第21話「ドラスの夜、二人分の飯」
ドラス三日目の昼、依頼を一つこなした。
内容は簡単なものだった。市場近くの倉庫に出たネズミ系の魔物の駆除。Gランク相当。ライルの牽制魔法と俺の棒で片付いた。時間にして半刻もかかっていない。
報酬は銀貨三枚。悪くない。
「あっさりしてたな」とライルが言った。
「強くなかった」
「そうじゃなくて。二人だと楽だな、という話だ」
俺は少し考えた。
「そうかもしれない」
「お前、一人でやってたときはどうしてたんだ」
「一人でやっていた」
「そのままだな」ライルが苦笑した。「俺と組む前、森でずっと一人だったんだろ。不便じゃなかったか」
「不便は感じなかった。でも」
「でも」
「二人の方が、食材を運べる量が増える」
ライルが吹き出した。今度はちゃんと笑い声が出た。
「それか。結局それか」
「荷物が多く持てる。効率がいい」
「効率って言うなよ。もう少しいい言い方があるだろ」
「ある」
「言ってみろ」
俺は少し考えた。
「……助かっている」
ライルが少し黙った。
「それが素直な言い方か」
「そうだ」
「じゃあ俺も」ライルが前を向いたまま言った。「俺も、助かってる。飯の面で」
「飯の面だけか」
「飯の面だけじゃないが、飯の面が一番大きい」
「正直だな」
「お前に言われたくない」
二人で少し笑った。
声が揃った。珍しいことだと思った。
* * *
夕方、市場をもう一度回った。
三日通うと、見えてくるものが変わる。どの屋台が何時に何を出すか。どの商人が値段に融通を利かせるか。どこに良い素材が来るか。
今日は魚の屋台で、見たことのない種類を見つけた。平たい形で、鱗が細かい。銀色に光っている。
「これは何だ」と屋台の男に聞いた。
「西の海から来たプラタ魚ですよ。今朝入ったばかりです。脂が乗ってて旨いですよ」
「焼くか煮るか、どちらが向いてるか」
「塩焼きが一番シンプルで旨いと思いますが。皮がパリッとなって」
一尾買った。それからベルタをもう二つ、昨日と違う種類の豆を一袋。
ライルが隣で荷物を持ちながら言った。
「今日は何を作る気だ」
「まだ決めていない」
「素材を見てから決めるのか」
「そうだ」
「俺、最近それが当たり前に思えてきた」ライルが袋を持ち直した。「最初は変だと思ってたのに」
「変か」
「普通、献立を先に決めて素材を買うだろ」
「それだと良い素材に出会えない」
「……なるほどな」
ライルが少し考える顔をした。
「魔法も似てるかもしれない」
「何がだ」
「先に術式を決めて動くより、相手を見てから選んだ方がいい場合がある。俺、どっちかというと後者なんだが、師匠には前者の方が安定すると言われてて」
「師匠がいるのか」
「いた。今は別れて旅してる」ライルがさらっと言った。「お前は師匠みたいなのはいるか」
「いない」
「全部独学か」
「そうだ」
「化け物みたいな話だな」
「よく言われる」
ライルが笑った。声が出た。
「お前の『よく言われる』、便利だな。全部それで返せる」
「便利だ」
「自覚あるのか」
「少しある」
また笑われた。今度は俺も、少し口の端が上がった。
* * *
夜、厨房を借りた。
宿の主人はもう慣れた顔だった。「今夜は何を作るんですか」と聞いてきた。進歩だと思った。
「魚を焼く。煮込みも作る」
「楽しみにしてますよ」
主人が戻ったあと、ライルが「常連みたいな扱いになってるな」と言った。
「三日いれば常連だ」
「そういうものか」
魚の下処理をした。うろこを取って、内臓を出した。塩を振って少し置いた。水分が出てくる。それを拭いてから焼く。そうすると皮がパリッとなる。
「手順が多いな」とライルが見ながら言った。
「多い方が旨くなる場合がある」
「それも全部独学か」
「……昔、色々と食べた。その記憶がある」
俺は火の加減を見ながら言った。それ以上は続けなかった。
ライルは少し間を置いた。
「昔、か」
「ああ」
「それ以上は聞かないでおく」
「助かる」
ライルが腕を組んだ。
「でも、その記憶があるから、こういう料理ができるんだな」
「そうだ」
「じゃあ、その記憶は悪いものじゃないな」
俺は少し考えた。
「悪くない。むしろ、ここに来てから役に立っている」
ライルが黙った。
俺は魚を火にかけた。皮の側から焼く。脂が落ちた。香りが立った。
しばらく沈黙があった。作業の音だけがあった。
「お前、自分のことを話すの、あまり得意じゃないだろ」
「そうかもしれない」
「今日は少し話したな」
俺は少し考えた。
「聞かれたからだ」
「前にも聞いたことあったか」
「なかった」
「聞けばよかったな」ライルが少し笑った。「もっと早く」
答えなかった。
でも、悪くない、と思った。
* * *
魚が焼けた。
皮がパリッとなった。屋台の男が言った通りだ。脂が多い魚で、身がほぐれやすい。骨に気をつければ食べやすい。
煮込みも仕上がった。乾燥茸の出汁にベルタと豆。昨日より茸を少し減らして、豆を増やした。バランスが変わった。今日の方が穏やかな味になった。
二人分を皿に盛った。
ライルに渡した。
いつもはここで「食え」と言う。
今日は少し違うことを言いたくなった。
「……旨くできた」
ライルが少し目を丸くした。
「自分で言うのか」
「言いたくなった」
「珍しい」
「そうだな」
ライルが魚を一口食った。
今回は最初から声が出た。
「うまい。皮がすごい」
「脂が多い魚だった」
「煮込みも昨日と違う」
「茸を減らした」
「そっちの方が好きだ。飲みやすい」
「覚えておく」
「俺の好みを覚えるのか」
「作る上での参考になる」
ライルが笑った。
「参考にしてもらえるのは光栄だな」
「光栄かどうかはわからないが」
「光栄だよ」ライルが煮込みをもう一口飲んだ。「俺の好みで料理が変わるなら、光栄だろ」
俺は少し考えた。
「そうかもしれない」
「素直だな、今日は」
「そうか」
「そうだよ」
窓の外で夜風が通った。市場の音は落ち着いていた。ドラスの夜は、来た頃より静かに聞こえた。
慣れてきた、ということだろう。
ライルが食い終えて、皿を置いた。
「ルイ」
「何だ」
「明日、ダンジョンの方に行ってみないか」
「ドラムダンジョンか」
「ここから近い。依頼も出てる。ランク的にはまだ浅い層しか入れないが」
「食材になる魔物がいるかもしれない」
「また食材か」とライルが笑った。「でも、まあ、それでもいい。お前がその気になれば行動が早い」
俺は少し考えた。
ダンジョン。深層に行くほど珍しい素材が出る。食材としての可能性がある。
「行く」
「決断が早い」
「理由があれば早い」
「理由って飯だろ」
「そうだ」
「わかった。明日、ギルドで依頼を確認してから動こう」
「ああ」
ライルが立ち上がって、伸びをした。
「今日も旨かった。ありがとう」
礼を言われた。
最初の頃は「旨い」で終わっていた。いつから「ありがとう」が付くようになったのか、覚えていない。気づいたら変わっていた。
「また作る」
「楽しみにしてる」
ライルが部屋に戻った。
俺は皿を片付けながら、明日の献立を考えた。
ダンジョンに入るなら、携帯できる食料も考えないといけない。火が使える場所かどうかもわからない。保存が利いて、でも旨いもの。
考えることはいくらでもある。
腹が、まだ少し減っている。
それで十分だった。




