早いな」
「茸はそんなもんだ。手間をかけすぎると香りが死ぬ」
ライルが皿を引き寄せ、一切れ口に入れた。咀嚼する。少し間があった。
「……なんだこれ」
「茸だ」
「そうじゃなくて」
ライルが眉をひそめて皿を見下ろした。困っているような顔だった。
「旨いのに、なんか……もの足りない気がする。でも旨い。変な感じだ」
「それが茸だ。単体では完成しない。何かと合わせたときに本領を発揮する」
「じゃあ今は未完成ってことか」
「そう」
俺は自分の皿からドラムキノコを一切れ取り、口に入れた。
旨い。間違いなく旨い。焼けた断面の香ばしさと、内側から溢れる汁気。塩が全体を締めている。でもライルの言った「もの足りなさ」も正確だ。この茸は肉の脂と合わせるか、あるいは煮出して出汁にするかしたときに真価が出る。単体で食うには、少し主張が弱い。
「三層に行けば、こいつと合わせて使えるものが出てくるかもしれない」
「また、飯の話してるな」
「ずっとしてる」
ライルが小さく笑った。声が出る笑い方だった。
俺は茸を食いながら、頭の中で考えていた。三層は火気禁止区域がある。ガス溜まりのせいで、火を使った調理ができない。
となると、火を使わない飯を考える必要がある。
漬ける。干す。塩で締める。発酵。――前世の記憶を引っ張り出す。火を使わなくても飯は作れる。問題は材料と時間だ。
「なあ」
「何だ」
「三層に持ち込む飯の仕込み、明日からやる」
ライルが食う手を止めた。
「……まだ三層に行くと決めてないぞ、俺は」
「決めるだろ」
「なんでそう思う」
「今、茸を旨そうに食ってるから」
ライルが黙った。皿に視線を落として、また一切れ口に運んだ。
「……行くとは言ってない」
「わかった」
俺は残りの茸を平らげた。シロダケの薄切りが、最後に口の中でほろりと崩れた。儚い食感だった。これは出汁にした方がもったいなくない。次は煮てみよう。
明日、仕込みを始める。
三層に何があるかはわからない。でも火が使えない場所で食える飯を作るのは、それはそれで面白そうだと思った。
* * *
夜、ライルが「俺も手伝う」と言ってきた。
「仕込みをか」
「食う側として責任がある」
意味がよくわからなかったが、断る理由もなかった。
「好きにしろ」
ライルが少し嬉しそうな顔をした。表情が豊かになったと思う。最初の頃はもっと無愛想だった気がする。
俺は手帳を開き、火なし料理の案を書き始めた。
三層で何が取れるかはまだわからない。でも準備だけはしておく。旨いものの前に立ちはだかる障害を排除するのが先か、旨いものを想定して準備するのが先か――どちらにしろ、腹が減っていては話にならない。
まず飯だ。いつだってそこから始まる。




